たった一人の、夜に。
バーベキューもお開きになり、騒ぎもようやく落ち着きを見せた。夜が深くなると、村はすっかり静けさを取り戻す。先程までの喧騒が嘘のように、風と虫の音だけが、ゆるやかに流れている。
セレナはひとり、灯を落とした自室で窓辺に腰掛けていた。
手には、カイが置いていったハーブティー。香りは落ち着くのに、味は苦い。ずっと昔から、セレナが好んでいる味。
暖炉の中の炭が赤く灯っている。カップの中の湯も、もうぬるくなっていた。
「…………」
誰もいない。
誰も見ていない。
ずっと無表情だった顔に、ほんのわずかに影がさした。
「……?」
ぽつりと、声が漏れた。
「おかしいな……」
思ったより、心が、静かじゃない。
ずっとこうなると思っていた。
何百年も、何千年も、何度も何度も周りを見送ってきた。
そのたびに「またひとりか」と思って、でもそれなりに納得して、乗り越えて。
そうやって生きてきたのだ。
だから、自分の番が来たと分かったときは、嬉しかった。
ようやく皆に追いつける。
そのときが来たら、笑って旅立とう。
……そう、思っていた。
「けど……」
セレナは、手に持ったカップを見つめた。いつだったか、村の子供がプレゼントしてくれたそれは、随分長い間使っていたせいか、ところどころ塗装が剥げ、色あせている。
中の水面が、かすかに震えていた。
なにかが、ざわざわと、セレナの胸の奥でうごめいていた。
セレナは、静かに、溜息を零す。
「…こんなふうになるなんて、思っていなかった」
少し目を伏せる。
炭の灯が、ふわりとゆらめいた。
誰もいない部屋の中で。
声に出すにはまだ早い気がして。
でも、胸の中には、
ゆっくりと浮かび上がってくる輪郭があった。
それは──
まだ誰にも聞かれてはならない、
けれど確かに“ここにある”という実感。
「……おかしいな」
ぽつりと、もう一度つぶやく。
それきり、セレナは言葉を口にしなかった。
ただ、無表情のまま。
いつもと同じ、何も変わらない顔で、
小さな、言葉にならない揺れを抱えていた。