転生者
キアラさんの一件が片付いたその日の夜、私はウリュウの部屋まで呼び出される。
「やあ! ナギもリリアもお疲れ様! 」
ウリュウは輝くような笑顔でそう言った。
こちらは疑われた挙句スパイまで送り込まれているというのに
よくもそのような晴れやかな顔が出来るものだ。
「リリアも聞いてるよね?
我が医療班は表向きは傷ついた隊員を癒す役割だけど、裏切り者を暴いて裁きを下すのも役目……
今回リリアは裏切り者では無いと判断されたけど、僕はまだ疑ってるから気を抜くなよ! 」
満面の笑みで言う事じゃないでしょうに。
「僕が君に下す任務はしばらく潜入とか工作とか、そんな地味な物が中心になると思う。
君は幹部補佐に就任したてで地球人に顔が割れてないしね。やれそう? 」
「ぜ、善処します……」
本来だったら絶対に嫌だと断る所だが、彼に気に入られなければ、
ヒーローと戦う未来を回避するという目的が遠ざかってしまう。
ここは逆らわず従っておかねばならない。
「ナギ、少し予定は早まったけど聞こうか、グレイシャ家の様子はどう?」
「……キアラが衣類を破いたり皿を割ったりといった奇行を。」
ナギが証拠写真を机に並べる。
キアラさんが自分の罪をナギに擦り付けようとしていた事を考えると、
よほど私をヒーローに近付かせたくなかったことが解る。
「リリア様を殺そうとしたりもしてましたし、少しメンタルケアを行った方がよろしいかと。
内通者に関してはそれらしい人間はいませんでした。」
「なるほど、よく働いてくれたね。
今日君達を呼んだのは……今回の件で騙して悪かったねと言う種明かしもそうだが、リリア、君の事についても話しておきたかったんだ。」
ウリュウは指を組みながら言う。
私の事……?
「君、所謂転生者だろ」
「……え? 」
「別世界の人間が死んで何者かに転生する事…
頻繁にある事じゃないがごく稀にある事らしい」
転生……死んだ? 私……が?
そこで、以前見た「夢」を思い出す。
海に沈みながら、怖い思いを必死に押し殺す、あの悪夢。
……まさか……あれが「夢じゃないとしたら? 」
私は……須藤真理愛は……死んでいる……?
「君が僕に罹った時、失礼ながら記憶を少し見させて貰ってね。
階段から落ちる前の記憶がほぼ他人の物に塗り替えられていた。
君は……この世界に転生してきた、転生者なんだろ? 」
ウリュウの鋭い目つきが私に刺さる。
息が上手くできない……。
今いるここは、転生した後の世界?
「わ…私…知らなくて……!
リリアには一時的になっただけで、すぐに戻れると思ってたのよ。
だって……! 死んだなんて……嘘……! 」
私がふらつくと、ナギが背中を支えてくれる。
「……なるほどね、『リリア』には聞きたい事がたくさんあったんだけど、
『君』にそれを尋ねるのは酷なようだ。
まあ少なくとも今の君が内通者とかではないことは分かったよ
ナギ、家まで送っていってあげなさい」
ナギは私を支えたまま基地を出る。
私はその間も自身が転生してここにいるという事実がショックで頭が上手く回らなかった。
「……リリア、大丈夫? 」
「大丈夫……はは、大丈夫に決まってるじゃない。
ちょっと驚いただけよ……こんなの」
私の状態を見て、普通じゃないと感じ取ったのか、
ナギは私の手を握ると「助けてって言って?」
と私に言い放つ。
「……え……」
「リリアが助けて欲しい時……そうやって強がられたら俺、馬鹿だからわかんないよ。
友達なんだろ、困ってる時は助けてって言って欲しい」
風に吹かれて覗いた彼の瞳が真っ直ぐに私を見る。
私は訳も解らず涙を流すと
「こんなの……どうしたらいいか分かんない……助けて……!」
と彼に訴える。
彼は、私を抱きしめると
「絶対助けるよ」と一言だけ呟いて、私が泣き止むまで傍にいてくれた。
…
俺は能力が物騒だから、家族からは少し距離を置かれていた。
虐待という程でも無いが、暖かい関係ということも無く。
「あいつを怒らせたら何をされるか解らない」と裏で囁かれていた。
居心地が悪いからという理由で何となくで戦闘員に応募したら、
「僕の隊で懐刀として戦おう!君の能力は人の意表を突ける! 」
と、評価され、医療班への就職が決まった。
表向きは医療班で、裏では「裏切り者」を粛清する役。
しかし裏切者を排除する役といってもその業務内容はその対象に近づき、裏切者を裏切る事。
彼らを欺く度に向けられる、あの目を思い出す度、
俺はこの組織で一番卑劣で恨まれている存在なのだろう……
そんな事を考えてしまい夜に寒気がして寝れなかった。
そんな時にヒーローは現れた、抗争に巻き込まれている時にたまたま居合わせていた俺を「まだ子供だから」と庇ってくれたあの男。
裏でこそこそ身内を粛清するだけの俺とは真逆の、正々堂々とした正義に
とても心打たれてしまった。
心ではああなりたいと思いつつも、現実は厳しい。
俺なんかがヒーローになれる訳ない、そもそも異星人である時点で、憧れるべきじゃない…
そう思っていたのに。
『いいじゃない!夢は誰にでも見る権利があるわ! 』
『ヒーローになりたいなら今すぐやめなさい! 』
あの子は認めてくれた、否定しなかった。
裏切ってもまた友達になるって言ってくれた……
変な奴、でも、その不思議な所に救われたから……
今度は俺が助けたいって思ったんだ。
ーーーー
ウリュウに私が転生者だと告げられた、次の日の朝
私は支度をしながら考えを整理していた。
考えなければいけないことはいくつかある。
まず、どういう心持ちでリリアとして生きていくかもそうだし、
「転生」と聞くと物騒だが、果たして私は本当に死んだのか?
