そんなカッパ♂に誘われて・・・。
マミがオシッコを漏らして、その衣類をカッパに川で洗濯してもらってから、一週間ほどが過ぎた。
マミとカッパの交流は、変わらず続いていた・・・。
そんな今日は、この夏一番の暑さとなった。
暑さに慣れてる筈のマミも家族も、今日は体を労って、いつもよりも少し早くに仕事を切り上げた。
家族が農機具の片付けをしてる間に、マミは、いつもより少し早い時間に野菜を洗いに川の洗い場に来ていた。
すると、今日もカッパは姿を表したので、マミは、いつものとおりに、カッパにキュウリをあげたのだが、その渡し方は、あの日の翌日から変化していた。
あの日とは、マミがオシッコを漏らした日である。
今のマミはキュウリを川に投げ込んでは無かった。
カッパに直接、手渡ししてたのだ。
それは、マミなりの感謝と信頼を示す行為だった。
元はと言えばカッパが脅かしたから起きた事だったが、それでもマミは、その時にカッパの真心を知った様に思えたのだ。
カッパはキュウリを美味しそうに噛りながら「あと3日で満月になるんだよな」と言った。
マミは野菜を洗いながら「そうだった?もう満月かと思ってた。昨日の夜も月が出てて、凄く明るかったから」と答えた。
カッパは、そんなマミの答えを聞いた後に、なぜだか少し黙ってしまった。
マミは野菜を洗う手を止めなかったが、カッパから伝わる奇妙な空気感から、マミはカッパが自分に特別な何かを言おうとしてるのではないだろうか?と思った。
「今夜・・・家を抜け出して来れないか?」
「え?・・・」(カッパさんは・・・・なんて言ったの?・・家を?)
カッパは何か言うのかもと思ってたマミだったが、その話が余りにも予想外だったので、マミは一瞬耳を疑った。
そんなマミに構わず、カッパはさらに話し続ける。
「最近は晴れ続きだったが、この先の5日間も、雨が降らない晴れ続きになるんだ。月が昇れば月明かりで夜も明るい日が続く」
「え・・・?あの・・あのぅ・・?」
「だからお前さんでも、夜道も良く見えるだろうから、ここに来てくれれば、俺らと夜の川で遊べるって思ったんだ」
「・・・・・」
「俺らはずっと一人で川で生きてる。お前さん達みたいに溺れたりしないし、お前さんを溺れさせたりしない。安心して俺らに任せてくれれば、お前さんを背中に乗せて川を移動するなんて簡単な事なんだ」
「せ・・・・背中に・・・?」
「そう。俺らの甲羅に掴まれってれば良いだけさ」
マミはそんな事が簡単にできるのだろうか?と、思い返事ができなかった。
「俺ら・・・お前さんと、もう少し長く一緒に居たいって思ったんだ。それで、この川を少し上った所にある川原なら、お前さんと二人っきりで、少しはのんびり出来るんじゃないかって思ったんだ」
「・・・・・・」
「まあ・・・なんだ・・・。お前さんには家族の事もあるだろうし・・・。だから抜け出せたらで良いんだ」
「・・・・・・・」
「俺ら今夜ここで待ってる。・・・待ってるけど・・・・もし、今夜、会えなかったとしても心配するな。そんな事で俺らは怒ったりしない・・・明日の夕方には、また今日のように会えるから」
「・・・・・」
「じゃあ。俺ら・・・今夜、待ってる」
そう言うと、カッパはマミの答えも聞かずに身体を川水に沈めると、静かに姿を消してしまった。
「・・・・カッパ・・・さん?」
そう言った最初のマミの声は掠れていた。
それは緊張からだった。
「カッパさん?」
「カッパさん!?」
そうしてマミは三度目呼び掛けたが、カッパは姿を現さなかった・・・。
洗った野菜を持って帰宅したマミは、少しボーッとしていた。
それは暑さのせいだけでは無かったのは、当のマミが一番良く分かっていた。
「どうしよう・・・」
土間に在る石の台座の上に、川で洗った野菜が入った竹籠を置いたマミは、ポツリと呟いた。
マミの思いは複雑だった。
マミは夜中にカッパに会ってみたいと思った。
しかし、夜中に家を抜け出してというのは、とてもできる事では無いと思えた。
マミは、そんな事を今まで一度だってした事が無かったし、しようとも思った事が無かったからだ。
家族が寝静まった時間に布団を抜け出し、服を着て。
音を立てずに階段を下り、家族が寝てる部屋の前の廊下を歩き。
裏口で靴を履いて、そして、引戸の錠ピンを静かに回して外し。
静かに引戸を開けて、外に出てたら、また閉める。
それは外から知らない人が家に簡単に入れる状態にして、一度マミは家を立ち去るという事でもあった・・・。
(カッパさんと一緒に居る時間って・・・どれぐらいなんだろう?)
