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今日もカッパに会えたなら

 (2日連続でカッパに会った!)

何かの間違いだったのではないか?と、思ってたカッパに再会できた喜びに、この日の娘の興奮は夜になっても収まらなかった。

大好きなお父さんと一緒にお風呂に入ってる時も。

家族5人揃っての夕食の時も。

ずっと娘の興奮は続いた。

それで娘は母親に「顔が少し赤いけど?熱でもあるの?」と聞かれ「え?・・・何でも・・何でもないよっ!」と、焦って答えたので、母親は心配になり、食後に娘の体温を測る事にしたのだった。

母親は食後の洗い物を始める前に、娘にパジャマに着替えるように言って着替えさせると、家の引き出しの一つから体温計を取り出し、キッチン(ながし)の前に待たせてた娘のパジャマの胸のボタンを三つ外すと、そのから右手を差し入れて娘の左脇に体温計を挟ませた。

それから母親は流し場の壁に掛けてある、白くて丸い掛け時計を見た。

時計の針は8時6分を指していた。

それから母親は「ちゃんと挟んで、5分たったら教えてね?」と娘に言った。

娘は「わかった」と答えると、そのままそこに立ち、洗い物を始めた母親の脇に立って母親に話し掛けた。

母親はそれを、手を止めないで聞いて居た。

娘の話は他愛のない話であった。

今は学校は夏休みだが、夏休みの前に学校であった事の思い出や、今日の農作業での出来事、後は流行りのテレビ番組などだった・・・。

「あら?もう5分が過ぎてるじゃない」と、娘にそう言った母親は、流し台で洗い物をしてた手を止めると、流し台の近くに掛けてあるタオルで手を拭いた。

娘の脇に体温計を挟んでから、既に8分が過ぎていた。

母親は、少し開いたままになってた娘のパジャマの前会わせを指で摘まんで開くと、そこから左手を差し入れ娘の左脇に挟んでたガラス製の体温計を、その脇から抜き取とろうとした。

その(あいだ)、娘は『母親の成すがまま』って感じだったが、突然「ひゃ!」っと、ちょっとした悲鳴を上げると「(ひや)っこいぃ~!」っと言いながらトントンと跳ねるような足踏みをして笑った。

母親の冷えた左手の指が娘の脇の周辺に触れたので、娘は堪らずに声を上げたのだ。

母親の手が冷たかったのは、流しで使ってる水は水道水ではなく、この家の井戸水で、自家用の電動ポンプによって引き上げられていて、通年の水温が殆ど変わらないので、夏だと冷たく感じるからだった。

ただ、かといって冬は温かく感じるという事は無いのは、人の感覚の不思議とも言えた。

母親は娘の脇から取り出した体温計を読み取ろうと、赤色の縦長の線と体温の数字の表示とを合わせて見るために、白熱電球の明かりに照らして覗き込んだ・・・。

「体温は36度8分・・・ちょっとだけ高いけど・・・夏だし、まあ平熱かな」

母親はそう言ってから「後は宿題を少しやって、早めに寝た方が良いわね」と言った。

すると娘は「早めに寝た方がって。私、サラリーマンが親の ケンちゃん や チカちゃん よりも、ずっと早く寝てるよ?だってサラリーマンのお家ははさぁ~、家の手伝いなんて、なぁ~んにもしなくたっていいんだから。早寝なんてしなくて良くてさぁ。5年生の マー君 なんて、お父さんと深夜にやってるエッチな・・・・」と、娘が言い続けてると、母親は「マー君のお父さんはそうなの?」と、笑ってから「でも、そんな(ひと)()の秘密をあんまり話したりしたらダメよ」と笑顔で言った。

