死亡日
女神にお願いして、一気に死亡当日の記憶映像をみせてもらうことにした。
「構いませんが。なにか分かったことでもありましたか?」
「ぜんぜん。このまま青春ラブコメ展開見ていることがつらくなってきたから、とりあえず僕が死んだ日をみておこうと思って」
「出来れば死亡日に関しては転生直前まで待ってもらいたくはあります。もっともあなたがストレスを感じる瞬間であり、最もあなたの自我が危機を迎える瞬間でもあります。転生直前であれば、なんとか崩壊しそうでも異世界のほうへねじ込むこともできるかもしれませんが、今現在ではそれも出来ません」
「そっか。でも今、観たいんだ」
ゆずるつもりはなかった。
女神はうなづいた。
「そこまでおっしゃるなら、かまいません。意識を強く持ってください。必ず帰ってきてください」
「あんたのためにも、帰ってくるよ」
・
死亡当日の僕も、それまでのゆかいな日常と変化はなかった。
田村さんと仲良く接し、イケメン彼氏に恫喝され、三上さんと昼休みにバスケ練習をして週末の買い物先を確認し、教師を脅迫して屋上でまったり過ごし、図書室でドジっこしていた棚沢さんを助けたりしていた。
強いていうなら、リアルが充実した陽キャのような学生生活を送っていた。
休憩時間まで机にかじりついて、時間消化だけを願いながら生活するようなそれではなかった。
僕は変わっていったのだ。間違いなく。
この十五日間で。
そしてその結末として、僕は殺されるのだ。
田村さんや三上さん、変態教師と接していくうちに、僕は彼女らが犯人ではない、と確信した。根拠はない。ただ、違うと心が理解した。
次にどうして僕の記憶が十五日間なくなっているのか考えた。
どうやったかは分からない。
でもどうしてこの十五日間の記憶を封鎖されているのか。
それを考えた。
それはこの世界に、この現実に未練を残さないため。
この世界で、この色鮮やかになった世界でこれからも生きていたいと願わないようにするため、と考えるとしっくりきた。
この十五日間がなかった場合、僕はすんなり異世界転生していたと思う。
陰キャとしてしか世界と関われなかった僕。それから先の未来も切ない方向性で想像してしまう僕。
僕みたいな存在が異世界転生を選ぶことは、自然だったのだ。
だが、僕には十五日間の変化があった。
僕は踏み込み、変化し、愉快な物語の主人公みたいに変わったのだ。
教室カーストの女王と仲良くなり、スポーツ系美少女と接し、教師を脅迫し、図書委員の精霊と接するようになった。
僕は十五日間で変わっていった。
青春ラブコメを始めようとしていた。実際始まっていたのだ。
でも僕には異世界転生をするべき素養があった。
だから僕は殺されたのだ。
そして異世界転生を妨げる、僕が変化していった十五日間の記憶は封鎖された。
それさえなければすんなり転生可能だったから。
殺害当日の僕が平岸街道を歩いている。
夜深い時間になっていた。三上さんの練習に付き合い、担任教師に挨拶し、困っていた棚沢さんを助けていたら陽が暮れていた。
人気がなくなっていた。平岸街道もちょうど信号機の都合が、通りに車が一台もなくなった。
僕の背後に黒ずくめの格好をした女神。
顔は見えない。体格も不明瞭。刃物を持っていることだけは分かる。
ぶつかるように背後から刃物で刺される。
刃物の根本まで一気にぐっさりと刺さっていった。とどめをさすように刺さった状態からひねりがいれられ、出血が加速する。
黒ずくめの格好をした女神は、そしてその場から歩き去っていった。平岸街道に交通量が戻り、近くの大学から学生が出てきて、僕に気づき、騒ぎになり、そして僕はすでに歩道に血だまりを作って死んでいた。
僕が死んで、僕の記憶がなくなって、最も得をするのは女神。
合っているかな。
女神が目の前に現れた。
イメージしていたおちゃらけな雰囲気は消え去り、冷徹な表情のない氷の瞳をした女神がそこにいた。
「気づいていましたか」
「確信があったわけじゃない。でも田村さんらと話していくうちに、思った。この人達とミステリーはできないって。だからあとはもう消去法に近いかな。登場人物も少ない物語だから」
「転生を拒否するつもりですか」
ちょっと前までの女神は喋るだけで陽気な雰囲気をばらまいていたはずだけど、今の女神は喋るだけで殺意をまき散らすような剣呑な空気を放っていた。
僕は首を振る。
「あなたの望み通り、異世界転生させてもらうよ」
