不穏
ナギと別れ、自室に戻ろうとすると
キアラさんの断末魔が響いて私は声のした方へと駆け寄る。
「何事ですか!?」
「リリア様のお召し物が…!」
見ると、私のドレスがズタズタに裂かれている。
それも一着じゃない、何着もだ。
「こんな酷いこと…悪戯の域を超えています!
誰の仕業!? 名乗り出なさい! 」
キアラさんが使用人達に声を荒げる。
「まあまあ、そんな事言ったって名乗り出る人いませんから……
でも明日着る服が無くなっちゃったのは困ったわね」
「使用人の服なら…一応予備がありますけど」
一人のメイドが恐る恐る言う。
「貴方!主人に給仕服なんかを着せるつもり!?」
「それでいいわ、貸して頂戴」
「リリア様…! 」
「裸よりマシでしょ?
キアラさんもそんなに怒る事ないわ、人が襲われなかっただけで儲けものよ」
「…器が大きいのですね、お姉様から頂いたドレスをこんな風にされてもそんな事が言えるなんて」
初耳だ、このドレスがそんなに重要な物だったとは……
リリアからしたら酷い話だろうが、今はこのば場を収める事を優先した方が良い。
「ま、まあね! 人が一番の財産って言うじゃない!? 」
「私は……許せません。お姉様のドレスをこんな風にされて……」
キアラさんの声は震えていた。
なぜだろう、たまにこの人から「姉への忠誠心」のようなものを節々に感じるのは。
彼女は他の使用人と違い姉を「裏切者」とは吐き捨てず、姉の話をする時の目はいつも優しい。
「もう寝なさい、起こったことは仕方ないわ」
私はそう言って彼女を無理矢理寝室まで送った。
今日は使用人の悪戯が行き過ぎてしまった日、程度の認識で重く受け止めていなかったが、
その楽観が仇となった。
「食器が割られてる! 」
「家中の鏡が黒く塗り潰されてる! 」
その後も日常生活を行う上で必要な物に対する嫌がらせが続き、
不便さを覚える程にまでなって行った。
いくら使用人たちが姉に憤っているからと言っても、やりすぎだ。
私が呆けていると、キアラさんが
「少しお話しが」
と耳打ちするので、私は席を外し彼女の話を聞くことにした。
「どうしたのキアラさん」
「あの……もしかしたら、昨日の夜から続いている嫌がらせは
使用人たちによるものではないのやもしれません」
「じゃあ他に誰がいるって言うの? 」
「お姉様の一件があってからグレイシャ家の評判はかなり悪いのです。
裏切者に嫌がらせをしたい人間はたくさんいると思いますよ。
……特に怪しいのは、あのナギとかいう少年……」
「ナギ? 」
「訓練中、屋敷に滞在していますし
今日なんかずっとリリア様を睨んで何かを考え込んでいるようでした
あの男はヒーローの手先だなんて噂もあります、リリア様もご注意を」
ナギがドレスをズタズタにしたり食器を割った犯人?
にわかには信じられないけれど…
確かにリリアってあまりにも敵ばかりなのよね
彼だけは信じられるって、根拠もなく過信するのは短慮だったかも…
『…リリア様はもし俺が裏切ったら…どう思いますか? 』
私は昨日のナギの言葉を思い出す。
確かに昨日の彼の様子は少しおかしかった。
でも本当に…ナギなのかしら?
後日、いつものように訓練を終えると、私はナギをじっと見つめた。
謎が多い所はあるけど、悪い子だとはどうしても思えないのよね……
ナギは私の視線に気付くと、唐突に口を開いた。
「リリア様、このあと二人になれますか」
珍しくナギから誘われたので意外に思いつつ、
私は周りに怪しまれないよう
「別にいいわよ、また可愛がってあげる」と意地悪な笑みで言う。
「どこか行かれるんですの? 」
使用人の一人がそう言って着いてこようとするが、
「わからない子ね、楽しみを邪魔する気?」
と言って睨むと彼女は青い顔をしてその場に留まる。
私は誰も付いてくる様子がない事を確認するとその場を離れた。
…
リリアがその場を離れた後、キアラが裏庭に足を運ぶ。
「あら? 2人の訓練はもう終わったのかしら?
当日使う予定の武器を整備したから見て欲しかったのだけれど…」
「リリア様、あの少年の事虐めに行ったみたいですわよ。」
「……はあ、しょうがないわ、あの二人を探しに行きます。」
「ああ、でもその前にお着換えになられた方が良いですわ。
キアラさん、エプロンに黒い汚れが付いてます。」
「ああ…嫌ね、いつ付いたのかしら? 」
ーーー
彼に連れてこられたのは人気のない路地裏で、
周りを見渡したが本当に私達2人しかいないような場所だった。
「どうしたの? びっくりしたわ! あなたが私を何かに誘うだなんて」
「リリア様にプレゼントがあるんです
ここまで俺の特訓に付き合ってくれた事へのお礼で」
差し出して来たのは、コズミック5のロゴが入ったキーホルダーだった。
「気持ちは嬉しいけど……この前こういうのを持ってた事でキアラに怒られたのを忘れたの?
好きなのは解るけどこういうのは持ち歩くべきじゃないわ
私の立場なら尚更……解るでしょう? 」
彼は「でも……俺にとって大切な物を渡したくて」
と真っ直ぐ私の顔を見る。
「解った、受け取るわ! 貴方の好意だもの」
私が言うと、彼はそう言っておずおずとキーホルダーを渡した。
「大切にする」
そう言って手に取った瞬間、何かが落ちたような音がして振り返る。
「ああ、やっぱりそうなの」
そこには、鬼の形相で私達を睨むキアラさんの姿があった。