娘は「秘密?」(今の話に何か秘密が?!)と思って驚き、右手の人差し指を形の良い唇に当てながら、左上を見て考えた。

母親は「マミも5年生か6年生になる頃には分かるかもね。そしてその頃には、お母さんに内緒の事ができるのかもねぇ~」と言って微笑んだ。


『マミ』とは娘の呼び名であって、本当の名前は 真宮子(まみこ) というのだがしかし、家族や友達や親戚の他に、本人までもが娘を『マミ』と呼んでいたのだった。


母親は「(うち)が農家で、マミにはいっつも苦労を掛けてます。いつもありがとうね」と言うと、娘を自分の体に引き寄せて、頭を撫でてあげたのだった。

すると上機嫌になったマミは「お母さん?マミの事が好き?」と母親に甘えて聞いた。

母親は「どうして嫌いになるの?お母さんは、マミの事が大好きだよ!」と言って、娘をギュット抱きしめながら(こんな言葉はもう、来年には聞けなくなるだろうかなぁ・・・?)と、思ったのだった・・・。


 2階にある自分の部屋に入ったマミは、夏休みの宿題として渡されてる、算数のプリントを1枚だけ解き終えると、去年、おばあちゃんに買ってもらった学習机の明かりを消すと、スクッと椅子から立ち上がった。

そして、天井から吊り下げられてる部屋の照明灯の下に手を伸ばすと、そこにぶら下がってる紐をカチッカチッと2回引いた。

すると部屋の明かりは丸型の蛍光灯二つから、豆電球1つだけになった。

部屋の中は、暖かみがありながらも少し寂しい蜜柑色に染められた。

それから娘は窓際に行くと、正座を横に崩した格好で畳の上に座って、網戸越しの外を眺めた・・・。

そこからは、カッパの居る家の近くの川は見えなかったが、星空と、少し欠けた月が見えた。

外からは、川の辺りで鳴く蛙の声がしていた・・・。

「明日もカッパに会えるかなぁ・・・」

マミは、そう呟くと、網戸から入って来る外の空気を胸イッパイに吸った。

外の空気は、土と、肥料と、夜の夏草の匂いがした・・・。

その匂いの濃さは、都会育ちの子供なら、むせ返る程に濃かったのだが、マミにとっては『いつもの夏の夜の匂い』であった。

吸った息をハァ~っと吐いたマミは、一人で「うん・・・」と、小声でうなずくと、布団の方へと移動した。

そして敷き布団の上に立つと、天井からぶら下がってる照明灯のスイッチの紐を引いた。

カチッという音と共に、豆電球の明かりが消えて、スイッチの紐に付けられた夜光製[今では【蓄光(ちっこう)】と言うのが正しいらしい]のプラスチック制の小さなボンボンみたいのが青白く光った。

マミは薄暗くなった部屋に目をならしながら、敷き布団の上に寝転んだ。

それから、昨夜に比べると今夜は少し暑いのだが、マミは暑いのを少し我慢しながら、タオル・ケットをお腹の上にだけに掛けた。

それは母親に「寝冷えしないように、少しでもタオル・ケットを身体に掛けて寝なさい」と言われてるからだった。

それからマミは1分もしない内に、まるで自分で自分のスイッチを切ったかの様に眠ってしまったのだった。


 熟睡すると目覚めが良いと言うが、余りもの熟睡だと、寝た直後に朝が来たとなって、逆に寝た気がしない時もある。

今朝のマミは、本当はそんな感じだった。

だから普段のマミなら「ええ!?・・・もう朝ぁ!?・・・お仕事ぉ!?」って文句を言う所だったが・・・。

今朝のマミは一味違った!

「ああ~朝だ!・・・・夕方にはカッパに会えるかも!?」と言って、飛び起きたのだ!

そして、そそくさとパジャマを脱ぐと、子供の女の子物の白いパンツ1枚の姿になった。

それは生まれる前の姿の一歩手前というか、一枚手前の姿であった。

普段、ジャージのズボンと、T シャツ一枚という出で立ちで畑で働くマミの素肌は、顔と首と両腕が小麦色に日焼けしていた。

それだけに、それ以外の胸や背中、お尻などの腰周辺、そして日頃の農作業で程好く筋肉が着いた両脚の肌の白さが際立って見えた・・・。

まだ胸は少ししか育って無かったが、そこには将来有望そうな片鱗を左右に一つづつ備えていた・・・。

それからマミは、昨日から部屋の片隅に畳んで置いた、ピンク色のジャージのズボンとTシャツを手にし、着替え始めた。

ジャージのズボンは着古して、くすんだピンク色になっていた。

同じくTシャツも着古してたので、土の汚れが染み付いた『白い筈のTシャツ』になっていたが、マミは『どうせ今日も、汗と土埃にまみれるのだから、この服装が一番楽で良いな』と考えていた。


