最後の未練
「リリア、どうしたの!?泣いてる……?」
ナギはそう言って私の頬に触れようとする。
「さ、触らなくていいから!汚いわよ!」
「汚くないよ、それより何かあったの?……体調不良とか?それともフユキにまたデリカシー無いこと言われた?」
「言われてない……!本当に大丈夫だから。」
「……俺には安易に大丈夫って言わないでって……この前言ったばっかりなんだけどな……」
ナギはそう言って咎めるような視線で私を見る。
「あ……その」
しかし、泣いている理由を話そうにも、特に「ナギには」言いにくい。
私に告白してくれているのに、レッドのことで泣いていただなんてとてもじゃないが口にできない。
それに、ナギにはこの件で謝らなきゃいけないこともある。
「……あの……ね、ナギちょっとそっちで話せる?」
私とナギは再び空き教室に入ると席に座る。
「ナギ……あれの事なんだけど、実はずっと言えなかったことがあって。」
「ああ、自分の生命力を使って治癒したい人がいるんだっけ?もう大分生命力も貯まってるし使っていい頃だと思うけど……」
「それ……実は、レッド先生に使って欲しかった奴……なの」
「……」
ナギは天井を見上げた後、何かを堪える様に目を閉じた後、再度私を見る。
「なる……ほど?いや、いいよ……何も言わなくて。別に全然悪いとか思ってないから。」
本当だろうか?思うところがあったような間だったが……
「嘘、ごめん。ちょっと嫉妬した。」
「え!?」
嫉妬……!?
改めて言われると回答に困ってしまう。
「でもレッド先生って強いし治癒するとこなんかあるの?」
「その……能力の制御が出来なくって、いっつも腕が火傷だらけなのよ。
痛々しい跡でいっぱいで、『これは勲章だ』なんて言うの。……だから……治してあげたくって。」
「『勲章』なんて言い方してるんだったら、リリアがわざわざ命吸い取ってまで治してやることないと思うけど?」
ナギは呆れたように言う。
「そう……よね……本当にそう…」
「本当はどう思ってるか」なんてことは本人にしか解らない。
レッドが傷跡を「残したい」って言うんだから余計なお世話だったのだろう。
「今まで吸った分、俺はリリアに返したいな。言い方悪いけどレッド先生の件に関してはお節介の域じゃない?リリアがそんなに気にすること無いよ。」
そうだ、彼の言う通り……返して貰うのが正解なんだと思う、しかし……
――私は初めてレッドを手当てした日のことを思い出す。
レッドは確かにあの時「痛くない」って言ったんだ。
もう……我慢して欲しくない。
「でも……その……やっぱり頼めない?レッドを忘れる為にも必要なことなの。」
「リリア……」
「お願い……!何でもする……って、言ったでしょ?」
「ん゛っ……」
私が言うと、ナギは声にならない声をを出して固まってしまう。
「ナギ……?」
「わ、わかったわかった!レッド先生の傷治してもいいよ!
……でもどうやって治すの?彼ってリリアの事警戒してるよね。俺のことも心の中じゃどう思ってるか……」
「そこなのよね。何か隙らしい隙があれば緑川の時みたいに眠らせたりできるのに。」
「レッド先生に限ってそんなのあるかな?ぼやぼやしてそうでいて抜け目ない感じがするし……女とか金で釣れる感じでも無いんだよね。」
私もレッドに特別詳しいわけではないが、
特定の何かで釣られるところは確かに想像できない。
そこが緑川との決定的な違いか……それこそ、あかりが詳しかったりしないだろうか?
ーーー
帰宅後、私はあかりに電話を掛ける。
すると彼女はすぐに電話に出て
【やっぱ電話来た!聞きたい事あったんだよリリアちゃま!】
と大きな声で言う。
聞きたい事?私が来なくなったことについてだろうか?だがそれについてはあかりもよく知ってる筈だし……
「どうしたの?慌てちゃって」
【焔君の様子……!やばいよ、あれ!戦い方が自暴自棄って言うのかな?
全然気遣って戦わないから腕も足もボロボロ……!あれってやっぱ俺のせい……!?精神的支柱を折っちゃったから……!】
やはり、レッドは怪我に気を遣って戦っているどころか投げやりになってしまっているようだ。
母親に何か変な事吹き込まれたのだろうか?
「私にもそこは解らないの……それに申し訳ないけど、電話したのは焔の事を相談したかったからじゃないわ。お願いがあって掛けたのよ。」
【お願い……?】
私はあかりに、2日後の合同訓練のことを話した。
【ええ!?リリアちゃまを憑依させろ!?】
「そうなの。だめかしら……?上手く行けば私の計画も大分進展する!悪い話じゃないでしょ?」
【でもそのぉ……他人に自分の体を貸すってのは……ふふ、ちょっと……】
な、なんだか満更でもなさそうに聞こえるのは気のせいだろうか……?
「お願い!何でもするわ!この通りよ!」
私はそう言って頭を下げる。
【いやこの通りって言われても見えねえし……何でもとか簡単に言っちゃ駄目だよリリアちゃまー、もしかして男の子とかにもそういうこと言ってる?】
「……言った」
【あちゃあ、危なっかしいなあどいつもこいつも。解ったよ、協力してあげる!
……俺の体あんまり乱暴に扱うなよ。君、何か無鉄砲に危険に突っ込みそうで……】
私は図星を突かれて胸を押さえる。確かに、あかりの体で無理は禁物だ……!
「最大限気を付けるわ!ありがとう!……それと……ねえ、別件で相談があるんだけど。
あかりってレッドの弱点とか知らないかしら?」
【はい!?……何でそんなのが知りたいの?回答によっちゃこの件から降りるけど】
あかりは訝しげに言う。
「ああ!ち、違うの!変な事企てたんじゃないのよ!実は……焔の傷が治せる能力者の子が知り合いにいるの。」
【ほお?】
「でもレッドが私に簡単に傷を見せると思わないし、何か弱点を突いて隙を作れないかなー?……って」
【そりゃ、彼の弱点なんて……】
「何か知ってる!?」
あかりは言いかけて少し「ふふっ」と笑うと、
【いや……何でもない!分かりやすいので言ったら弟君じゃない?
今の名前は『赤城凛太朗』……ヒーローサイドも目を付けてる、能力が『二つある』男の子。】
と言う。
能力が二つ……そうだった。
今は苗字が違うものの、青木凛太朗こと未来の「コズミックブルー」は『嘘が解る』能力と『水を操る能力』を持っている。
この世界において能力を二つ持っている人間は本当にごく稀だ。
「その子って『今は』一般人よね?接触するのは難しいように思うんだけど……」
【そうだねー……凛太朗君がいつ加入したとかは解らないけど、現状を見た感じ大分後だとは思うから。
……でも、合同訓練の日とかは焔君も疲れちゃって隙ができるかもよ?】
焔が……疲れる!?
「ま、待って……あの人が疲れるって一体何したらそんな事に……」
【……ま、覚悟はしておいた方が良いかもね。】
なんだか、一気に不安になってきた。生きて帰れるといいのだが……




