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カッパにお礼のキュウリをあげ続けるには

 マミがカッパに出会ってから、3日めの朝が来た。

マミは今日も家族総出の農作業を手伝っていた。

日焼け止めを塗る等という習慣が殆ど無かったこの頃は、今よりも平均気温が低かったし、紫外線を大量に浴びる事も、問題とはされて無かった。

そんな時代の小学生であるマミは、この頃の他の子供達と同じく、日焼けしていく自分の姿を楽しんでいたし、それは農作業を頑張った証だとも思っていたので、誇らしくも思っていたのだった。


 そうして今日のマミは昨日よりも黒くなっていた。

それは肌だけでは無かった。

農作業で使ってるジャージのズボンと白いTシャツも、また黒い土の汚れが染み付いて、黒ずみを増してたのだった。


 それから今日も長い労働が終わり夕方となった。

マミはいつもの様に、野菜の入った竹籠を持って、川の洗い場へとやって来た。

洗い場の台の上に、籠の野菜を取り出して積んだマミは、作業をしながら川下を見た。

(今日もカッパが来てると思うけど・・・)マミはそう思いながら、カッパを探したが、見当たらなかった。

川は清流であり、深さもそれ程も無い筈なのに、カッパを見付けられないのは、マミにとっては不思議であった・・・。

それはマミはこの川をもっと子供だった頃から見慣れてたので、川面がキラキラと光を反射しても川茂や小魚の動きを見通せたし、川水の揺らぎによる光の屈折を通しても同じ事ができたからだった。

マミはもう一度、近場から視線を徐々に移し、下流へと見やった。

「あそこを泳いでる小魚だって見えてるのになぁ・・・あのカッパは、今だって私の事を見てると思うんだけどなぁ・・・」と、マミは思った事を口にした。

しかし、どうしてなのかカッパは見当たらない。

マミは(しょうがない)と、思い、野菜を洗い始めた・・・。

それでいつもの・・・といっても、まだ『たった3日め』に過ぎない今日の夕方も、マミはキュウリを川に投げ込む事にした。

マミは昨日と同じく、大きく曲がったり、育ち過ぎてしまったりした、形の不揃いなキュウリを右手に纏めて持って立ち上がった。

しかし、居るとしか思えないカッパはやはり見当たらない・・・。

マミは右手を下から上にヒョイッと掬い上げる様に振って、キュウリを川へと投げ込んだ。

ゆったりと流れる川面に、小さな水しぶきが上がると、驚いた小魚がパシャリと跳ねた。

キュウリは少しの間、プカプカと下流へと流れたが・・・。

昨日見たのと同じく、川面に水掻きのついた緑色の右手が現れたかと思うと、4本のキュウリを次々と掴まえ、そして昨日と同じく、その手は真っ直ぐにマミの近くへと進んで来た。

そしてまたザァアッという音と一緒に、カッパが肩まで川面から体を出して、立って居たのだった。

マミはこの光景は異常な筈なのに、今のを含めて、たった3回目で見慣れてる自分に驚いた・・・。

「今日も2本で良いのか?」

カッパは慣れた口調でマミに聞いた。

マミは「う・・・あ・・うん・・2本もらって!」と言った。

カッパは「へへへ・・・」と、笑うと「いつも悪いな」と言った。

マミは「いつもって、今日でまだ3日めだよ」と言ったので、カッパは「おう。・・・じゃあ、今日でまだって事は、この先もあるって事なのかな?」と、聞いた。

「そんなのわかんない」

「なんだ。そうなのか・・・」

「でも・・・」

「・・・・・・?」

「夏の間、キュウリは毎日とれ続けるよ・・・だから私。夏休みの間は、毎日、キュウリを洗いにここに来る・・・・と、思う」

「・・・・・」

そこまで言ったマミは、その先を言うのを戸惑った。

マミは内心(ここまで言って、どうして分かんないかなぁ・・・?)と、思った。

しかし、カッパは。

「ふぅ~ん・・・そうなんだな」と、マミの期待とは大きく外れた返事をしたので、マミは「だ・か・らぁ・・・明日も明後日も、明々後日も、夏休みの間は、毎日キュウリを間違って流しちゃうかもね!」と、言って赤面した。