 そそくさと着替え終えたマミは、自分の部屋から一階に下りた。

流し台の前では、おばあちゃんが朝食の準備をしてくれていた。

「おばあちゃん、おはようー」

「おはよう、マミ」

マミはおばあちゃんの横に立つと、流し台の蛇口の取っ手を回して、その冷たい井戸水を両手で掬って口を漱ぐと、続けて顔を洗った。

そして、流し場の紐に掛けて干されてた、洗い晒しの白かった筈のタオルを引っ張って取ると、それで顔と手を拭いた。

それからマミは、そのタオルを首から掛けると、その両端を胸元に押し込んだ。

それは、このタオルを畑仕事で使う汗ふきとして持って行くからだった。

すると、おばあちゃんが「今日も暑くなりそうだから」と言って、赤い肩掛けの紐が付いた赤い魔法瓶を手渡してくれた。

マミは「ありがとー」と言って、肩から斜め掛けにし「中身は麦茶?」と聞いた。

「ほうじ茶の方が良かったのかい?」

「今日は麦茶の気分だったから、これで良いよ!」

「そうかい。魔法瓶を落としたり、ぶつけたりしたらダメだよ。中身が割れてしまうからね」

「それ、いっつも言われてるから分かってる!」

「そう言って、去年も割ったから、それが3本めなんだから」

「それも、いっつも言われてるから、もう言わないで!」

「そうは言っても・・・・」

「それじゃあ行くからね!」

マミはそう言うと、裏口の壁に掛けてある、いつもの麦わら帽子を手に取って頭に被ると、おばあちゃんの小言から逃げる様にして外へ出た。

少し暗い木造の家から外に出ると、日差しは既に眩しく感じた。

早朝から元気な太陽に目を細めたマミは、麦わら帽子の顎紐を軽く結びながら、父親と母と祖父母が待つ畑へと向かって行った。

魔法瓶の中の麦茶は、事前に冷蔵庫で冷やしてあったのを詰めてるのを知ってるマミは(今日の麦茶は、ものすごく美味しいだろうなぁ。外に持ち出してるのに冷えてるんだから、魔法瓶って凄いなぁ)等と、肩から下げてる魔法瓶を撫でながら思て歩いていた・・・。


一方、家の中では、孫娘を見送った、おばあちゃんが「しかし。3本だからねぇ~・・・しかし」と、言うと。また流し台の前へと戻って、朝食の準備の続きを始め「しかし、3本だからねぇ・・・しかし」と、言ったのだった・・・。



 昨日も暑かったが、今日の方が暑かった。

マミの家族も全員、畑に出ながら、ずっとそう思って居た・・・。

そうして、汗水垂らして働いた一日も、もう、終わろうとしていた。

やっと夕方が近付いてきたのだ。


 「いつもの竹籠に、(まかな)いのハネが入ってるから、いつもの様にお願いね」

汗と土埃で汚れた姿の母親が、マミにそう言った。

マミは「分かった!」と、元気に応えると、小走りでいつもの竹籠の元へと行った。

それから竹籠をぐいっと持ち上げたマミは「じゃあ!行って来るね!」と言うと、楽しそうにして川へと続く緩やかな下り坂へと向かって行ったので、母親は、ややガニ股で歩くマミの後ろ姿を見ながら「あの子・・・いつから野菜洗いが大好きになったのかしら?」と、一人呟いた。


