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彼女は確かに、笑っていたと。

翌朝、セレナはまるで眠るように、静かに息を引き取っていた。

 誰にも知らせず、音も立てず、ただゆるやかに、旅立っていった。


 村の人々は、少しずつ彼女の家に集まった。

 布団の上で穏やかに眠るセレナの遺体を見て、最初は皆、いつも通りだった。


「おお、まじで寝てるみたいだな! いつも無表情だからいまいち区別つかねーんだよな、セレナ婆は」


「口開けて寝てたら写真撮ってやろうと思ってたのに……残念…」


「誰かセレナ婆に、めちゃくちゃカラフルな死に化粧施してやろうぜ!」


「あんた化粧したことあんの~?」


「ない!が、俺の芸術的センスにかかれば一瞬よ!」


「どこから来るん、その自信」


「むしろ分けて欲しい」「わかる」


 誰かが冗談を飛ばすと、誰かが笑い、誰かが「おいこら」と突っ込む。

 まるでそれは、いつもの朝のようで、

 前日までの馬鹿騒ぎの続きのようで、


 ──けれど。


 一人の老婆が、黙って棺のそばに花を置いたとき。

 もう一人の青年が、震える声で「……ありがとう」と呟いたとき。




「……ああ、やっぱり……ダメだ……」


 最初に声を震わせたのは誰だったろう。

 次の瞬間には、あちこちからすすり泣く音が漏れ始めていた。


「……ほんとは、ずっと怖かったんだよ」


「どうしても笑って送りたかったのに……」


「……だって、心配性だったじゃん……セレナばーちゃん……。泣いたら、向こうで落ち着かないって……」


 誰もが、笑って送り出そうと決めていた。

 でも、本当はもう何日も前から分かっていた。

 ──セレナが、本当にいなくなるってことを。


 嗚咽を堪えながら、それでも皆、順番に棺のそばへ歩み寄った。

 花を入れる者。手紙を添える者。昔もらった手編みのマフラーを「貸し」と言いながら押し込む者。

 誰かが「これ、お前の大嫌いなハーブティーだけどな」と言いながらそれを袋ごと突っ込む。


「……ほんとに、寝ちまったみてぇ……あの鬼婆の姿とは思えねぇな」


「なあ、セレナ婆ちゃん。聞いてるか? 皆、笑ってるぜ。お前なんかいなくても、俺ら元気にやっていけるんだからな?あんま心配しすぎんなよ?」


「…だから、安心して逝けよな。」


 誰もが泣きながら、でもちゃんと、笑っていた。

みんなが、泣いて泣いて、泣いて。それでも涙は尽きる気配はなくて。お日様があたりを柔らかく照らしたとき、


 ふと、誰かがぽつりと言った。


「……なあ、見てみろよ」


 皆が一斉に顔を上げる。


「セレばーちゃん……なんか、笑ってね?」


 遺体の顔は、変わらず無表情だった。

 だけどなぜか、ほんの少し、口元が和らいで見えた。目の錯覚かもしれない、勝手な思い込みかもしれない、けれど、それでも、


 ──ああ、やっぱり心配してたんだね、あんたは。


 皆が、そう思った。


 だから最後まで、言葉を尽くして、思い出を詰めて、花を添えて。


「セレナ。いってらっしゃい」


 それが、村じゅうで見送った“ただひとりの無表情の賢者”への、

 心からの、さようならだった。





とある村の、とある墓地には、かつての偉大なる大賢者の遺体が葬られているらしい。

その遺体は、彼女が生きていたころと変わらず、無表情であるらしい。

けれども、その村の人々は言うのだ、確かに無表情には見えるけれども、それでも、

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