カッパは驚いた顔をすると「そうなのか!?」と言ってから「明後日までは、キュウリを拾えて、お礼を貰えるって訳なんだな!?」と言った。

マミは、そのカッパの見当外れの答えに「明後日までよりも、ず~っと先!夏休みは、まだまだ続くんだから!」と力説した。

しかし、カッパは「夏休みってなんだ?」と、言ったので、マミは『はぁ?』っと言う顔をしてしまった。

「な・・・夏休みは夏休みだよ。夏の長いお休み!」

「休みって言ってっけど、お前さんは働いてるじゃないか?それって仕事なんだろ?」

「え!?・・・・・え~っと、そう。これは家の仕事だよ」

「じゃあ、休んで無いじゃないか?」

「う~ん・・・それはそうなんだけどぉ・・・。夏休みっていうのは学校がって意味なの。これは、家の仕事を手伝ってるだけなの」

「ガッコウってのは何なんだ?それも仕事なのか?」

「学校は勉強しに行くところで・・・そこで友達と一緒に遊んだりもするところ」

「勉強ってのは修行みたいなもんだろ?そこで遊びも学ぶんだな」

「シュギョウ・・・?う~ん・・・何か違うんじゃ・・・。遊びを学ぶ?」

マミはウ~ンっと腕を組んで頭を傾げてしまった。

「そのガッコウって所には、1度に何人ぐらい集まるんだ?」

「1度にって・・・うちの学校は片田舎だから、皆で100人ぐらいしか居ないよ」

「100?」

「100人なんて何にも多く無いよ。大っきな街なら1000人ぐらいは居るって先生とかが言ってたから」

「1000人かぁ・・・・」と、そう言ったカッパは、寂しそうな雰囲気になり、遠い目をして居た・・・。

「カッパさんは、友達は居ないの?」

「俺らの友達は、ここには居ない。みんな離れ離れになってる」

「そうなんだ・・・・じゃあ、親はどうしてるの?」

「親は・・・今は・・・」と言ったカッパは、左手で空を指差し「きっと、いつもこの空の上から、俺らの事を見守ってくれてる筈さ」と言って、寂しそうな、それで居てどこか誇らし気な顔をした。

マミは「そう・・・なんだね・・・」と言ったものの、聞いてはいけない事を聞いてしまったと思った。

それはこの歳ににもなると、テレビのドラマや、アニメーション(てれびまんが)で、母親を失くした幼子等に、残った父親が「お母さんはね。ずっと遠い、空のお星様になって、○○の事を見守ってるからね」等と言うのを、何度か見た事があったからだった。

(カッパさんのお父さんとお母さんは・・・もう・・・)と、マミが思った時。

カッパは「だから俺らは寂しく無いのさ。ここでの日々が俺らの修行で、俺らは今日まで一人で生き抜いて来たんだからな!」と言って、川の中に沈めてた右手を川面から出し、その手に握ってた2本のキュウリを空に(かざ)す様にして眺めた。

それからカッパは空を見上げると、黄色いクチバシをパカッと開き、キュウリ1本をクチバシで挟んで噛みきると、パリパリと美味しそうな音を立てて食べ始めたのだった。

「うまい!」カッパはそう言うと、噛み切った残りのキュウリもパリパリと食べ、立て続けに、もう1本のキュウリもパリパリと食べてしまった。

「うまい!キュウリはやっぱりうまい!!」

カッパそう言って、満足そうな表情をした。

マミは、そんなカッパの姿を見てると、残りのキュウリも全部あげたい衝動に駆られた。

しかし、それをしてしまうと、母親にどう言い訳したら良いかが思い付かなかったので、どうして良いか分からずに手を拱いて居た・・・。

カッパはマミの様子から、それを察したのか「今日も大好物のキュウリが食べられて、俺らは満足だ」と言うと、くるりと体の向きを変えマミに背を向けた。それからソロソロと川の真ん中の方へと離れて行き「じゃぁ・・・・また・・明日な・・・」と、小声で言った。

カッパの様子にハッとしたマミは「う・・・うん!また明日!・・・また明日ね!!」と言って立ち上がり、カッパに向かって元気に手を振った。

マミの声に、もう一度振り返ったカッパは、そんなマミの姿を見ると急に笑顔になり「お・・おう!また明日!!」と言って片腕を上げて応えると、スルスルを川の中に沈んで行ったのだった。