それも少し怪しいところだ。
私が死んだという根拠は頭痛に襲われた時見たあの夢だけ。
それも、ただ溺れていただけだ、助かっている可能性だってある。
悲観してはいけない……! とりあえず私の目標は
「元の世界に帰る事! 」そして、リリアとしての目標だが……
このままだとヒーローと敵対するのは確定してる。
何もせずに流されていると、コズミック7のリーダーレッドを殺め、ブラックに殺められるという最悪の未来が訪れてしまう。
やはり「内部から働きかけてヒーローと敵対しない組織を作る」、
これが私がリリアとして生きてく中で一番平和かつ、ヒーロー達を守れる最良の決断だろう。
……と、決心したのはいいものの……
私の頭は転生やヒーローの事でいっぱいで、全く思考が整理できずにいた。
私は、不意に夢に出て来た銀髪の少女を思い出す。
……あれがリリアなのだとしたら、リリアは確かに私に「あなたならやりなおしてくれる」と言い放った。
もしこれが本当に「転生」なのだとしたら、私はリリアに選ばれてここに来たに違いない。
リリアは何をやり直したくて……どうして私を頼ろうと思ったのだろうか?
「リリア様、早くしないとウリュウ様を待たせますわよ? 」
「ああ、お可哀想にウリュウ様…こんな出来の悪い部下をお持ちになって」
部屋でしたくしていた私を、メイド達が急かす。
相変らず可愛くない奴らだ。ああ、早く元の世界に帰りたい……
ーーーー
「やあ真理愛、元気にしてた? 君って給仕服が良く似合うね。」
呼び出されるなりウリュウが放った言葉に私は青筋を浮かべる。
「あ~れ~?何?怒ってるの? 忘れないように前世の名前呼んでやったのに」
この男にデリカシーというものは無いのだろうか?
私が転生したという事実を飲み込むのにどれだけの時間を要したと思っているのだろう。
「ウリュウ様……ご要件は何でしょう」
爆発しそうな私を見かね、ナギが尋ねる。
「ああ、そうだった……ナギ、リリア!君達に任務を与える。
うちからヒーローサイドに送り込んでるスパイの動向がおかしいとタレコミがあってね。
君達にその調査を頼みたい」
「え!? スパイ…!? 」
そんなのいたんだ! アニメじゃ微塵も存在が出てこなかったのに…!
「どうかした? もしかして気が重いかな?」
「ああいえ! 」
「君達が乗り込むのは、名門と言われてる『双星ヒーロー養成学校』
そこにいる『緑川裕也』って奴を偵察して来て欲しい。
いい報告を期待してるよ。前にも言ったけど、裏切るような事があれば……解ってるよな? 」
どうせまた「殺す」と言いたいのだろう。
私は軽い緊張感に苛まれながら素直に「はい」と返事をすると、そのまま部屋を出た。
ヒーロー…養成学校…
ウリュウの部屋から出た後、メイド達を屋敷に帰らせると、私は移動しながら学校のパンフレットをめくる。
「コズミック5のメンバーが輩出されてる学校らしいよ、
ちょっと楽しみだね」
コズミック5が…輩出…!? てことはもしかして!
私は在校生のページをめくる。
そこにはアニメに出て来るヒーロー達の名前がずらりと書かれていた。
「聖地巡礼ー! 」
「うわっ!びっくりした…! 何いきなり! 」
ここに行けば未来のコズミック7にも出会えるかもしれない。
私はパンフレットを大事に抱きかかえると、浮かれ気味に歩きだした。
この任務で起こる出来事が、後に身の破滅を招くかもしれない事態を引き起こすとも知らずに……