支配
事務所を飛び出して帰宅した俺は窓の外の土砂降りの雨を見て、リリアとフユキは無事に帰れたかを無意識に心配してしまう。
だめだ、確か……駄目なはずだ。
リリアの事心配したりしては……。
リリアの顔は思い出したくないくらいに悲しそうだった。
あの子は敵の癖にどうして俺に「死なないで」などと言ったのだろう?
物思いにふけっているとドアの開く音がして身を強張らせる。
俺の頭を恐怖が覆い、思わずぎゅっと腕を握った。
「あら焔!今日はちゃんと帰って来たのね」
「……一昨日も……書類の整理してただけって、言ったでしょ、サボってたわけじゃないよ。」
俺は彼女の顔をなるべく見ないように言う。
「あら……また包帯巻いてもらったの?
ちょっと傷跡も薄くなってきたのね?」
「あ、うん!手当てしてもらってるから」
「そう、じゃあ包帯取りなさい」
身も凍るような表情で、母が俺の顔を覗き込む。
「言ったよね?それは頑張った証だよ。
焔が命をかけて戦って作った勲章なの。
それを消しちゃうなんて駄目よ、ほら、ね?わかるでしょ……?」
母はそう言って手を出す。
俺は包帯を解くとそれを母に差し出した。
「今日も褒められちゃったの、『焔君は誰かの為に命を張れて偉い、凄い』って!
焔の良いところは痛いのも怖いのも我慢できるところ!そうよね?」
「ん……そう……」
「ヒーローで……お兄ちゃんなんだから!
こんな包帯なんかに頼っちゃ駄目よ。」
母はそう言って虫けらを見るような目で包帯をゴミ箱に捨てた。
「ねえ……母さん。もし俺が戦って、死んじゃったらさ、母さん、悲しい?死なないでって思う?」
俺は、リリアのことを思い出して不用意な質問を母に投げかけてしまう。
母は微笑むと
「いいえ、誇らしいって思うわ……!焔は最後まで誰かのために頑張ったんだって」
と言った。
「……!」
俺は声になりきれない息を喉から漏らしながら、少しずつ後退する。
「ただいまー」
緊張感を崩すかのように、弟の声がリビングに響いた。
「凛太朗……!」
「あれ?兄ちゃん母ちゃん何してんの?」
凛太郎はリビングに顔を出して、あっけらかんと尋ねる。
「り、りんちゃん……!何でも無いのよ、お兄ちゃんすごいねって話してたの!さ、ご飯にしましょ」
母はそう言うとキッチンの奥へ消えて行った。
「大丈夫?またなんかされた?」
凛太朗は俺に心配そうに囁く。
「ううん、大丈夫!」
俺はそう言ってにっこりと笑って見せた。
……これじゃ……どっちがヒーローか解らないな……。
ーーー
私が屋敷に帰ると、今はあまり見たくない3人の姿が目に入る。
メイド達は困惑しながらも美形3人を眺めてうっとりとしていた。
ウリュウにミカゲにシノ……!一体何をしに来たのだろう。
「ただいま……そして今日はホテルにでも泊まるわ。」
私は3人を睨みながらそう言い捨てる。
「やあダーリン!そんなつれねー事言うなよ、会いたかったぜ?」
シノが茶化し気味にそう言って歩いてくる。
「リリア様……!今日もお会いできて光栄です、相変わらず可憐でお美しい……」
ミカゲさんがそう言って席を立ち私に歩み寄ると、ウリュウが彼と私の間に急いで割って入り
「なーにが可憐だよ、ただのちんちくりんじゃん!
まだ僕の方がこいつより色気があるね!」
と私に言い放つ。
シノも嫌だが、ウリュウだけは絶対に何があっても選ばない……!
せいぜい決闘でミカゲさんにボロ負けして
哀れに「ぎゃふん」と音を上げればいいのだ。
「そんで?何しに来たのよミカゲさん以外!」
「ご挨拶だなー、決闘の条件が決まったんだよ」
シノがヘラヘラしながら言う。
「条件?」
「以前リリア様が進言した『ネメシス』の件……あれは本当でございました。
彼らは『双星』のイベントに乗じて教師や未来のヒーロー達を仕留める予定らしい。」
やっぱり……あの夢は未来に起こる出来事だったんだ。
「それで……あなた達はどうするつもり?」
「あんた言ってたろ?ヒーローの敵に回れば組織は破滅するって!」
「僕がボスにそれを伝えたら
『なら今回だけヒーローを助ければいい』と言われてね……」
ウリュウはそう言って私に目配せする。
未来が……変わった!?
信じられない……破滅の道を変えることができたのだ!
ウリュウがちゃんとこのために動いてくれたことに、私は感激していた。
「つまりだ!僕達の決闘内容は!『双星襲撃の日にどのくらいヒーロー陣営救えるかゲーム』に決まりましたー!」
……ん?
ウリュウが明るく言い放った言葉に、私は耳を疑う。
「こらこら、良くないですね。慈善事業をゲーム呼ばわりとは。」
ミカゲさんがため息を吐く。
彼の言う通りだ、人助けをまるで遊びみたいに……!
「ゲームはゲームだろ?現役ヒーロー助けたら10点、生徒助けたら5点、特別講師はレアキャラだから30点。
ってルール決めたのミカゲ、お前じゃねえか」
シノがニヤつきながら言う。
ミカゲさんは味方だと思っていたのに、まさかこの人もあちら側なのだろうか?
「こほん、明確なルールを提示しないことにはこいつらが暴れるだけですから。」
ミカゲさんはそう言ってあっけらかんと笑う。
「でも良かったろリリア、破滅は避けられるかもしれないんだからいちいち贅沢言うなよ。」
ウリュウが怪訝な顔で言う。
「贅沢も何ももっとあったでしょ、3人で決闘って言ったらもっと……剣で戦うとか!」
「……えー?無理、危ないじゃん。やだやだ、男が自分の為に争うとこがそんなに見たいわけ?」
ため息交じりにウリュウが言うと、私は顔を真っ赤にして「違う……!」と小声で呟く。
「決闘」と言ったらそのイメージが強いだけだ。
「こうでもしないと彼らは真面目に人助けなんかしませんから……どうか静かに見守って下さい。
大丈夫、きっと私がこの二人に勝ってあなたをお守りします」
ミカゲはそう言って微笑む。
確かにウリュウもシノも真面目に他人の為に動く人間ではない。
流石ミカゲさんだ!
「騙されんなよ、『地球人なんか助ける気起きないからゲームにしよう』って言ったのもそいつだぜー?」
呆れ気味にシノが言う。
み、ミカゲ……さん?
「面倒だな、助けることにしたんだから形式なんてもう何でもいいでしょう」
「ま、そういう訳だからあと1週間とちょっと、『誰が私の王子様なのかちらー』と思いながら期待して過ごしてな」
シノはそう言って屋敷を後にする。
あいつ、相当私の事を馬鹿にしているようだ。
「私もそろそろお暇します。
またお会いしましょう、リリア様」
そう言うと、ミカゲさんも私の手にキスをして屋敷を出た。