カッパとの別れの余韻も束の間。マミは三度目の正直とばかりに(今日こそ、カッパさんの姿を目で追いかけよう!)と思い、川面に目を凝らした。

しかし・・・驚く事に、カッパの姿はもう、どこにも見当たらなかったのだった・・・。

それは、目に自信があったマミとっては、少しショックだった・・・。


 それからマミは毎日、川にキュウリを4本流してはカッパに拾わせて、そのお礼に2本のキュウリを渡すのを繰り返した。

マミが川の洗い場で野菜を洗い終えるのに掛かる時間は10分から15分程度だったのだが、最近はカッパに話すのが長くなってしまうと、20分ほど掛かる事もあった。

それでも、それぐらいの時間の誤差は、母親も気に止めずに済む程度だった。

それよりも母親は、毎日、毎日、キュウリが2本少ない事が気になった。


 そんな、マミがカッパと出会ってから10日も過ぎた頃の夕方。

川でカッパと話し終えたマミが、洗った野菜の入った竹籠を、流し場の土間に埋め込まれてる石の台の上に置いた時。

おばあちゃんと一緒に、夕食を作ってた母親が、マミの方へやって来て「今日もキュウリが2本少ないのかしら?」と言ったので、マミはビクンッとした・・・。

で、マミは「キュウリ・・・少ないの気付いてた?」と母親に聞いたので、母親は「たまに少ないなら、ともかく。毎日少ないのは何でかなって思ってた」と言った。

マミは「そ・・それは、あ・・・あそこでキュウリを洗ってると、何だか急に食べたくなっちゃうんだよねぇ~」と、言って誤魔化そうとしてみた。

「毎日、2本ものキュウリを食べるの?」

「え・・・あ・・・うん」

「マミって、キュウリは嫌いじゃ無かったけど、そんなに大好きってお母さんは知らなかったから。もしかしたら、洗うのが面倒で、川に流して捨ててるのかなって思った」

「そ・・・!そんな悪い事、しない!ちゃんと食べてるよ!(カッパが)」

「そう・・・でも、家でも毎日、キュウリの漬物とか、お味噌汁とか、酢の物とか・・・色々と食べてるんだから、調理してないキュウリを食べて、お腹を壊してもいけないので、食べても1本迄にしてね」

母親にそう言われたマミは「あ~。う~。・・・ん・・・・・・・・分かった」と言って頭を下げた。



 その晩。

マミは困ってしまった。

自分が洗ったキュウリが、毎回、2本少なくなってる事を、母親はとっくの昔に気が付いてたとは思わなかったからだ。

「う~・・・う~・・・どうしよう?」

自分の部屋で一人になったマミは、パジャマ姿で腕を組んで正座をして、窓の外を眺めながら、そんな同じ台詞を何度も繰り返して居た・・・。

カッパに毎日、キュウリをあげないと、カッパはガッカリするだろう。

しかし、もう、家の賄いのキュウリを引き抜きカッパにあげる事はできない。

じゃあ、どうしたら良いのだろうか?

キュウリを育ててる家の家主がマミであれば、なんの問題も無いが、何分(なにぶん)、小学4年生の扶養家族の身分である。

マミは考えて考えて考えた挙げ句。

(そうだ!)「先にキュウリを『くすねれば』良いんだ!」と言った。

しかし同時に、マミは自分の声にビックリして部屋の中を見渡した。

「ビックリぃ~・・・お母さん聞かれてたら、どうしようかと思ったぁ~」と言って、マミは胸を撫で下ろし、正座を崩して畳の上に寝転がった。

すると途端に、足の痺れが襲ってきたので、マミの両足はむず痒いような、面白可笑しいような、えもいわれぬ感覚となった。

マミは「うっはぁ~・・・!」って言いながら、泣き笑いの様な表情になると、暫く畳の上をゴロゴロと転がって悶えたのだった・・・。



 翌、0600時よくゼロロクマルマルじ

マミの作戦は結構されたのだった。

マミは、農作業の途中。

苗から切り取ったキュウリが詰められたコンテナを、一輪車に積んで作業小屋へ運ぶる隙に、その中からハネモノの小さめのキュウリを探して、ジャージのズボンのポケットに入れて隠した。