 マミは、いつもの川の洗い場にやって来た。

二日前は突然で、昨日は半信半疑だったカッパの存在は、疑う余地はもう無かった。

だからマミは(べつに、キュウリを流さなくても、直接呼べば良いんじゃ無いのかなぁ?)と思った。

しかし、川の下流を見てもカッパの姿は見当たらなかった・・・。

マミは(見えないのは昨日も同じだったし・・・)「やっぱりキュウリを流してみようかなぁ」と思い呟いた。

そうして、大方の野菜をザザっと洗い終え、残すのは7本の曲がったキュウリだけとなった。

マミは「こんなに曲がってると、間違っても転がらないからなぁ・・・」と、嘆く様に呟くと、4本のキュウリを左手に纏めてもって、ポイっと川の本流の方へと投げた。

川の緩やかな流れに乗った曲がったキュウリは、プカプカと浮きながら、ゆっくりと下流へと流れて行った。

すると突然、川面からニョッキリと緑色の手が生えた様に見えたと思ったら、流した4本のキュウリを次々と掴まえてしまった。

それを見て居たマミは(きっと、そうなるだろう)と思って居たのにも関わらず、少しびっくりした。

それから、その手は、沈む事無く川の流れに逆らって上って来ると、マミの居る洗い場の前で止まった。

そしてザァアっという音を立てると、あのカッパが姿を表したのだった。

マミは屈んまま、目を丸くしてその一部始終を見ていたが(三度見ても不思議だなぁ・・・)と、思った。

川面から体を肩まで出したカッパは「今日はどうした事だ?お前さん、わざとキュウリを流しただろう?」と、マミに言った。

マミは「え?・・えっ!?・・・そう・・かな?」と、言って誤魔化そうとしたが、その顔は自分でも分かる程に引き吊っていた。

「ふ~ん」と、少し(いぶか)しむ表情をした カッパは「まあ良いや。ほら、今日もキュウリを拾ってやったぞ」と言ったので、マミは「う・・うん!ありがとう!」と言ってから「拾ってくれたお礼に、2本あげる」と言った。

カッパは「2本とは少ないが・・・拾った数の半分だからな」と言った。

マミは(カッパって、言葉も話せるし、算数もできるのかぁ)と思って感心した。

カッパは「そうだな。(おい)らの労働の対価としては悪くないか。なら、それで良いか。じゃあ、2本は返すよ」と言って、マミに2本の曲がったキュウリを差し出した。

マミは「今日も拾ってくれて、ありがとう」と言って屈んだまま、2本のキュウリを受け取った。

カッパはキュウリを手渡し終えると、その場に立ったままマミの様子を見ていた。

それはマミには予想外の事だった。

それは、カッパに出会った初日は、カッパの自己紹介もあったから、少し長話をしたが、昨日はキュウリを貰うと直ぐに下流へと去ったので、きっと今日もそうなるのだろう、と、思ってたからだった。

マミは、いつも手馴れた作業なの筈なのに、カッパに見られてるのを過剰に意識して緊張してしまい、手の動きが鈍くなってしまった。

そして同時に、自分でも分かる程に赤面して居た・・・。

それは種族が違うのにカッパを異性として意識してたからなのだが、(とう)のマミは、その事に気が付いて無かった。

「あの・・・今日も拾ってくれて有り難う」

「こんな事はお安い御用ってやつだ」

そう言ったカッパは満足気だった。

そうこうしてる内に、マミはキュウリを洗い終えた。

未知の生物であり妖怪であるカッパと、マミはもう少し話したかったのだが、今日は既に日が落ちようとしていたので、家に帰らなくてはと思ったのだった。

マミは「わたし、もう、戻らないといけないんだ。あまり遅いと、お母さんも心配するから・・・」と言って、洗った野菜の入った竹籠をぐいっと持ち上げた。

実はこうするといつも洗った野菜から水が滴るので、ジャージの膝辺りが濡れてしまうのが、マミは嫌だったし、少しだが長靴の中にも水が滴るのはもっと嫌だった。

マミは膝が濡れ始める不快感を我慢しながら、川からの緩やかな上り坂を(あが)った。

するとカッパはまだ、名残惜しそうに自分の方を見てる事に気が付いた。

「じゃ・・・じゃあね!」と、マミはカッパに向かって言った。

カッパは「お・・・おう。じゃあな!」と言って背を向けようとした。

それを見て、急に寂しさを感じたマミは、立ち止まった。

そして「またね!」と、咄嗟に言った。

川に潜り掛けたカッパは、驚いた様子で振り替えると。

「お・・・おう!・・ま・・またな・・・またキュウリを拾ってやるからな!」と言うと、静かに川の中へ潜って行ったのだった・・・。


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