緑川の思い出
「え…どういう事?」
私は動揺しながらも彼女に尋ねる。
今までの感じからして、「忘れられたのがショック」みたいな反応だったのに
どうしてそんな急に…!
「これってチャンスなんじゃないかな?
さっき3人が話してるの聞いたんだけど…
誰かに記憶消された可能性あるんでしょ?
緑川君、どうせ綺麗なお姉さんに騙されてこんな事になっちゃったんじゃない?
なら今の内に私以外の女の人は怖いんだよって教え込んで…
危険から守ってあげるのも1つの手かなって」
彼女は乾いた目で笑いながら言う。
…ん?ちょっと待って理解が…
「あー…具体的にどうやって教え込ませる…の?」
ブルーが青い顔で尋ねる。
「…蜂さん、おいで」
彼女が窓を開いて声を掛けると、窓の隙間から大きな蜂が数匹入って来る。
これ…スズメバチ…じゃ…
「『私以外の女の子と話してたら攻撃していいよ』って指令を出すの
そうしたらきっともうこんな危ない事にはならないよ!
前から緑川君、女子に警戒心無いと思ってたんだ…!
いい案でしょ?」
彼女は無邪気に笑うが、緑川を除く全員が彼女と少し距離を取る。
…あれ…この子ってこんなだっけ…?
私は原作を知るあかりに目配せすると、
あかりは「知らねえよ!」とでも言いたげに首をぶんぶん振っている。
…「コズミック7」には、恋愛要素と言うものが極端に少ない。
というより、周りのオペレーターや関係者の描写が多く
意図的にヒーロー同士の恋愛を描かない構図になっていた。
だからこそ私は知らない、「ヒーロー達が恋をしたらどうなるのか」
焔の「求婚」そうだけど、若葉ちゃんのこの様子からも大分愛が重いのが伝わって来る。
まさかとは思うけど…コズミック7のメンバーってヤンデレ気質…なんじゃ…?
「あー、あのさ!良く解んねえんだけど…裕也君の記憶が戻らないと
おじさんも悲しいなー…なんて…」
軌道修正したかったのか、ブルーがそう言っていなそうとする。
「何で?緑川君の事好きなの?」
「おいなんで蜂をこっち向けんだ!
別に恋愛対象としちゃ見てねーわ!!!
…短い間だったけどお友達だからさ、ね?
それに彼の家族とかも…彼がこの状態じゃ悲しむんじゃない?」
…緑川の家族、か。
確かにそんな存在がいれば心配もしてるんだろうけど…
ウリュウは一言もそこに言及してなかったのよね。
ブルーの言葉に若葉ちゃんは乾いた目をまた潤ませ、下を向く。
「…でも…だってえ…!もし何度もこんな事があったら私…!
耐えられないよお…!」
彼女はそう言って泣き出してしまった。
「おお!?俺が泣かせた感じ!?」
「そうだよ大吾さん!謝って!」
「ごめんごめん!泣くなって…!きっと元に戻るから!
記憶が無くなるなんて生きててそう何度もあるもんじゃねえよ」
彼が若葉ちゃんに優しく声を掛ける中、緑川はボーっと若葉ちゃんの事を眺めている。
「…もしかして僕の事で泣いてる?」
彼が言うと、ブルーは「黙ってろ」と言って顔を顰めた。
「…しっかし、若葉ちゃんの話聞いても
全く思い出す素振りないよね緑川君…
他に何か印象的な話は無いの?」
あかりが若葉ちゃんに尋ねる。
「…印象的…ナンパされてる所を緑川君に助けて貰ったり…とか」
「おお!いいエピソードあるじゃん!聞かせてやれよ!」
ーーーー
(私がガラの悪い先輩に絡まれてた時…)
「若葉ちゃーん、たまにはバイトばっかじゃなくて俺達と遊ぼうよ」
「バイト先なんかよりお金あげるよ?」
うっ…なんか怖い先輩たちに捕まっちゃった…
この人達いっつも声かけてきて苦手なんだよね
1回付き合ったらもう声かけてこないかなあ…?
しぶしぶ首を縦に振ろうとした時、先輩の手を誰かが掴んだ。
「そんなにしつこく誘ったら嫌われますよ、先輩」
緑川君…!
