雪解け
鋭く睨むゆかりを見て、フユキはバツが悪そうに俯く。
「お前と俺の能力相性は最悪だ
お前は『音波』を衝撃として吸収出来るよな」
会場は彼の言葉を聞いてざわつく。
「音」を衝撃として吸収…!?
「音は振動、軽微なものは無理でも俺の放つ『攻撃』は
お前の能力で吸収して返せるし
さっきの打ち合いで多少お前に衝撃が来てる筈だろ
…何で使わないんだよ」
「…使えないよ」
「昨日はあんなに威勢たっぷりだった癖にいざ俺を見たら怖くなったのか?」
何も答えないフユキに対して彼は舌打ちすると
「逃げてんのはどっちだよ!俺の事馬鹿にしやがって…!
お前はさ!もっと動けるし
能力使わなかったら俺なんか相手にならない程強いだろうが!
『可哀想だから』俺には本気出せないって!?
俺はあの事件の後強くなった!
誰にも負けないくらい…強くなったんだよ!
なのにお前は!まだ俺が『弱い』って思ってんのか!?」
ゆかりがフユキの胸ぐらを掴んで言葉を浴びせる。
学園に来たばかりの縁を思い出し、私の中で何かが腑に落ちた。
私は最初「強くないといけない」みたいな焦りを彼から感じていたけど
もしかして彼…「事件」がきっかけであんな態度をとる様に…?
「ゆかり君こそ!俺の事遠ざけるようになったじゃんか
…正直に言いなよ!『気持ち悪い奴』だと思ったって!
君も…結局父さんや母さんや姉さんと同じで…
俺の事…化け物だって思ってる癖に…!」
フユキの手は震えている。
…ああ、そっか…フユキはずっと鷹野の事件が終わった時から
ゆかりに能力を否定されたと思って怖かったんだ…
「ってねえよ…」
ゆかりは震えた声で何かを呟いた後
「思ってねえよ!お前がいつ化け物なんかになった!?言ってみろよ!」
と涙声で叫ぶ。
「あの日、俺はお前が鷹野に絡まれてヘラヘラしてるのが気に食わなくて…
弱いのに突っ込んで行ったせいで…お前は…!
『気持ち悪い』のは俺の方だ…!
お前の顔見ると弱い自分を思い出してどうしようもなかった…!」
「…ゆかり君…」
「だからさ!使えよ能力…!
このままお前に手加減されて勝っても…
俺は自分の事更に嫌いになるだけだ!」
ゆかりは真っ直ぐな瞳でフユキに訴えかける。
フユキは少しだけ安心したように微笑むと
「解った」
とだけ言って胸ぐらを掴んでいた彼の腕を掴むと、
そのまま彼の胴体に一発拳を入れ、正面方向に吹っ飛ばしてしまった。
「…えっ」
「ええ!?」
見ていた全員が驚きを隠せない様子で声を漏らす。
あれ…「殴っただけ」…よね?
「げほっ…おい!急にスイッチ入れんじゃねえよ!
ズルいだろ!」
「すみません!なんか…テンション上がっちゃって!
ゆかり君…俺、本気で戦いますね!」
いつもの笑顔で彼が言う。
それは迷いが晴れたみたいな清々しい笑顔だった。
フユキは何の躊躇もなく吹っ飛ばされた縁のいる場所まで距離を詰めると、
また彼に向かって拳を撃ち込む。
ゆかりは器用に避けて立ち上がるが、
彼の拳が当たった地面のえぐれ方を見て思わず青い顔をする。
「やべ…焚き付け過ぎたかな」
距離が近いのを嫌ってか彼は音波でフユキを遠ざけようとするが、
フユキは全く臆した様子を見せず笑顔で彼に近寄って行く。
「ゆかり君、お返しです!」
彼が笑顔で言うと、フユキはゆかりに向けて音波を放つ。
「うおっ…!?」
衝撃でよろけた隙にフユキは再びゆかりの体を抑さえると
壁に押さえつけ
彼の顔の横を思いっきり拳で殴りつけた。
すると壁はひび割れて崩れ…
見ていた全員が、
そのあまりの強さに驚きを越した感情を抱いていた。
つっっっよ…………!?
敵じゃなくて…良かった…………!
レッドがその様子を見て、これ以上は危険だと思ったのか
「勝負あり!真白冬樹の勝ち」と言って二人の間に入る。
全員、声も出ない様子で青い顔をして固まっているが、
意外な人物が声を上げる。
「すっげーーー!壁壊した!リリア!見た今の!?
めっちゃ強いんじゃんお前―ーー!」
と言いながらナギがフェンスに手をかけながら大声ではしゃぐ。
「…え…」
「た…確かに凄かった!武器とか使わないのも何かかっこよかったし…!」
「黄瀬君に勝っちゃうなんてすげーよ!」
各々が沈黙を破り、ナギに続く。
「怖い程強い」彼には、その場にいた全員から拍手が送られた。
「ええ…!?お、俺…褒められ慣れて無くって…!」
動揺するフユキの手をゆかりが強引に握ると、
「ほらな?『気持ち悪い』能力なんかじゃないって
…やっぱりお前、すっごい強いわ!」
と言って、彼は本当に嬉しそうに笑った。
…良かった…何かあの二人…
解り合えたように見えるわ。
私もフユキに「おめでとう」を伝えようとすると、
隣にいた人間に腕を掴まれる。
「…凛太朗…何?私あっちに行きたいんだけど」
私が言うのも聞かず、彼は私の口に手を当てると
「動かないで」
と言って頭に拳銃を突きつけた。
まずい…!皆ゆかりとフユキに夢中でこの異様な事態に気付いてない…!
こんな拳銃どこから持って来たのよ…!ゴム銃とは見た目が違うし
まさかこいつ、「凛太朗の偽物!?」
「ついて来て、要件は後で話す」
私は彼に誘導されるがまま、その場を離れるしかなかった。