死亡日三日前
この日の僕は比較的想像通りの僕のようだ。某任天堂系の新作ソフトの発売日だ。
そわそわしながら起床し、わくわくニコニコしながら学校に連絡をいれていた。
「はい、風邪気味なんで。二時間目まで休みます。はい、すみません」
病弱トーンから一転して、僕は元気にニコニコしながら着替えをすますと、堂々と家を出て行った。
札幌市内までの地下鉄の中で軽快な音が鳴る。LIENだ。三上さんからだ。
[だいじょうぶ? しんでるの? お見舞い行っていい?」
僕は客観的にみる限り、なかなかのデレ顔になっていた。ほんと陰キャはきもい。
[某大規模乱闘ゲー新作の発売日なんだ。特典付きだから実店舗にいく。あとで学校はいくから心配しないで」
[そうなんだ ちなみにこのLINEのやりとり先生ちゃんと田村さんと一緒にみているよ」
[という夢を見ている最中なのでごめんなさいって伝えておいて」
秒で教師から通話がかかってきた。
とりあえずためらうことなくスマホの電源を切ってしまう僕だった。
言い訳すらせず、通話すらせずにコミュニケーションを拒否。
実は剛の者かもしれない。脅迫案件があるとはいえ、なかなかできることではない。それだけ店舗限定特典は魅力的なのだ。しょうがないね。
すすきののアニメイトの前に着くと、僕は行列の最後尾に付いた。
同じような特典を求める猛者が数十名はいる。特典怖い。今回は確か……シナリオ作家による限定ぶち抜きSS120ページ!! SSってなんだっけ?! などを含む豪華特典になっているようだ。しょうがないね。メルカリで高値になるかもしれないし。
無心の人となって開店を待っていると、聞き覚えのある女性に声をかけられた。
「押忍です」
棚沢さんだった。少し大人めかした格好をしており、ぱっと見は分からなかった。高校生要素を完全に消し去っている。手慣れている。猛者かもしれない。
「一生くんも来てたんだ」
「サボり仲間だね」
「私は期末の中間も常に一桁順位だからね。推薦もあるから大丈夫だよ?」
お前と一緒にするな、と行間に詰まっているのかもしれない。
棚沢さんは無論割り込みなど野暮なことはせずに行列の最後尾に並んでいった。僕も一緒に最後尾へ行こうとしたが、
「いいよいいよ。こういうときぐらいしかゆっくりラノベ読めないから」
お前と話すよりラノベ読む時間の方が遙かに重要だ、と行間に詰め込まれている気がした。
棚沢さんはマフラーを巻いてニット帽子もかぶり、見慣れぬシックなコートを着ていた。ぱっと見は女子高生感がない。ただの少し可愛い系オタク女子だ。
万が一補導される可能性を考えてのことだろう。
僕もコートは羽織っているが、三限目以降は登校するので着替えが億劫だったので、よくみれば、制服の襟袖が飛び出ているので、そこらの高校生であることは一目で分かる。棚沢さんは深く帽子を被れば、もう棚沢さんという個性は消えてしまうが、僕はそうではない。
さすがだな、と思った。
今度マネしよう、と数日後に死んでしまう僕は思っていそうだ。
そうしてそして、見知った教師と、見知った同級生の三上さんが、地下鉄豊水すすきの駅の三番出入り口階段からあがってくるのがみえた。
教師は少しお怒りのようだ。
三上さんは困った顔しながらも楽しそう。間違いなく僕の捕獲が目的のようだ。
おそらく何かやらかして、公に僕のサボり行為が露呈したのだろう。
もしくはこんな格好で行列待機してしまったがゆえ、一般市民という名の朝からアニメイトの行列に並んでいるクソオタ共の誰かが通報したか。女子といちゃいちゃおしゃべりしているくせに。ゆるさんギルティ通報的な。無いか。いや、ギリあるかも。
とにかく僕には危機が迫っている。どうなる僕。完全に僕死亡の流れを推理するそれはと別ベクトルになっているが、まあいいや。
僕は腕を組み、なるべく小さくなってやり過ごそうとしているが、無意味な努力だった。
元気印な三上さんがすぐに察して、肩を掴んできた。
「先生。犯人確保です」
「間違いないな」
「ないです! 犯人は黙っていますが間違いないです」
先生にも肩を捕まれ、グイっと顔を確認される。僕は必死に目をそらしている。
「間違いないな。来い、実質犯罪者」
「いや犯罪者ではないですし、僕はここを動きませんよ?」
「三上が楽しげに職員室まで密告しにきて、わたしがそれを楽しくみていたら、すれ違った教頭の爺がセクハラまがいに接近してきて、このLINEの内容をみやがったの。サボりを許容するつもりですかとかなんちゃらまともなこといいやがって。結局ここまで君を連れ戻すことになった。以上、おわかり? 最悪私の減給までかかっている。もともと遠慮する理由はないが、本質的に遠慮しない」
軽く暴力教師のノリで行列から引っ張り出されそうになる。
僕は貝になり、全身の力を抜いて肉のカタマリになっている。
高校生一人を行列から引っ張り出せなくなった教師が睨んでくる。そこまでして行列から離れない僕を三上さんはゲラゲラ笑いまくっている。
「貴様。本気で教師を怒らせていいのか。親に連絡の上に停学程度で済むと思うなよ」
「先生こそ、僕の本気を見くびってもらっては困るなっ」
「な、なんだと」
僕の反論が想像外だったのか、先生の表情がこわばる。
「あなたはまたミスを犯した。PC上に例のあれを残したこともそうだが」
「例のあれ?」
野生動物みたいに勘の良い三上さんが食いつくが、それはスルー。
「またミスだ。教頭に発見された、減給されるかもしれない。つまりあなたは僕が必要なのだ。僕を連れて行かないとあなたは大ダメージをうけるのだ。お財布的な意味で」
「貴様、また脅迫するつもりか」
「マタキョウハク?」
三上さんは以下略。
僕と先生の交渉はクライマックスを迎えている。
「別に一時間二時間待てとはいいません。あと十分で開店し、あと十五分で購入完了します。それだけ待ってもらいたい。それで僕は限定特典を入手し、先生は無事僕を確保できる。それでも無理矢理今すぐこの行列から引っ張りだしてつれて帰るなら、僕はなにをされても、停学退学されたとしても、一切の行動をせずに脱力し、堕落し、地べたから動かない。絶対にだっ」
途中からすでに勝負はついていた。
なぜなら僕が熱弁しているあいだに、先生は僕から手を離し、数歩距離をとっていた。引かれているようだが、このときの僕の願いとしては、限定特典を得ることだ。
けして教師の好感度をあげることではない。なのでいいのだ。うん。さすが僕。引くわ。客観的に見る限りにおいて。
「ご納得いただけたようで」
ちなみに僕は終始地べたにへたれ込んだまま、首と顔だけ先生のほうへ向いていた。こわい。
「もう好きにしろ。終わったらすぐに帰るぞ」
「先生、PCの件ってなに? キョウハクってなに?」
「ちょっと三上はこっちこい」
ささやかなプライドを放棄して。そうこうして僕は目的を達していた。
僕が死亡する数日前の出来事。
ささやかな幸せの日々。もしかしたら僕が死ななければこんな幸せが続いていたのかもしれない日々。陰キャとか陽キャとか考えることなく、どこかほのぼのして、どこか居心地のよい、ゆるやかな世界があったのかもしれない。
でも僕はこの数日後に死ぬのだ。これはただの、事実を記録した映像だ。
それは変わらない。