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死亡十日前

 この日の僕は少しおしゃれをしようと懸命だった。

 少しという点が重要であり、僕の少しはユニクロ製五千円の淡い紺のジャケットであり、懸命であるとはジャケットと合うシャツとズボンを捜すことに一時間以上の時間をかけていることだ。


 あと髪の毛のセットが気に入らないようで、何度もワックスをつけまくり、毛先を無意味につまんでねじるなどのセットもどきの悪あがきを繰り返し、最終的にシャワーで洗い流して、いつものような無造作ヘアに落ち着いていた。


 客観的に見る限り、お出かけイベント当日のようだ。

 強いていうなら人生攻略系ライトノベルでも読み込んでから出直せ、と思ったが、僕がその思考にたどり着くということは当然当時の僕もその思考に至っているはずだが、僕は残念なままだった。


 推測するに、お店に展示されているマネキン一式を買うだけの資金がなかったようだ。少なからずお小遣いをもらっているはずだが、大抵はその月発売の新作ゲーム購入に当てているはずだからしょうがない。


 なけなしの資金で調達したのが、このユニクロ五千円のジャケットなのだ、と推察する。

 僕の記憶に間違いがなければ、生前十五日以前の僕がおめかししてお出かけすることなど皆無だった。一時間以上洗面台を占領している兄を見かねた妹がすれ違いざまに「ほんと無駄な努力して時間を無駄に消化しているだけだから無駄なことしてないでさっさと行けば」というような顔をしていたせいなのか、僕はようやく家を出た。


 地下鉄東豊線で大通駅で下車。札幌駅の一つ前。

 札幌のモニュメントであるテレビ塔や時計台の最寄り駅であり、雪祭りや大規模ビアガーデンなどで常ににぎわっている大規模公園だ。


 アニメイトやメロンブックスへ寄るなら、一つ前の豊水すすきので降りるはずだし、ポケモンセンターや紀ノ国屋書店、ラーメン二郎などへ行くなら札幌駅まで行くはずだ。僕の日常圏的に、大通公園で下車という選択肢はほぼほぼなかった。いうならば、陽キャが降りる駅なのだ。つまり僕は素通りする駅だ。


 つまり。ほんと。引くわ死亡十日前の僕。うらやましくて。

 待ち人は、テレビ塔一階の雪印パーラーで待っていた。

 カウンタータイプのイートインコーナーがあり、待ち人は二百三十円の牛乳ソフトクリームをぱくついていた。

「遅い。遅刻だね」

 僕はスマホをひらく。「一応、十分前だけど」秒で汗だくになっていく僕。

「冷静に考えて。女子より後に着いたら、それは遅刻だよね?」

「確かに」

「遅刻だね?」

「はい」

「遅刻したね?!」

「遅刻しました、すみません」

「じゃあ、お昼おごりね!!」

 僕は冷静な頭でお財布の残りを計算しているようだ。なけなしのお年玉の残りをATMで下ろしていたのでおそらく大丈夫なのだろう。


 僕は苦い顔をして小さくうなづいていた。なんか哀愁あるねこいつ。

 ソフトをパクついていたバスケ部エースの三上さんはそこまで真顔だったが、とたんに破顔した。

「冗談。一生くん、わたしが百万円借金あるから助けてっていったら、親でも脅してお金持ってきそう。いい人すぎると悪い私に騙されるよ?」

 僕ははにかむだけだった。それから次の三上さんの台詞を聞いてやっぱ僕地獄落ちろと思った。


「じゃあ、罰ゲーム開始だね。デートしようか」


 どうやら死亡十二日目前後で田村さんと組んで三上さんとバスケ勝負を行い、それにどうやってか勝利したようだ。駄女神選定からは選ばれなかった記憶だ。三上さんへの罰ゲームとして、僕へのご褒美としてデートという運びになったそうだ。


 軽くいじめではないだろうか。

 平成一桁時代ならともかく、ご時世的にアウトでは。

 無論、僕にとってのいじめ行為だ。

 田村さん的には女子との交流が皆無な僕への軽いプレゼント気分かもしれないが、これは拷問に等しい。

 というのが、十五日間の記憶がない陰キャな僕の感想だった。

 そして十五日間の記憶がある僕は違うようだった。


 陽気な部活動系女子との大通りデート。

 緊張するしかない、ガチめの罰ゲームのような状況。


 なのに僕は普通に楽しそうなのだ。

 三上さんのリードが巧みであることは間違いない。三上さんの方が罰ゲーム意識があるのか、僕をきちんと楽しませようとしているふしはある。


 でも僕はそんな三上さんの優しさを、好意を、素直に受け入れられない人物のはずだった。

 それが陰キャとして十五年生きてきた僕のはずだった。

 なのに。


 僕は三上さんの優しさを、素直に、ありのままに、余裕とゆとりをもって受け入れていた。デートを楽しめていた。


「一生くん、あまり服とか買わないでしょ」

「積極的にお金を使うことはない」

「今度一緒に買いに行こうか」

「でもあのそのえっと」

「何ーっ。罰ゲームはもう終わりだから、もう一緒にいられないっての?」

「いや別に」

「じゃあ次の次の週末ね。私バイト代入るから。決まりね。いいでしょ。ねえいいんだよね?!」

 僕は顔を赤くしながらうなづいた。君顔赤すぎ!! きれいなお姉さんにホレないでね! と念押しされていた。


 無論、この日からの次の次の週末に、僕が向かうことはなかった。

 約束は果たされない。


「お帰りなさい。収穫はありましたか」

 記憶から帰還すると、待ちかまえていたように駄女神様がいた。僕は力なく首を振る。

「僕とよく似た誰かの人生が、充実している様を見せつけられているだけだったよ」

「紛れもなくあなたの生前十日前の映像です」

「楽しそうだったよ」

「あなたも異世界転生すれば、今日みたいな可愛い女の子との恋愛イベントなんてやり放題ですから。そんなに気落ちしないでください」


 女神様はどうしても異世界転生させたいようだ。

 それが仕事だからか。


「仕事だからです。今のあなたにとって過酷な記憶を視聴させるのも、それが目的ですので」

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