あの夜
「あの日の夜…」
そう言えばそんなこと言ってたっけ?
「何なの?その…私が忘れちゃった『夜』のことって」
「私が…あなたを一生お守りしたいと
そう誓った夜があったのです」
「…はい!?」
私は彼の言葉に驚愕する。
一生守るってそれ…
「プロポーズ…的な事?」
私が恐る恐る尋ねると、彼は顔を赤くして俯く。
「貴方様をエリヤから助けた、夜の事…
私は貴方様に一生の愛を誓いました」
待って待って…!そんな事実知らないわ!
夢では確かに彼を見た覚えがあるけど…
「ミカゲ」が「リリア」にプロポーズ!?
だってアニメでは二人とも独身だったのに…!
「ど、どうして私にプロポーズなんかしたの…?
だってその…世代的にはあなたって
私のお姉ちゃんくらいの世代…でしょ…?」
「…あまり彼女の事を口にしたくはないのですが…
私は元々あなたをお慕いしておりました
貴方様は覚えていないでしょうが、私が幹部補佐に上がって間もない頃
とある社交界に呼ばれまして…」
彼はそう言って過去の出来事を語り出す。
ーーー
(そういった場には不慣れでしたから、端で様子を見ていたのですが
物珍しい庶民が紛れていると思ったのか、
馬鹿にしたような顔で妙齢の幹部が話しかけて来ました)
「やあ、随分親しみやすい奴がここに来たもんじゃないか?
何か芸でも披露してくれよ」
「芸…ですか!?」
(勿論そんな一芸などは身に着けていなかったもので…戸惑っていたその時)
「ベリーニ様、お久しぶりですわ
今から我がグレイシャ家専属の音楽隊が演奏を披露しますの
まさかそのような庶民をからかっていた方が
高尚だと言われるつもりではありませんわよね」
背後から現れたその少女は彼に冷たく言い放つ。
「リリア様…!失礼、勿論楽しませて頂きます!」
彼はそう言って青ざめた顔で去っていた。
…この子は誰だ?一見高級な服を着た子供にしか見えないが…
「…何か?」
「ああ…!いえ、ありがとうございます、助けて頂き」
「助けた覚えはありませんわ、あなた…お姉様の招待客でしょう
あまり舐められては困ります、もっと堂々としていなさい」
彼女はそう言って去ってしまった。
お姉さまの招待客…?という事は、彼女はエリヤの妹「リリア」様か
ああ、なんと気高く美しいのか…
ーーー
「…それからと言うもの私はあなたをお慕いするように…」
聞いたところで全然ピンとこない…!
そ、そもそもそれならどうしてミカゲが「闇落ち」する結果につながるのよ!
彼が好きだったのがリリアだったなら
「地球人に好きな人を取られた」って事には…あっ!?
待って…そっか!原作のリリアって…!
「どうかされましたか?」
「ああいえべっつに!?」
もし…もし何かきっかけがあって
「リリアがレッドを好きだったのがバレたとしたら」…!
それが原因で 闇落ちしたって事なのでは!?
…待ってよ…なら今の状況も結構やばくない?
双星襲撃の日、この人以外が勝っちゃったら…
終わり…なんじゃ…?
「…あなたの意思を無視するつもりはありませんが…
賭けにはきっと私が勝ってみせます
だから…その時には…」
彼はそう言って私を見つめる。
ど、どうしよう…思ったより事態は深刻だわ!
もし返答を誤れば…破滅!
「おい、その辺にしとけ
人が操縦に専念してると思っていちゃつくなよ気持ち悪い」
シノが呆れたように言いながらこちらに歩いて来る。
「シノ…操縦はいいんですか」
「ちょろっと改造して自動運転可能にしてみたぜえ?
どうよ、俺様の天才ぶり」
本当に優秀なのね…これで性格が悪くなきゃあなあ
「おい、聞こえてんだよちんちくりん」
「…あちらでは今、上手く行っているのでしょうか?」
「さあねえ?あのねーちゃん次第じゃねえの」
シノが興味無さそうに言う。
…あれ?待てよ…ちょっとおかしくない?
シノって心の声が聞こえるのよね…?
「何だよ急に
聞こえるけど何」
さっき「負けた方がリリアとミカゲの方を運転する」って言ってたけど
あんたって…「じゃんけんに負ける」とかできる訳?
私の問いに、彼は一瞬で真顔になる。
「え?何?何ですか?お二人とも心の声で会話してます?」
「じゃんけんなんか一瞬で勝敗決まるんだから
いちいち心の声聞いてらんねえよ」
彼はバツが悪そうに首を掻く。
…怪しい…!何か思惑があるんじゃ…!
「ミカゲさん!ちょっとシノの事抑えてて!」
「は!?」
彼はミカゲさんにあっさり捕まると、暴れる彼に私はたまたま鞄に入れたままにしていた「バレバレリーナ」を装着した。
シノは付けられた瞬間ボーっとしたような顔をする。
「あなた、わざとじゃんけんに負けたでしょ
何企んでるの?言いなさい!」
私が言うと、彼はゆっくり口を開き
「…最後…あの女が緑川の記憶を取り戻せたら…
喜ぶかなって…思って…」
…
「「は???」」
ミカゲさんと私は思わず声を漏らす。
ん?あれ故障か?誰の言葉ださっきの…?
「だってほら…あの女さっきからずっと『私じゃ駄目だったんだ』とか
考えて落ち込んでたから…花持たせてやった方が良いかなって…
ユウヤも俺がきっかけで思い出したって楽しくないだろ」
私とミカゲさんは顔を見合わせて青ざめる。
「…誰だお前?」
「シノだよ!」
ミカゲさんの失礼な問いにシノが声を荒げる。
もしかして…もしかして、こいつ…!
いい奴なの…!?
「じゃあまさかこの記憶を取り戻す会を開いたのって…」
「…まあ実際…あいつは密偵だから
このまま記憶も無くなった状態で
何の憂いも無く普通の生活送れんなら…それでもいいとは思ったよ
…だけど…寂しいだろ?こんな一緒にいて
忘れられたままってのもさ…」
彼は寂しそうに呟く。
私が少し不憫に思ってバレバレリーナを取り上げると、
彼はこの世の終わりを見たような顔をした後に
黙って船の端で蹲ってしまった。
「あー…悪かったわよシノ!あんたがそんな風に思ってるって知らなくて…!」
「そうそう…君って案外いいやつなんだね」
私達が励ます度、彼の目は死んでいく。
「あんたらいつか殺す…」
彼は力なくそう呟くとそのまま動かなくなってしまった。
「…ねえ、これって私達帰れるの?」
「さあ…困りましたね…」
私達は冷や汗を流しながら波の揺らぎを感じる事しかできなかった。