お祭り騒ぎは、勝手に始まる。
翌日、セレナの家の前には、なぜか紅白の幕が張られていた。
「……これは?」
無表情のセレナが尋ねると、近所の主婦ジャニカが「セレばーの人生を祝う会だよ〜!」と笑顔で答えた。
「まだ死んでない」
「わかってるよ〜。でももうすぐでしょ?今のうちにやっといたほうが効率的よ!」
効率的に葬送される予定はなかった。確かに、何かやりたいなら勝手にしろとは言った、言ったが、
「…確かに勝手にしろとは言ったが、やっていいとは言っていない」
「え? それって違うの?」
違う。だが説明が面倒だ。
家の前では、子どもたちが「セレばーちゃんありがとう!!」と叫びながら手作りの花輪を投げ込んできた。生花だったせいか、その日はくしゃみが止まらなくなった。
──さらに数日後。
今度は村に伝わる古式楽団が、なぜか勝手にセレナ宅の前に集まってきた。
「本日これより、セレナ様の生前葬を執り行いまーす!」
その言葉とともに、演奏が始まった。曲は“追悼の舞(アップテンポver.)”。
演奏者たちはフル装備であり、太鼓・笛・竪琴・鐘までそろっていた。
ドンチャン、ドンチャン!
「みなさーん、セレナ様の生前葬ですよ〜!!是非聞いて行ってくださいね~~!」
何かが決定的におかしい。セレナは無表情で玄関を開けた。
「……なぜ生前葬なんだ。これはただの“余命のつもり時間”であって、生前葬なんて頼んでいないのだが。」
「え? でも村長が“もうすぐらしいから、今のうちに全部やっとけ”って……」
「勝手に遺影飾るな」
「すみません、似顔絵は子どもたちの手作りなんで……」
ちなみにその遺影ではセレナが微笑んでいた。明らかな捏造。本人の顔を見たことがないのか。
「…これは誰だ?」
「セレナ様です!」
「顔が違う」
「“こんな風に笑ってほしい”って願いを込めて描きました!」
「……」
セレナはしばしその遺影を見つめた。
「……似てないな」
それだけ言って、セレナは静かに玄関を閉めた。その日一日、セレナは耳栓をつけて過ごす羽目になった。なお、耳栓を付け、そこにさらに遮音魔法をほどこしても、演奏は聞こえてきた。ボリュームがおかしい。騒音。最終的には、我慢の限界を迎えたセレナの一喝により、演奏はようやく終わりを迎えることとなった。
──また翌日、市場でセレナの「追悼グッズ」が売られ始めた。ちなみに、許可を取られた記憶は一切ない。
「はいはーい、セレナ様ありがとタオル! 今だけ三枚で1銀貨ー!」
「こちらは“伝説の無表情”マグカップ! 表情が変わらないので、どこが正面か分からなーい!」
無表情のセレナのイラストがプリントされたマグカップを見つめながら、セレナ本人が言った。
「……これは、私ではない。少しも似ていない。」
隣に立っていたカイが静かに突っ込む。
「…セレナばあちゃん、それさっきから毎回言ってる。“本人が本人を否定してる”状態になってるから…。…それにしても、…こっちの絵のほうが、本人より表情豊かだな…」
「お前に言われたくはない。」
セレナに突っ込むカイも、村では随一の無表情である。
さらに、村のガキ大将がセレナの等身大ダンボールパネルに落書きしていた。
「ほら、“無”って書けば完璧じゃね? 伝説の“無”の賢者っぽくね」
賢者っぽいもなにも、本人だろ、とカイは思ったが、あえて口には出さなかった。
「……なんか、“無”の中に、“ム”って感じの感情がある」
「それがセレナ婆だろ!!鬼の角も書き足してやろうぜ!」
書き足されたツノを指差し、子供たちが好き放題言い始める。
「「的確」」
「「鬼婆だ」」
「怒ってる時のセレナ婆はまさにこんな感じ」
「無から怒りがにじみ出てる」
「「「わかる~~!!」」」
「……」
言いたい放題な子供たちの方を向きながらも、カイは恐る恐る横に目をやる。
「…カイ、私はあいつらを…ちょっと懲らしめてくる」
「……ああ…」
セレナのその言葉を聞いたカイは、可哀想に、と静かに目をつぶった。そして、件のガキ大将と、子供たちにこれから起こるであろう制裁に思いをはせ、心の底から同情した。
「……静かに死ねると思っていたんだが」
もしかしたら、諦めた方がいいのかもしれない…と、ガキ大将たちを適度に懲らしめたセレナは、諦めを含んだ目でそう呟くのだった。