マミは色々と心配だった。
(それに・・・カッパさんは、夜に私と何をしたいのだろう・・・?)と思い「なんかもっと色々と話したいのかなぁ」と、思った事を呟いたりもした。
しかし、その後もマミは迷った。
食事の時も。
風呂に入ってる時も。
自分の部屋で一人になって、宿題をしてる時も、カッパとの今夜をどうするのか迷った。
それは、どの選択が正しいのか分からないと、マミは思っていたからだった。
そうして、マミは部屋の明かりを消すと、一度、布団に入った。
それから、じっと窓の外を見て居た・・・・。
布団に入ってから1時間ほど過ぎた時だった。
外が少しづつ、明るくなってきたのが分かった。
月の出だ。
「月が・・・・出て来たんだ。カッパさん・・・やっぱり、待ってるんだろうな・・・」
マミは呟き、そして切なくなった。
(でも・・・約束したって訳じゃないし・・・それに、カッパさんも、無理に来なくても良いって・・・言ってたし・・・)
と、マミはそこまで考えた後、ふと「でも・・・・待ってるって・・・」と、言った自分の言葉にハッとして・・・。
心が震えたのを感じた・・・。
(行かなきゃ・・・)
(行かなきゃ!)・・・・・「私!行かなきゃ!」
マミはタオルケットをガバッっと跳ね退けると、そんな自分の急な動きに驚き、その後は静かに立ち上がり、窓から入る月明かりだけを頼りに、パジャマを脱ぎ始め、パンツ一枚だけの姿になった。
それから、明日の作業の為に用意してたピンク色のジャージのズボンを履くと、白いTシャツを被って着て、白い靴下も履いた。
するとマミは足音に気を付けながら部屋を出ると、薄暗い木製の階段を、そろりそろりと音を立てない様にして下りた。
一階の廊下に来ると、父のイビキが聞こえた。
廊下と襖一枚で繋がってる部屋で寝てる祖父母や母が、深い眠りについてるのかはマミには分からなかったが、今は静かに廊下を進むしか無いと思った。
木製の廊下はマミの軽い体重であっても軋む場所があるのだが、マミはその場所を覚えてたので、静かに廊下を渡る事ができた。
それからマミは、キッチンの紐に掛けてある白いタオルを首に掛け、その両端を胸元に入れると、裏口の土間にある自分の靴を履こうと思ったのだが(そうだ・・・川に入るって言ってたから、靴じゃぐちゃぐちゃになっちゃうな)と思ったマミは(サンダルにしよう)と考え、普段、家の周りで使う鼻緒があるサンダルを手探りで掴むと、それを履いた。
裏口の錠ピンは、早く回すとキュッと音が出るので、マミはゆっくりと回して外した。
外したピンは、小さな鎖でぶら下がっていたので、ユラユラと揺れた。
それから、引戸も車輪が音を立てるので、ゆっくりと静かに、自分が通り抜けられる分だけ開け、そして外に出て直ぐに閉めた。
裏口の引戸を閉め終えたマミは「はぁ~」っと、息を吐いて胸を撫で下ろした。
それから家の明かりが点いたりしないかを確かめると、月明かりを頼りに、川までの慣れた道を歩き始めたのだった・・・。
川へ下りる小道の土手の上に立ったマミは、川のせせらぎを聞きながら、川面を見た。
川面は黄色い月明かりをキラキラと反射してキレイで、それは昼間とは全く違う川にも見えた。
マミは、土手を下る前に、もう一度、家の方を振り返った。
それは、家の明かりが点いてないかを確認したのと・・・今なら、まだ、戻れると思ったからだった・・・。
マミは天を仰いだ。
月明かりが強いので、星はいつもよりも陰ってしまっていたが、それでも片田舎の夜空は伊達じゃなく、かなりの星々が見えていた。
マミは大きく息を吸い込んで、そして吐いた。
鼻から吸った空気は、夏草と川の匂いがした。
(もう・・・行こう)
マミは、そう決めると、土手を下った。
「本当に来てくれたんだな」
川の洗い場に着いたマミを、川面から顔だけを出したカッパが礼を言った。
「・・・・・」
「約束したって訳じゃ無かったのに、有り難う」
「カッパさん・・・本当に信じていいの?」
「・・・・ああ!もちろんだ!俺らを信じろ!!」
カッパのその答えを聞いて、マミは決心した。
「うん!わかった!!」
マミとカッパの深夜の交流・・・。
それはまるで逢い引きの様であり、小さな駆け落ちの様でもあった。
カッパは間違い無く泳ぎが達者で、川は生活の場である(筈だ)。
その根拠は『カッパはカッパであるから』である!としか、言いようが無いと言えた。
しかしマミにとっては、昼間ならともかく、夜の川に入るなど、とても危険な行為なので、川に入ったら後はカッパを頼る他無い。
マミは川に入ると決めて、洗い場に立ち、川への階段を降りようとした。
「ちょっと待ってくれ」
「え?・・・どうしたの?」
「その・・・言い辛い事なんだが、服を脱いで欲しいんだ」
「え?・・・あ、そうか」
