友情
「友情って……あんたらそんな仲良いわけ?」
私は呆れたようにシノに尋ねる。
「そりゃあもうマブダチよ!」
「俺は高校からの関わりなので関係ないんですがね」
明るく答えるシノとは対照的に、ミカゲさんはため息混じりに言い放った。
「連れねえこと言うなって、いっつも4人で行動してんだろ?」
「付き合わされてるだけなんだが。」
ミカゲさんは顔を顰めながら言う。
この面子と高校生活を送っているとは、つくづく不憫だ。
「君達……誰なの?」
緑川が尋ねる。
「俺達、親友だったんだぜ?」
「親友……?ただの友達が僕の記憶を取り戻すの
手伝ってくれるの?」
「俺も忙しいし大変不本意だけどよー、ヒロインの『愛』が役不足だったみてえだから。」
シノはそう言って意地悪な目線で若葉ちゃんを見る。彼女は顔を赤くしてむくれていた。
「しかしどうするんだ?公園なんかに来て。サッカーでもして思い出そうとか言わないよな。」
ミカゲさんが腕を組ながら問いかける。
「いんや?この公園にはさ……『ユウヤのトラウマ』が根付いてるんだ!」
シノは無邪気に言い放つ。
トラウマ……?
「……ユウヤ君はシノにいじめられてたから……記憶って言うのは意外にも『マイナスの記憶』の方が残りやすい。
そういう意味でも『好きな物』じゃなくて『嫌いな物』の方が、思い出すのに適してる場合もあるんだ。」
ウリュウは気怠げに頭を下げると、そう解説してくれる。
確かに嫌なことは中々忘れられなかったりする。
若葉ちゃんとの思い出なんてその全てが『いいもの』だったろうし、この作戦は理に適ってるかもしれない。
「いじめじゃねえよ!じゃれてただけ。よし、まずはこのジャングルジムに上ってくれユウヤ。」
シノは何の変哲もないジャングルジムに緑川を登らせる。
「ねえウリュウ……大丈夫なの?」
私が耳打ちすると彼は腕を組みながら複雑そうな表情で「多分……大丈夫ではない。」と呟いた。
緑川はシノの圧に負けてなんとかジャングルジムの一番上まで登りきると「何かのスイッチ」を取り出しボタンを押す。
「ええ!?」
するとジャングルジムはどんどん高くなっていき、その高さは近隣にあるマンションにも引けを取らないものになってしまった。
「ちょっと!何これ危ないでしょ!?緑川君!大丈夫!?」
若葉ちゃんが慌てて声を掛けるも、緑川は一番上で震えている。
「俺の生涯23個目の発明品『伸びるジャングルジム』だ!ユウヤが小学生の時『スリルが足りない』ってごねるから、俺が改造してやったんだぜ!」
シノはそう言って得意そうに体を反らす。
「そのあとこってり怒られたところまで目に浮かぶね。」
「……正解、何故か僕まで怒られたんだから。」
ミカゲさんとウリュウは訝しげにジャングルジムを睨んで言う。
「どうだー!?ユウヤ!思い出したかい!?」
ジャングルジムを元の高さに戻しながらシノが緑川に声を掛ける。
彼は震えながら「わかんない、怖い!」と叫ぶ。
そして緑川は降りて来るなり、若葉ちゃんの後ろに隠れてしまった。
「ひどい……!友達にこんなことするなんて……やっぱりあなた達って悪の組織の一員なんですね。」
若葉ちゃんが言いながらシノを睨む。
「そうだよ!俺らは悪だから、遊びも派手なの。どうする?やめるかい?申し訳ねえけどそいつの幼少期のトラウマ刺激してやれんのなんて 俺くらいなもんだけどねえ。」
「……!あ、危ないことは……させないでね」
シノの挑発に屈して、若葉さんは後ろにいた緑川をシノに差し出す。
「ええ!?お姉さん味方なんじゃないの!?」
「お次はシーソーだ!ほら座りな」
「やだ!またさっきみたいなことになるじゃん!」
シノがシーソーに誘導しようとすると、緑川が拒否する。
それを見かねたように、ミカゲとウリュウが緑川を押さえそのまま無理やりシーソーの座席に座らせた。
このシーソー、見るからに妙な場所が一つある。
何故か立派な「座席」が存在し、そこに強固なベルトが付いているのだ。
「ねえ、シーソーにベルトなんて必要なの……?」
私が尋ねると、ウリュウとミカゲさんは無言で目を逸らした。
……何か言ってくれなければ不安になるのだが。
私は嫌な予感を抑えつつ緑川の様子を見る。
するとシノが反対側の座席に乗り込み、ベルトを締め何かのボタンを押す。
するとシノ側の座席が浮き上がり、思い切り土台に落ちると……反対側の緑川の座席は天高く飛んで行った。
「うわああああぁぁ……!」
遠くなっていく緑川の悲鳴に、私たちは戦慄する。
「俺の30個目の発明品、『天空シーソー』だ!