しかし、しれでも、左右のポケットに1本づつも入れると、それ以上は隠すのは難しいと思ったマミは、一輪車を押して畑に戻る途中にある、家の植木の影にキュウリを隠した。

この日、マミはその方法で4本のキュウリを『くるねる』事に成功した。

それから、昼休みの時に隙を見て抜け出したマミは、そのキュウリを家の軒下に移した。

それは、少しでも暑さからキュウリを守って、美味しさを残そうと思っての事だった。

そうして夕方。

マミは母親に、竹籠に入った野菜を洗うように頼まれた時に、こっそりとキュウリを隠した軒下へ行き、竹籠の野菜の上に置いて、川まで運んだのだった。


 今日も、ややガニ股になりながら川への下り坂を下りて来たマミは、自分の姿が畑からも、家からも見えなくなったのを確かめると「はぁ~・・・ドキドキしたぁ~」と言って、溜め息をついた。

それから、いつもの洗い場へと着くと、早速4本のキュウリを川に投げ込んだ。

するといつもの様に、水掻きと長い爪が付いたカッパの右手が川面に現れると、マミが流したキュウリを次々と掴まえ、こちらへと向かって来たのだった。

その(うね)りながら川面を渡るように見える姿は、まるで、川を渡って来るアオダイショウの様だとマミは思った。

ザァアッっと川から姿を表したカッパは、いつもの様に4本のキュウリを差し出すと。

「今日も2本もらって良いのか?」と、マミに聞いた。

しかし、マミは首を横に振ったので、カッパは怪訝そうな顔をすると「なんだ・・・今日は1本なのか?」と、少し残念そうに言った。

するとマミは「全部」と言ったので、カッパは「なに?・・・全部返せってのか?」と、ちょっとムッとした口調で言った。

マミはそんなやり取りがちょっと楽しかったので、クスクスと笑った。

するとカッパは余計に不機嫌になり「何だよ。俺らをタダ働きさせんのがそんなに楽しいのか?」と言って、グイッと4本のキュウリをマミに向かって付き出した。

するとマミは屈んで、カッパに手の平を見せると「それ、全部あげる」と言った。

カッパはキョトンとした。

「全部?」

「そう。全部」

「どうして」

「どうしてって・・・全部あげないと数が合わなくなるし」

「なんで?」

「それはヒミツ・・・お母さんにもヒミツだから」

「それじゃあ、何だか悪い気がする」

「良いよ。いっつも売り物にならない野菜だったし。今日のは、ヒミツの野菜でもあるし」

「そうなのか・・・・じゃあ、これ全部、食べても良いんだな」

「うん!良いんだよ!」

「へッへッへッヘェ~・・・」と、カッパが笑うと。

マミも「へッへッへッヘェ~・・・」と真似して笑った。

それから二人は、互いの目を見てから大笑いした。

大笑いを終えると、マミは早速、竹籠の野菜を洗い場の台座の上に置いて洗い始めた。

そして、今日のキュウリのヒミツを、自慢気にカッパに話した。

カッパは、始めは楽しそうに聞いて居たが、話の終わる頃には、少しすまなそうな顔をして居た・・・。

そして「そいつはお前さんに、随分と苦労を掛けてたんだな・・・」と言って、頭の皿を見せた。

それは、カッパが頭を下げたって事なのだが、マミはカッパの謝り方も、自分達の謝り方と同じなんだなぁ・・・等と思って居た。

「別に、謝らなくて良いよ。私がカッパさんに会いたいからしたん・・・・」とそこまで言ったマミは、語尾を弱め、赤面した。

しかし落ち込んでたカッパは、マミの言葉を聞き逃し「ん・・・?・・お前さんが、何だって言ったんだ?」と聞いたので、マミは「2回は言わない!」と言って、洗い場の水を両手で救うと、カッパの顔めがけて掛けた!

カッパは「おいおい!それはなんのつもりだ?カッパの俺らに水を掛けるって、どんな意味があるんだ?」と困惑した。

マミは「そんなの知らない!」と言って、尚もカッパに水を掛けるので、カッパは少しの間、頭の皿と顔に水を掛けられ続けた。

その光景は、まるで『河童地蔵(かっぱじぞう)に水を掛けてる』様にも見えなくも無かったのだったが、それでマミが何を願掛けしてるのかは誰にも分からなかった。


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