本心
「ん……あれ?」
緑川は、冷たい床に転がったまま意識を戻した。
見上げると鉄格子に囲まれている。
ここはブラックホール団の敷地、私の屋敷の地下だ。
足先に手の感触を感じ、覗き込むとナギが無表情で足首を押さえていた。
「寝てたみたいね緑川……さ、洗いざらい全部吐いてもらいましょうか?」
「り、リリアちゃんこれ……!ん、待てよ…?リリア……?あれ!?」
「黒髪だったから解らなかったようね。
そう、私はグレイシャ家当主リリア=グレイシャ!そんでこっちはナギ、顔見知りも見抜けないなんて間抜けね。」
私はそう言って縛られている緑川を見下す。
彼は冷や汗をかきながら「なるほど、初めまして……」とだけ呟いた。
「ナギ君……普段の見た目なら勿論わかったよ?
ただちゃんと顔見た事無かったし、可愛い顔してるんだね君!」
「黙れ……!この格好は不本意なんだよ。俺の事知ってるなら話は早いよな、無事に帰してもらえると思うか?」
「ナギ君は結構容赦ない方だもんねー……はは、参ったな」
緑川はそう言って歪に笑う。
「リリア、緑川の事ってウリュウ様には話して無いんだっけ」
「諸事情でね……だから引き渡すにしてもしっかり情報を吐かせないと。」
「……お前、何でヒーローになろうとしてんの?」
ナギが緑川に尋ねる。
「君と一緒でヒーローに憧れてたんだよー!
ヴィラン側よりモテそうだろ?」
緑川が茶化して答えると、彼の足首に黒い蛇のような痣が這い始める。
「げっ!?わかったごめんごめん……!
ちょっと流れでね……あんまりヒーローにしたくない奴がいたんだ。
『佐伯若葉』……君達も会っただろ?彼女の能力ってかなり強力で、将来的にうちの脅威になるって思ったんだ」
「報告しなかった理由は?」
「どんな理由があってもヒーローになっちゃいましたなんて
言ったら命は無いと思ったんだよ……!
だからヒーローになってからヒーロー内部の情報を漏らせば皆も分かってくれるかもなあって……!」
「ちゃんとその前提を話せば理解を示したと思うけど?」
「そうかなー?この組織って裏切り者に容赦ないし、粛清対象になるだけだと思うな。」
暫し、ナギと緑川の探り合いのような会話が続く。
私はしびれを切らして、「憶測」を緑川に告げた。
「本当にそれだけ?『佐伯若葉』を個人的にヒーローにしたくなかったから……あなたは報告が出来なかった、それを組織の人間にに見抜かれることを恐れたんじゃない?
だってもしそうなら完璧な組織への裏切りだもの。」
正確に言うと、緑川が恐れていたのは「シノ」だ。
シノに心を読まれれば隠していた本音がバレる……幹部補佐会議でも緑川の動向は気にされていた、
シノが彼の心を読んでやろうかと提案する展開もあり得ない展開じゃない。
「どうせ『幹部補佐』に身柄を引き渡せばわかる事、正直に言いなさい。」
私が高圧的に言うと、緑川は深いため息を吐いた後に、
「……まあね、個人的に嫌って言うのも……あるよ」
と呟いた。
まさかここまでで培われた恋愛脳が役に立ってしまうとは……
「若葉ちゃんは性格的にもヒーローなんて向かない……
あの能力は悪用される為にある訳じゃないんだ。」
緑川はそう言って床を見つめる。
佐伯若葉の能力……それは『動物との対話』。
彼女はありとあらゆる生物と対話を試みることができ、その朗らかで明るい性格から多くの動物を使役できる。
若葉ちゃんが正義の側に立っているからこそアニメでも妙な使い方はされていなかったが、
もし悪意のある人間に目を付けられれば、何千人もの命を奪う事すら可能な
恐ろしい能力を持った人物でもあるのだ。
「要するに女の為に任務そっちのけでヒーローになっちゃったって言ってんの……?」
ナギが呆れた様子で言う。
「ま、まあまあ……若葉さんのあの可愛さならこのひねくれ者が心を溶かされてもおかしくないわ。
でも困ったわね……こんな事ウリュウに正直に報告できない。何とか捻らないとこいつ本当に殺されるわよ。」
「え?ウリュウ君……?何、今の医療班ってウリュウ君がトップなの?」
こいつは何を言っているのだろう?ウリュウの部下では無いのか……?
「ウリュウ様は結構最近幹部に就任したんだ、それまではまだ幹部補佐で……」
ナギが私に耳打ちする。
そうだったのね!てことはこいつがスパイとして駆り出された頃にはまだ別のトップが頭を張ってたんだ。
「ナギ君がウリュウ君の下についてから業績うなぎのぼりだったもんねー!
いやーめでたいめでたい!なんだ、ウリュウ君がトップなら隠す必要なかったや、彼が人を殺すなんかできっこないもん」
緑川はヘラヘラと言う。
ありえない……緑川は別人と勘違いしてるんじゃないだろうか?
ウリュウは殺ると言ったら殺る男だ。
「あんまり俺の主君を舐めるなよ……殺されはせずとも裏切者がどうなって来たかは お前も知ってる筈だ。」
「ああ……やめてわかったから……!僕はどうしたらいい?」
「仕方ないわね……私も一緒に説明して頭下げてあげるわよ。『より内部に潜入する為にヒーローになるつもりだった』ってね!
まあ私の影響力なんて虫以下だから……命の保証はできないんだけど。」
「俺も付き合う、こいつ多分ウリュウ様の事もリリアの事も舐めてるから」
「そうだねー、君は舐められてない自負があるんだ。流石何人もの裏切者を粛清してきた男だけあるよ!
……リリアちゃんもあんまりこいつを信用しすぎない方が良いぜ?君の事だって本当に信用してるのか……っ!」
言いかけた所で、緑川が苦しみ出す。
「減らず口を」
冷たい表情でナギが言う。
ナギって本当に仕事は徹底してるんだな……
いつもの優しい彼とは別人みたいだ。
それにアニメではほぼ能力を使わなかったから解らなかったけど
ナギの能力って……見てるだけで背筋が凍るような感覚になるのよね。
「そ、そのくらいにしておきましょ!ウリュウ様の所に行くより呼んで来た方が早いわ。すぐ戻って来るから監視お願いね!」
私はそう言って急ぎ足で屋敷を出た。
「今更……人並みの幸せが得られるとか……考えてないよね、ナギ君?」
「……お前こそ、裏切りの代償は重いぞ」
「僕だって楽に死ねると思ってないさ。あーあ……こんなことになるなら若葉ちゃんと話すの断っておけばよかった。」