安心しな、安全面にも配慮されてるぜ。」
シノが自信たっぷりに言い放つと、緑川の座席が火をふきながら戻ってきた。
「なんで君の発明品はいちいち高い所に行こうとするんだ!」
緑川は涙目で叫ぶと
「馬鹿と天才は高いとこが好きなのさ」
と言ってシノは楽しそうに笑った。
その後もシノのトンデモ改造が施された公園ツアーは続いたが、一向に緑川の記憶が戻ることは無さそうだった。
「ぜえ……ぜえ……お前嫌い!」
緑川はシノを指さしてそう言い放つ。
「知ってるよ、過去に何回も言われた」
シノは意に介した様子もなくヘラヘラと言い切る。
しかし、緑川の様子はここに来てすぐの時と比べ
、かなり変化していることがわかった。
「緑川君……ボーっとした感じが無くなったような……」
若葉ちゃんの言葉に、私は頷く。
そう、いままで口数も少なく呆けているだけの緑川に「自我」らしきものを感じられるようになった気がする。
効果が出ているのだろうか……?
「次は高校改造して作った『肝試しルート』を探検するぜ」
シノに促されるまま付いて行くと……
学校に入るなり妙な像に襲われるわ、人体模型に付きまとわれるわ……散々な肝試しをさせられるはめになった。
「シノ!我が誇り高き学校になんて改造を施しているんだ!」
ミカゲさんが体育館で声を荒らげる。
「いいじゃねえか、スイッチ入れなきゃ作動しねえし」
「そういう問題なのかな……先生にバレたら僕たちまで怒られそうなんだけど」
ウリュウが呆れ気味に呟く。
「シノ!君って何でいつもそう……!人の為にならないような発明しかしないんだよ!」
緑川も続いて批判すると、シノは恥ずかしそうに照れ笑いしていた。
……こうして見ると……この男たちも男子高校生らしいところがあるのだと思わされる。
彼らからは確かに「友情」の様なものを少し感じられた。
「……緑川君……楽しそう。」
若葉ちゃんが嬉しそうに呟く。
「そう……ね、いつもあの4人でつるんでたって感じが伝わってくるわ。」
「悔しいけど私より……いい線行ってるのかも。」
そう言って笑う若葉ちゃんの顔は、どこか寂し気だった。
しかし事実、悲惨な目に逢ってばかりの緑川は「少し生き生きとしている」。
このままいけば本当に記憶を取り戻すかもしれない。
考えていると、シノが
「おい!次は毎年行く海辺に行くぜ!」と言って手を振る。
海……?渋矢に海など無いのだが……
私が不思議に思っていると、シノの車に乗せられて1時間程で横波間の海に到着した。
「あんたら、意外とエリア外で楽しんでんのね……」
「普通の服さえ着てれば僕たちただのイケメンだもん。」
ウリュウがそう言って微笑む。
否定出来ないのが悔しい。
「2艘船出せるけど、運転できるのはウリュウと俺だけか?」
「だね、3人ずつで別れる?」
「はいはい!私緑川君と乗る!」
若葉ちゃんが言うと、
「じゃあ操縦はじゃんけんで決めっか」
シノとウリュウはその場でじゃんけんする。
そして私はシノの運転する船にミカゲと乗ることに決まった。
1番嫌な組み合わせのメンバーと一緒になってしまったような……
シノが何かのスイッチを押すと、横波間の海から小さな船が二艘浮き上がる。
もうこの男がいれば日本征服出来るのではないだろうか。
船に乗り込もうとすると、ウリュウが私の方を見て
「ミカゲ君に変なことするなよ」と釘を刺してきた。
……本来ならば私が心配される側だと思うのだが!
ーーーー
船が出発すると、私達3人は特に話すことも無く黙りこくってしまう。
……気まずい……
私が何か話題を探していると、ミカゲさんがふいに口を開いた。
「そうだ、リリア様。この前言いそびれたことですが……」
「ああ……え?何だったかしら。」
「……あの日の夜、何があったかについて……良ければ聞いて頂けませんか?」
ミカゲさんはそう言って真剣に私を見つめた。




