青柳
サインって……あかりの!?
よく見ると差し出されたグローブはあかりの専用武器を模したおもちゃのようだった。
(まじかよこの人……ピンクの中身は33のおっさんだぞ)
まあ、それは傍から見たらわからない情報だ。
「今年中学生になる娘があなたの大ファンでして……どうかお願いできないでしょうか。」
青柳さんはそう言ってペンを私に差し出す。
娘がファンだから……あかりに今まで優しくしていたのか!?
(健気だなこのおっさん)
(あかり、サインってどんなの!?)
ただでさえサインをした経験の無い私は、心の中であかりに尋ねる。
(適当に書いとけ!どうせバレやしねえよ)
言われるままグローブにサインすると、それを青柳さんに返す。
「ありがとうございます。これから食事ですか?」
「あ……はい!」
「一般の食堂は混んでますので……良ければ役員用の食堂をお使い下さい。
サインのお礼です、そこの研究生の方も良ければ。」
「え!ラッキー!」
役員用……!?
まさか、そこにエリヤもいるのでは……
「私もご一緒しましょう、どうぞこちらへ」
私と緑川は顔を見合わせる。
これはチャンスなのではないだろうか?
副本部長なんてかなりの重役だ。
朝シノにもらった「あれ」を使えば……!
私は頷くと、
「あれ、やっぱりまだ具合が悪いかもしれない……」
と言ってふらつく演技をする。
「おっと!そりゃいけないね、無理しちゃダメだよ。僕売店で何か買ってくるから、あかりちゃんは医務室で横になってなよ。」
「それは心配だ……私が医務室まで送ります。良ければこれで君も好きな物を買うといい。」
青柳さんはそう言って緑川にお金を渡す。
「おっ!こんなにいいんすか!買ってきまーす!」
「……それでは医務室に行きましょうか」
青柳さんは緑川を見送るとそう言って身を翻す。
よし、狙い通りついてきてくれた!
後は隙を見て「あれ」を取り付けるだけ!
医務室に戻ると、青柳さんに
「青柳さん、お忙しいのに申し訳ないです。良かったらこれ……お礼に。
開発中のグッズでして……!カチューシャなんですけど。」
と言って「バレバレリーナ」の改良版カチューシャを渡す。
(あの堅物がこんなん付けてくれっかな……)
まあまあ、見ておくと良い。
「あ!SNSにアップしたいので付けてみてもらってもいいですか!?」
「いやしかし……こんなおじさんがこのようなファンシーなものを付けたところで誰も喜ばないのでは……」
「娘さん、私のピンスタ見てるだろうから……お父さんが出てたら喜ぶだろうな。」
私の言葉を聞き、青柳さんは少し躊躇ったあとカチューシャを付けた。
カチューシャを付けた青柳はボーッとした様子で宙を眺めている。
よし、録音準備完了!
「青柳さん、最近はどうですか?お仕事に疲れたりしてません?」
「大変疲れてはいますが……管理職なので文句は言えません。」
バレバレリーナを以てしてもこの回答……ストイックだ。
「……そうだ!この前私すっごい感じの悪いヒーローに会ったんです。
学生に威圧とかして怖かったなー!最近そういうヒーロー増えてますよね?青柳さんはどう思ってますか?」
「ああ……私もそれには心を痛めています……
他人を平気で傷つけ、優しさを捨てたヒーローが最近余りにも多い。ヒーローのあるべき姿なんてジジ臭いことは言いませんが……コンプライアンスの強化をせねばとは思ってますよ。」
この人は……「赤松」に思想が寄っている訳じゃなさそうだ。
コズミック5の人達と考え方が似ているかもしれない。
「……この前……上からの指令で『最悪異星人を殺してもいい』って言われたんです。
なんか最近、ヒーロー本部の指令が過激だなーって……」
「色んなヒーローからそのような報告が出ていますね。引退を考えている者も多いようです。
……まさか、コズミックピンクさんも?」
「あ!あー……いやいや!私はまだそんな段階にはいないです!」
「……正直……私も赤松さんの考えていることが最近分かりません。
正義とは、一体何なのでしょうか。……こんなこと、所属ヒーローに問いかけるなんておかしいですね。やはり疲れているんでしょうか……」
青柳さんはそう言ってため息を溢す。
その様子を見て、アニメのホワイトのセリフをふと思い出した。
「正義」が何か解らなくてブラックが迷ってる時……彼が言ったセリフ。
今のこの人になら、刺さるかもしれない。
「正義っていうのは……誰かが決めるものじゃ多分無いわ。」
(ちょっと!リリアちゃま急に何言ってるの!?)
私の言葉に、あかりが焦ったように心の中でそう声を上げる。
「自分の信じたい『正しさ』が正義なの。
だからよく歪むし、必ずしもいいものじゃない時もある。」
「……」
青柳さをは、驚いた表情で私を見ている。
今思うと、立場や潜入感に囚われず自分の正義を信じる……凄くフユキらしい言葉だ。
「私にとっての正義は……大切な人が笑っていられるようにすること。……あなたの正義は何?」
「……私は元々……民間で趣味程度にヒーローをやっている者でした。」
青柳は少し遠い目をしながら語り出す。
「初めは地元が好きだから、カツアゲやポイ捨てが許せない程度の動機でしたが……
次第に、そんな悪い奴等にも事情があり、影がある事を知ると……それすら助けてやりたいと、おこがましくもそう思うようになりました。」
趣味程度からこんな地位にまで……青柳さんは叩き上げの役員のようだ。
「私の正義はきっと……国民の皆様が『平穏に生きること』。……特別なんていらない、多少退屈させるくらいでもいい。
そんな飽きるほどの『当たり前』を守りたいんです。」
バレバレリーナを付けている青柳さんの言葉に、きっと嘘偽りは無いのだろう。
とても素敵なヒーローだ。
その時の青柳さんの笑顔は優しくて、私はスマートフォンでその笑顔を捉えると、何となく彼に申し訳なくなってカチューシャを青柳さんから取り上げる。
「……素敵な写真が撮れました、ありがとうございます。」
と言って微笑むと、「何だか喋り過ぎてしまったような気がしますね」と青柳さんは恥ずかしそうに咳込んだ。
……ウリュウ、期待して貰っていい。
きっとヒーロー本部は分断ができる、ここにはちゃんとした「正義」を持ってる人がいるのだから。
きっと未来はいい方に行くだろう。
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リリアが青柳と話している頃、緑川は売店にいた。
(いやー、万札なんて貰えると思ってなかった!
これ買ってあれも買ってー、あ!この新作のポテチも買っちゃおーっと!
こんなきつい任務美味しい物でも食べないとやってられないもんね!)
「緑川君、いたいた」
緑川が菓子を物色していると、後ろから誰かに声を掛けられる。
「……?ああ、なんだ、あなたか。」




