5日目 棚沢由の肉体
棚沢さんの身体にいかがわしいことはできそうもなかった。
試しに軽く大胸筋の辺りをまさぐろうとしたら、静電気を八倍ぐらい強めた鋭い電流が走った。喰らったことはないけど、きっとスタンガンレベルの電流だと思う。駄女神さんの監視もしっかりしていることを確認したうえで、僕は田村さんと三上さんを捜す。
田村さんは今日も下校中に僕の献花台で手を合わせていた。
僕は用意しておいた菊の花を一輪持っていた。
田村さんが棚沢さんの姿をした僕に気づき、ついで菊の花に目がいく。
「棚沢さんも、一生と何か一悶着あったんだ?」
「一悶着ないと、わざわざ来ないですよね。田村さんこそ何があったんですか」
花を台の上に置き、自分のための台に手を合わせる。
「そね。こいつはここ数週間で私や棚沢さん含め、複数人の女子に手をつけはじめていなくなるようなゲス男だったわけですよ」
そんなことをいう田村さんの声音は、とても慈悲にあふれていた。
「ゲス男ですね。ほんと」
僕も同じようなトーンで返しておく。困ったときはオウム返しだ。
すると、プっ田村さんが噴き出した。
「棚沢さんもそういうこというんだね。キャラじゃないっしょ」
僕は赤面を我慢する。田村さんと棚沢さんの普段の関係性はわからなかったが、だいたい想像通りでいいようだ。クラスの中心的なカースト上位女子と、図書館が生息域になっている可憐な美少女の構図だ。
「一生さんに関してだけです。こんなこというのは」
「だね。ほんと人のことをかき乱すだけかき乱して」
「ですね」
「こんな想いにさせていなくなるんだから。彼氏と喧嘩になるよ。別の男のことばっかり考えてるって」
「心の狭い男子ですね。別れたらどうですか」別れろ別れろ!!別れろビーム!!
田村さんは笑いながら首を振る。
「はからずとも。喧嘩にはなるけど、きちんと腹割ってお話はできるから。多分別れないと思う。結果的にだけど、あれだけ長くじっくり本音で話せたのも今の彼氏だから」
僕の死は田村さんに一時的な高校時代の彼氏ではなく、生涯の伴侶を与える結果になってしまったのかもしれない。イケメン破裂しろ。いやベツニバクハツしなくていいですよ? 破裂してほしいだけ。
「それでも思うんだ」
田村さんは想い出を語るように。懐かしむように。語る。
もうそこにいない何かを語る。
「春になって、進級して。私達は絶対に、あんな奴がいたことは忘れちゃうんだと思う。考えないようにするっていうか。意識しないようになると思う。でもそれがなんか嫌で。ずっと同じクラスだったけどぜんぜん話したことない奴が、クラス替えするちょっと前の、ほんの数週間で私の中ですんごい大きなところを占めているようになって。それでもうどうにもならないぐらいどこにもいなくて。ほんと、ずるいよ」
僕の死亡当日の話を振ったが、収穫はなかった。
田村さんは僕の死亡に関しての情報は何も持っていないようだ。
記憶のなくなった死亡前の十五日間。
僕は間違いなく、僕がそれまでの人生であり得ないような大きな物語を経験していた。
陰キャとして生きてきた世界では味わえなかったはずの、充実した世界へ行くための、何かだった気がする。
その記憶を、僕が、少しも覚えていないこと。
その記憶を視聴しても何の実感もないこと。
そのとき僕はどんな気持ちで田村さんと接し、三上さんと戦い、教員を脅迫し、本をぶちまけた棚沢さんを助けてんだろうか。
それだけがどうしても気になった。