記憶喪失
よし、兄ちゃんいない!
ごっはん!ごっはんー!おにぎり三個くらい食べたい!
俺はリリア達と別れた後、売店に足を向けた。
道中、何を食べようか悩んでいると
「指導室」と書いてある部屋から見覚えのあるきつね顔の男が飛び出してくる。
「あ…緑川さん、だっけ」
俺が声を掛けると彼は呆然とした様子で俺を見る。
「大丈夫?なんかフラフラしてるけど…」
「…君…誰だ?」
「…はい!?」
ーーーー
私が青柳さんと医務室で談笑していると、
勢いよく扉の開く音がした後に
「良かった!ここにいた!
リリ…ピンク!大変だよ!」
という声が響く。
あ…凛太郎の方よね?
「レッドじゃない!どうしたの?そんなに慌てて」
「緑川さんが壊れちゃった!」
彼はそう言うと、首が据わってない様子の緑川を見せる。
緑川はキョトンとした顔をしながら、買って来たであろう食べ物を右手にぶら下げていた。
「壊れたって…どういう事よ?」
「こいつなんも覚えてないの!ほら名前は!?」
「…わかんない…ここどこ?」
あまりの異様な状況に私は絶句する。
そんな…!どうしてそんな急に…?
「頭でも打ちましたか?」
「わかんないー!指導室から出て来た時にはこんな感じだったんだもん!」
「…指導室…?何故そんな場所から…」
青柳さんが言いながら考え込む。
「ちょっとどうするのよ…!まだ訓練も3時間くらい残ってるのに」
私の体には3時間したら勝手に戻れるからいいとして、
任務だってこなさなきゃいけないのよ…!?
あかり、この子の容態見れる?
(外傷が原因じゃなさそうだ、綺麗だからな…
脳外科は専門外だが極度のストレスとかで
一時的に記憶が無くなるってのは聞いた事があるよ)
ストレス…?指導室で物凄い怖い人に怒鳴られでもしたのかしら?
「彼には病院に行ってもらった方が良いのではないでしょうか
すぐに救急車の手配を…」
救急車!?そ、それってもし詳しく調べられでもしたら
緑川が異星人だってバレちゃうんじゃ…!
「あー!思い出しました!
この子よくこうやってたまに記憶喪失になっちゃうんですよー!
寝かせておけば大丈夫なんで!」
「そうなの!?頻繁に記憶喪失になるって結構ヤバいんじゃ…」
私は凛太朗の口を塞ぐと苦笑いをした。
「わー美味しそうなパン!青柳さんも良かったら!」
「はあ…いただきます」
私達は緑川を寝かせると医務室で昼食を採った。
和気あいあいとしていたが、私の内心は勿論穏やかじゃない。
あかり…!どうしようどうしよう!何でこんなことになったのかしら!
(理由はわかんねえけど…ブラックホール団に医者はいねえの?)
一応…それっぽいのはいるわ。
(ならそれに見せるまで場を凌ぐしかないと思うね)
うう…!仕事がまた少し増えちゃったじゃない…!
「午後からの訓練は…毎年少し特殊ですので
お二人ともしっかり食べておいて下さい」
特殊…?
(ヒーロー同士で戦うんだよ、
去年は俺焔君と戦って大変だったんだから!)
へえ、ヒーロー同士の模擬戦かあ…!ちょっとワクワクするかも!
でも…私が憑依した状態なんかで勝てるのかしら…?
(去年も余裕で適わなかったし、
まあ本気でぶつかって砕けろの精神で頑張れ!)
砕けたら困るのってあかりなんじゃ…
ーーー
昼食を終えると、凛太朗と緑川を医務室に残して青柳さんとも一度別れ、
私は体育館に向かった。
あかりによると体育館では毎年昼休みになるとヒーロー同士の情報交換が行われているらしい。
それを盗み聞きして…あわよくば会話に混ざってしまおうという魂胆だ。
情報通り、体育館には大勢のヒーロー達が集まっている。
へー…皆あんな動いた後でも元気そうね…
思っていると、急に肩を誰かに叩かれる。
「!?」
「おっすー!コミピンクちゃん♡」
振り返ると、そこにはいやらしい笑みの鷹野が立っていた。
おええ…寄りにもよってこいつに声掛けられるとか最悪…
「あー…えっと」
「鷹野だよ!覚えてない?
この前自己紹介したじゃーん!今日も可愛いし…
へへ…スタイルいいよね」
きもっ…すっごい胸見て来る…!
(わあ…こいつ、いつも下心全開で絡んで来るエロボウズだよ
男にやらしい目で見られるの複雑で…いつも避けてんだよなあ…)
「ねえねえ、今日こそは連絡先教えてよー!」
困ったなあ…!どうやって離れよう…!
私が迷っていると、
「いた、ピンク…今度の作戦の事話したいって言ったよね」
と穏やかな声で言われる。
れ…レッド…!だよね…?
「うおっ…コミレッドさん…ちーっす…んじゃ俺はこれで!」
鷹野はバツの悪そうな顔で言うと、人ごみの中に姿を消していった。
「…あの人…さっきからずっと女の子に声かけまくってるんだよな…
ああいう軟派な人って苦手」
ああ、なら多分本当にレッドなんだ…凛太朗が自分と同じタイプを嫌う筈ないもの。
「助けてくれてありがとうね!レッド」
「…?焔でいいけど…どうしたの急に」
あ…そっか
「あかりなら」…焔って呼んでいいのか…
(羨ましい?)
うっさい馬鹿!
「焔君、体育館にずっといたの?」
「うん、筋トレしてた」
あの特訓の後に筋トレ…恐ろしいわね。
「ねえ、見た!?保健室で寝てた子…
ベッド空いてるかなーってちょっと覗いたらいたんだけど…」
「見た見た…!あれ誰だろう…
すっごい可愛かったよね!お姫様みたいで見とれちゃった…」
私がレッドに驚いていると、女性ヒーローの噂話が耳に入る。
うっ…見られてる!?あれって多分私の事よね…!?
それを同じく耳に入れたであろう焔が私の方を見ると
「…そうだ、丁度ピンクに聞きたい事があったんだけど」
と言う。
「え!?な、何…?」
彼は少し目を伏せた後、
「リリア…どうして連れて来たの?
…その…俺、あの時の会話聞いてたんだけど
…彼女は…仲良くしていい立場の人間じゃないでしょ?」
と問いかける。
「あ…あー…!」
まずい…聞かれるとは思ってたけどいざ問いかけられると反応に困る…!
『いやー!あの子が異星人って言ったの、実は勘違いだったのよね!』
とか言ったら信じるかしら…?
(無理だろ…)
「勿論事情は知ってはいるわよ!?
でもほら…!なるべく監視できる場所に置いておいた方が
安心できるから!」
「ふー…ん…監視…」
うう…ちょっと無理があったかしら?
(今は適当に切り抜けるしかないでしょ…焔君、
あんまり君をヒーロー側に告発して
どうこうするって考えはないみたいだし)
…あ、あの…さ、あかり
レッドって実際…私の事どう思ってるん…だろ
(はい?)
だ、だってさ!ヒーロー側に告発もしないし、
この前凛太朗から助けてくれたし…も、もしかしてまだ
嫌われてないんじゃないかなって!
(…リリアちゃま…やめとけって、まさか聞く気?
傷つくだけだと思うよ)
解ってる…!で、でも少しだけなら…!自分じゃ聞けないもの!
(はあ…好きにしたら?)
「あのさ…焔君
正直…リリアちゃまの事ってどう…思ってる…?」