増える味方
――その後、時間が空けばブラックらしき人物を探していたが、一向にそれらしき人物を見つける事ができなかった。
ブラックの特徴は何と言ってもその素晴らしい顔面と、現在は中学生くらいの子供であるという所だ。
幾度となく画面越しにブラックの顔を見てきたのだ、彼を一目見れば絶対に見逃すはずがない。
ブラックホール団は現在「渋矢」という架空都市を拠点にしている。
渋矢には比較的子供が少ないので歩いていればすぐに解るのだが、彼らしき人物を見かけたことは一度も無かった。
彼はリリアと関わりのある人物だったので、もしかしたらその内出会えるのかもしれないが……
推しには1分1秒でも早く出会いたい、それがオタク心理よね。
とはいえあまりこれに熱中しすぎても貰った仕事に支障をきたしてしまう。
ブラックと会って交流できれば、彼に殺される未来は回避しやすくなるだろうが、それだけでは他のヒーロー達と戦う未来……
ひいては、「レッド」を殺さなくてはならない未来までは回避できない。
今の最優先事項は「自分の立場を押し上げて内部に影響を与える程の地位に就く事」、ブラックに会うのはその後でも遅くない。
頭の傷が原因だろうが、最近軽い頭痛にも悩まされている。
探索ばかりに気を取られてもいられない。今はナギをどうすれば強くできるかを考えるべきだ。
ーーーーーー
「ただいまー」
私がブラック探しから帰ってくると、相も変わらず使用人達に無言で睨まれ肩を落とす。
しかしこれも多少仕方のないことで、
彼女達は姉が裏切る前まではグレイシャ家のメイドという事で周りからも羨望されていたが、姉が出ていってからは評価も一変、
「主が裏切りを企てていたのに気付けなかった無能」と軽蔑の対象になり、
新しい職を探そうにも難しい状態なのだという。
……まあ、だからといって子供をいじめて良い理由にはならないけど。
「行きましょ、あんなの相手しなくていいわ」
メイドの一人が小声で言うと、キアラさんがエントランスの奥から現れ
「主人に対してその態度は何ですか!暖かく迎え入れることもできないの!? 」
と大声を上げた。
「ひっ……おかえりなさいませリリア様! 」
メイド達はキアラさんに怯み私に軽く会釈すると足早にその場を立ち去る。
「……申し訳ございません、教育が行き届いておらず……」
「い、いいのよ!彼女たちの事情も把握してるわ、
何かに当たり散らしたくなっても仕方ないわよ」
私が笑顔で言うと、キアラさんは満足げに微笑む。
「流石リリア様、寛大なのですね。昨夜の毅然とした態度にも私感銘を受けました、あれでこそグレイシャ家の者の姿であると…」
「……私のお姉様は違ったの? 」
「……勿論お姉様も素敵な方でしたよ。しかし、今彼女の話はするべきでは無いでしょう。私晩御飯の支度をしてきます。」
良かった、キアラさんが食事当番ということは、今日はまともなものが出てきそうだ。
それにしても、あの回答……キアラさんは姉を憎んでいる訳では無いのか。
部屋に戻ろうとすると、突如激しい頭痛が私を襲う。
『お姉ちゃん、たすけて――』
「…! 」
リリアになった日にも、夢の中で同じ声を聞いた気がする。
幼い女の子の声……リリアのもの……でも、無いような……
「リリア様、大丈夫ですか!? 」
私はその場に倒れ込み、意識を失ってしまった。
酷い痛みで意識を失ったかと思うと、
目が覚めた時には病室のような場所で眠っていた。
「やあ」
ウリュウが私の顔を覗き込む。
「げっ」
私は顔を近付けて来る彼に思わずそう声を上げ離れてしまった。
「げっとはご挨拶だなあ、こっちは君を治療してやったっていうのに」
そういえばこいつ医療班のトップなんだっけ…
変な解剖とかされてないわよね!?
「聞いたよ? 君、一週間前に階段から落ちたらしいね。その後遺症かもしれないから暫く激しい運動は控えときな。」
ウリュウに「また頭が痛くなったらおいで」と言われ私は医務室を後にした。
意外にも診察は普通で、ひとまず安心する。
頭を改造された様子も……よし、無い!
出会ったその日に「殺す」と言ってくるような男だ、あまり信用しないようにしなければ。
ーーーーーー
「リリア様…」
翌朝、裏庭に向かうとナギが心配そうに立っているのが見えた。
「ナギ! どうしたのよそんな悲しい顔して」
「リリア様の体調が優れないとウリュウ様から聞いていたものですから」
「ただの頭痛よ、気にしないで! さあ、特訓を始めましょ! 」
ひいき目なしに、彼の学習力はかなり高い。
教えた事はすぐに身につくし運動神経もかなり高いらしく
こう動いて欲しいと指示すればその通りに動くこともできた。
過度な期待はしてなかったつもりだが、この吸収の速さと運動神経があれば、
能力を使わなくてもウリュウの部下に勝てるかもしれない。
悔やまれるのは能力が戦闘では使えないことくらいか……
「見て……? あの包帯リリア様がやったんですって」
「恐ろしいわ」
ナギの腕を見て後ろで見ていたメイド達がひそひそと言う。
そういえば、私ナギを一晩中痛めつけていたことになってるんだっけ?
皆私と彼があんなに楽しく話していただなんて想像もしてないんだろうなあ。
「よく頑張ったわね、休んでいいわよ」
その日は、ナギの疲弊が見えたあたりで訓練を切り上げる。
タオルを差し出すと、ナギは複雑そうな顔で俯く。
「何?暗い顔して! いい感じに強くなってきてるわ、自信を待ちなさい! 」
「いえその、そろそろこの訓練の時間が
無くなるんだと思ったら寂しくなってしまって
あの、もし……俺がリリア様を裏切ったら……どう思いますか?」
「……何よそれ? あなたは裏切ったりしないわ」
ナギはそっと視線を落とし、指先をぎゅっと握りしめた。
「それでも万に一つ裏切ったら……俺を許してくれる? 」
その声は震えていて、
真剣な眼差しは私にすがるかのようだった。
何よ…それじゃあまるでこれから裏切りますって言ってるみたいじゃない。
現状、ナギは唯一私と仲良くしてくれる人間だ。
もしナギに裏切られでもしたら少ない味方を失う事になるので勿論辛い。
しかしナギが何の意味もなく誰かを傷つける人には見えないし…
「私、あなたの事を友達だと思っているの」
「……うん」
「そのあなたが私を裏切ったのだとしたら……きっと理由がある筈。
だからその理由を突き止めてもう一度あなたと友達になるわ。」
なんて、自分の言葉のように言っているがこれはホワイトがブラックに投げかけたセリフの一つだ。
名シーンだったので一度は使ってみたいと思っていた。
本来なら未来で出て来る筈のセリフを言うのは避けるべきだろうが、
彼はブラックでもホワイトでも無いし問題ないだろう。
私に言葉を投げかけられた彼は、鼻を赤くして悲しそうに再び俯いた。