マミは、カッパが一瞬で服を乾燥させたのを見たので、このまま川に入れるのかと思っていた。
しかし、どうやら違ったらしい。
「この前みたいに、俺らは、服を乾かせるが、あれはちょっと疲れるんだ。それに、服を着た人間を背負って泳ぐのと、裸の人間とでは、水の抵抗や重さが違うんだ。とうぜん裸の人間の方が楽ってことなんだが・・・」
「うん・・・。それなら、わかった」
昼間ではなく、月明かりの下だったからだろう。
マミは服を脱ぎ易いように先にサンダルを脱ぐと、自分でも驚く程、何の躊躇も無くササッと服を脱いだ。
あっという間に全裸になったマミの体の日焼けしてない部分は、月明かり程度の明るさでも白く輝いていた。
それだけに、成長途中の凹凸の少ない少女の裸体は、日焼けした部分とのコントラストが美しかった。
ただ、そうした美感を、カッパも同様に持ち合わせてるかは不明だった。
きっと人とカッパでは、感性が違う部分が多いだろうからだ。
さあ行こうかと思ってサンダルを履こうとしたマミは、ハッとしてその動きを止めると「サンダルは?はいて行ってもいい?」と、カッパに聞いた。
カッパは「その履き物か?それぐらいなら大丈夫だ。それに、それを履いてないと、お前さんは川原を歩くのは危ないだろうしな」と言った。
マミは「じゃあ、サンダルはいてく!」と言って、両足にサンダルを履くと、足の親指と人差し指で鼻緒をギュッと掴んだ。
それは、これから水に入る前に、サンダルが川の流れに流されないようにするための確認の動作だった。
薄っすらと苔の生えた洗い場の階段を、滑らない様に気を付けながら、マミは1段下りた。
すると、カッパがそこに近付くと、川の中の階段に腰掛けてマミに背を向けた。
マミは、カッパの頭や首、肩や腕、そして甲羅を見た。
そして「どんなふうに掴まれば良いの?」と、聞いた。
「俺らの甲羅の縁を両手でしっかり掴んで、出来れば脚も使って甲羅を挟んでくれ」
「うーん・・・分かった。やってみる」
「おう!そう来なくっちゃ!」
マミは一度階段に腰掛けると、カッパの甲羅に抱きつく様にして、しがみ付いた。
マミの体重を感じ取ったカッパは、ゆっくりと前のめりになり、平泳ぎの体勢になった。
マミは、その動きに合わせて川の中で一度脚を開くと直ぐに、カッパの甲羅をその脚で挟んだ。
マミが自分の背中の甲羅にしっかりとしがみ付いたかをカッパは後ろ手にしてマミの両脚の脛を触って確認した。
「よし!じゃあ行くぞ!」
カッパはそう言うと、川の真ん中へと泳ぎ出るとグイグイと泳ぎ始めた。
すると、不思議な感覚だった。
カッパは川を遡ってる筈なのに、マミにはそれ程の水の抵抗が感じられ無かったからだ。
(こんなに早く、川を上ってるのに・・・なんか軽い・・・)
マミの身体は、流れ来る川水に包まれていたし、しがみ付いてるカッパは、平泳ぎか、或いはカエル泳ぎの様な動きで川を遡っていた。
マミは、グイグイと進んで行くカッパの甲羅に掴まりながら、月明かりに照らされた川岸の風景を見てた。
川面スレスレの高さから見る風景は、周りの状況が分かり辛かったので、マミは視線を間近に戻すと、カッパの皿の着いた頭を見たのだが、その顔は川の中につけられてたし後ろからでもあったので、余り見えなかった。
マミは(カッパさんは、川の中を見て泳いでるんだぁ・・・。でも、月明かりだけじゃ川の中は暗いんじゃないのかなぁ)と思った。
マミはハッキリ分からなかったが、どうやらカッパは人よりも夜目が利くし水中も良く見える生き物らしく、川底の所々《ところどころ》にある大きな石等に手足をぶつけない様にと、水中を見ているらしかった。
カッパの背中に乗りながら、マミは今の自分が何かに似てる感じがしてきた。
(なんだろう・・・私・・・何かに似てる気が・・・そうだ・・・亀の背中・・・)
「浦島太郎だ・・・!」
これから連れられて行く場所が分かってる筈のマミだったが、今の自分の状況が浦島太郎の物語に似てると思うと、ワクワクと不安が入り交じった気持ちになってきた。
(私が家に帰ったら何百年も過ぎてて、家に誰も居なくなってたりしないよね?)
そんなマミの不安を他所に、カッパはグイグイを川を遡って、上流にある川原を目指して行った・・・。
程なくして、川を遡ってるマミとカッパは、急に開けた場所に来た。
マミが右側を見ると、カッパの言う川原が月明かりに照らされ、白く浮かび上がって見えた。
するとカッパは、その川原へと進路を右に変え、やがて浅瀬に乗り上げる様にして川底の石にしがみ付いた。
「着いたぞ。ここで下りてくれ」
川水から顔を出し、少し長い首を捻って振り向いたカッパにそう言われたマミは、足元に注意しながら、カッパの甲羅から身体を離すと、這う様な格好で川岸へと向かった。
そして、川水が膝下位の高さの所まで行くと、そこで立ち上がり川原へ上がったのだった。
つづく