「ここまで真相を理解して、よろしいのですか。転生の儀式はあなたのある程度の意志を尊重しないとされません。意識的にしろ無意識的にしろ。あなたが強く拒否するなら、転生はなされません」
「僕の転生が君の営業成績に影響するって話は本当なんだろ?」
「一定の成果が見られない女神が降格するという話は本当です。私の場合はあと十年ぐらいサボっても、問題ない成績を維持していますが」
「なら君がもう一年ぐらいサボれるように協力するよ」
「恨んでますよね?」
「なんで」
「あなたは本当に残念な男子として十五年生きてきた。でもあなたは変わったんです。変わっていくさなかだった。私は私の目的のためにあなたの転生を優先させた。あなたが転生先で幸せになれるだけの素養があるのは本当です。ずっと目を付けてきた。ただタイミングが悪かった。順番待ちも本当です。転生対象が多くて。でもあなたに目を付けていた。あなたは間違いなく転生先の世界に平定と混沌と秩序をもたらす。だからごり押しをしました。殺しました。すみません」
殺されましたと告白されても、さほど衝撃は受けなかった。
そうじゃないかな、とほぼ確信していた事柄を、事実ですと目の前で言葉にされただけだった。
記憶がないことの不自然さ。
なぜか気持ち低姿勢でへこへこしてくる超絶存在の女神。意識はしていなくても、なんとなしに察してしまうところはあったのだ。
そして僕の十五年間は、さほど肯定したいものではなかった。
死んでしまったとしても。
異世界転生するために死んでしまったとしても。
やはり多少は喜びの感情の方が勝っている自分を容易に想像できた。
十五日間の僕があったから、今は少しもやもやしているが、それも記憶がない以上、どうにもならない。
「殺された以上、気にしないでとはいえないけど。でもあなたを責める気持ちにはなれないかな。多分、僕は異世界転生するって聞いたら、普通に喜んでいたと思うから」
「あなたは変わり始めていた。今生きている世界を否定したいモチベーションは、転生対象の重要な素養の一つです。この世界を否定せず、この世界でのうたちまわるように生きていける人もいる。生きていけない人もいる。後者の方を基本的には転生させています。あなたは変わり始めていた。だから対象から外すのが道理でした。ただあなたは無視するのはあまりに力が合りすぎたんです」
「いいよ。それはもう。もう終わったことだよ」
「いいんですか。わたしはわたしの目的のためにあなたを殺したんですよ」
「確かに君にみせてもらった十五日間の僕は、僕が想像できない僕だった。変わり始めていたのかもしれない。でも僕にその記憶はないから。僕は十五日間の記憶がない以前の陰キャな僕のままだよ。だからいいんだ」
「手間はかかりますが、記憶を戻すことも可能です」
僕は首を振る。覚悟はもう決まっているのだ。
「僕が死んでしまったという事実は変わらないのだろう?」
「それは。変わりません」
「いいんだ。僕は変化していたとしても。青春ラブコメをしている自分は、転生を望んでいなかったとしても。僕は僕に訪れたあなたのことや、すべてを受け入れるよ」
女神は神妙に頭を下げる。
「なるべく早急に異世界転生の手配を行います」
「なるべく早くお願いするよ」
・
僕はそれから田村さんらへの干渉をやめた。
棚沢由さんへの接触も当然しない。平岸高校へ近づくことをしなかった。太陽に近い位置までふわふわ浮かんでいき、横になり、瞳を閉じて、月の光を浴びながら、ただそのときが来るのを待った。
何日かは経過した。多分三十日経過する前に、女神様は現れた。
「異世界転生の準備が整いました。よろしいでしょうか」
僕は空に寝そべったまま、瞳を伏せたまま、
「いいよ」
と、応じた。
「あなたには大変にご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありませんでした」
「いいよ」
「わずかながらですが、転生先での優遇状態にさせてもらっています。転生先では迷うことなく、十分に満足していただける日常を送れると思います」
「いいよ」
「重ね重ね、おてs」
「いいよ」
女神の言葉にかぶせるように、僕は先を促す。
僕らの関係はすでに仲良くじゃれ合うようなそれではなくなっていた。
女神はそれ以上何もいわなくなり。
僕は次第に意識を失っていき。
次に瞼をひらいたとき。
僕は異世界転生していた。