彼は涼し気に微笑みながら彼らを見ている。
「おいなんだお前…!関係ないだろ放せっ…!」
「やめとけって…!こいつ確か柔道の授業で学年3位以内に入ってたぜ!?」
先輩たちは青い顔をすると「すみませんでした!」
と言ってその場を立ち去った。
「…あ、ありがとう…緑川君」
「君って隙が多いんじゃない?舐められてんだよ
どうして能力で撃退するなりしないのさ」
「そんなことしたら動物さんたちが可哀想だから」
「…そう」
ーーーーー
「って事があった」
「おー!かっこいいじゃん裕也君!」
全員が緑川を見るが、全く思い出す素振りを見せない。
「…」
若葉ちゃんの目はまた少しずつ乾いて行った。
ま…まずい!
「あ、あの!耳から聞いた情報だけだとなかなか思い出せない事ってないかしら!
好きな食べ物の味とか、匂いとか…そういう物の方が思い出すのによかったりして!」
「あー!確かにね!耳入る記憶ってのは忘れやすい、例えば声とかね
視界や味覚、触覚…嗅覚…その辺の記憶にアプローチしてもいいかも!」
医者らしい目線であかりが言う。
「そ…それなら緑川君はパフェ好きでしょ?
ここに食べに来てたもん、大きなパフェ!」
へえ…バイト先に行くのを避けていた様に見えたのに、食べに行ったりしてたんだ。
若葉ちゃんは大きなパフェを注文すると、緑川に差し出す。
緑川は一口食べるなり、
「あ…あんまり好きじゃない…かも」
と顔を顰める。
「ええ!?あんなによく頼んでたのに…!」
「…もしかしてよ、コーヒーとかも一緒に頼んでなかったか?
フードメニューも」
「え…うん!そういえば
ブラックコーヒーいつもおかわりしてた!
フードはバラバラだったけど大体大盛り頼んでた」
ブルーとあかりは顔を見合わせて少し笑うと、
「…それ、時間稼ぎだったんじゃない?」
とあかりが口にする。
「時間…稼ぎ?」
「裕也君、本当はパフェ苦手だけど
若葉ちゃんの事見てたかったからわざと
完食に時間かかるもん頼んでたのかも」
若葉ちゃんはブルーの言葉に満面の笑みを浮かべる。
…まあ、不器用そうだし無い話じゃないのかも…
別にコーヒーおかわりで時間潰せばいいのに律義に頼んでるとこまでこいつらしいわ。
聞けば聞くほど、緑川って若葉ちゃんにぞっこんだったのね。
「でも…困ったね、パフェが好きな食べ物じゃないならお手上げだよ」
彼女は困ったように言う。
「あ…そ、それならさ!
制服姿の若葉ちゃんをもう一度見せてあげるのは?」
私が提案すると、若葉ちゃんは
「いいアイデアだね!私着替えて来る!」
と目を輝かせてバックヤードに走っていった。
「なあ…あの子大丈夫か?みつばさんとこの長女だったよな…?
すげえ病んでなかった?一瞬…」
ブルーが小声で言う。
「まあ年頃の女子なんて多少執着心強くても不思議じゃないでしょ…」
あかりが答えるが、そういう彼女の顔は苦笑気味だ。
「おまたせー!」
彼女の声に、全員が身を震わせる。
若葉ちゃんは制服姿で現れると、満面の笑みで緑川を見る。
「ほら、緑川!感想言ってあげなさいよ!」
「…かわいい」
その時、初めて緑川の表情が少し動いたような気がした。
…結局、その後色々と試してみたものの、
緑川の記憶は戻る事は無く…
空も赤くなり、夕方に差し掛かると
店が混み合う前に私たちはカフェを出た。
「皆ごめんなさい、長いこと付き合わせて…」
「いいんだよリリアちゃん、そいつは俺の仲間でもあるんだから」
ブルーはそう言ってにっかり笑う。
対照的に、あかりは何かをずっと考え込んで黙っている。
「あかり?どうしたの?」
私が尋ねると、彼女は真っ直ぐブルーを見て
「なあ、ブルーさんよ…俺と一緒に
ヒーロー本部を辞めないか」
と言い放った。