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皆に好かれる王子様

(横波間……!?今から!?)


私はが唖然としている間に車は走り出し……あっという間に海に着いてしまう。


「丁度夕焼けが綺麗な時間だ。」


何が何だかも解らないまま、ナギに手を引かれ浜に出る。


そしてタクシーから降りたナギをたまたま見ていた女子高生達が凝視した後に黄色い悲鳴を上げた。

ナギはそれに気付くと眩しい笑顔を浮かべ、手を振った。


「マネージャーさん、行こうか。撮影があるだろ。」


女子高生に聞こえるような声量でナギが言うと、私の手を引いてビーチに出る。


(何がマネージャーさんよ、嬉しそうにしちゃって……!)


「見て頂いた通り、僕は女の子からの人気が高いから……熱愛とかで騒がれると厄介なんだ。ごめんね?」


ナギは私が後ろから睨みつけていることに気づくと、少し振り返りながらそう断った。


アニメのナギは、ここまで女性に向けたアイドル売りをしていなかったと記憶している。


3年後に再会したナギのことを認めてあげたいと同時に、ことあるごとにこうして原作や3年前のナギと比べてしまうことに、私は少しの罪悪感を覚えていた。


「……いや、別にいいわ。私のことは気にしないで。」


違和感と罪悪感でぐちゃぐちゃになった感情を抱え、また私の顔が曇る。

それを見て、ナギは顔をしかめた。


「僕と会う時、なんでいつもそんな顔するの?俺清潔感ない?失礼なことしてる?それとも陰気だったとか?」


ビーチ沿いを歩きながら怪訝な顔で言い放つナギの言葉に、私は足を止める。


「ナギは……何も悪くないわ。私の問題なの、あなたは素敵よ。

優しいし、明るいし……完璧な王子様みたいな人だと思う。」


上目遣いでナギの顔を恐る恐る覗き見ながら答えると、彼は納得できない様子で私を睨んでいた。


「そう。完璧な王子様と海に来たんだよ、夕焼けだよ、ロマンチックだよ?

もっとさ……あるでしょ。はにかんだり喜んだり。」


「あ……そうね!嬉しいわ、あなたと『また』海に来れて!」


焦って言い放った言葉に、つい余計な文言を混ぜてしまう。

ふいに、ナギと昔見た光景はそのままに、ナギだけが変わってしまった事実を頭が受け付けず、目の奥がつんと刺激された。


(何考えてるの、今は絶対に泣いちゃ駄目!)


「……ごめん、一緒に海に来たのはこれが初めてだったわよね。」


「いや?前にも……会ったでしょ、ここで。その時の須藤さんも今日みたいに辛そうな顔をしてた。

しかもすっごく邪険にされた記憶がある。」


私が必死に笑顔を作り訂正すると、ナギは不服そうに言いながら高台を見やった。

……そういえば、記憶が無くなった後も1度遭遇していたっけ。


「内緒にして欲しいんだけど……僕さ、好きな人がいたんだ。」


押し寄せる波を眺めながら、ナギがこちらに向き直ってそう口にする。


「え……」


ナギに……好きな人。

いや、なんら不思議な話ではない。

ナギももう18歳だし、きっと芸能人やインフルエンサーとの出会いも多いだろう。


「そう、いいわね。」


「その人は俺のことを昔救ってくれて、夢を応援してくれた人だった。

今は少し……様子が変わっちゃったけど、きっといつか元に戻るって信じて、まだ一緒にいるんだ。」


(それって……エリヤ、なんじゃ。)


「ナギの選んだ人なら」と納得しかけた所にエリヤの影を見て、私の胸中は途端に複雑になる。


「その人が、どうしたって?」


「……その人に、『皆から愛されるナギになって欲しい』って言われたから……

必死に努力して、誰からも好かれる人間になったのに、須藤さんは僕を見ていつも暗い顔をする。

複雑なんだよ、努力を否定された気がして。」


私の心はまた自己嫌悪の気持ちで満たされる。

そうだ、別人レベルで変化することなんて、並の労力で成し得ることではない。

それなのに、私はナギの変化を……努力を、否定したばかりか態度にまで出してしまっていた。


……自分のことが嫌いになりすぎて、おかしくなりそうだ。


「ご、ごめんなさい……!そんなつもり、無かったの。

昔のあなたを知っていて……だからこそ、比べてしまって……」


なんとか満面の笑みを作ると、私はグッと拳に力を入れる。


「あなたは凄いわ!私の顔色なんて気にせずそのままでいるべき!

辛いなら私と個人的に関わる必要なんてないのよ?大丈夫、前も言ったでしょ、私はあなたの救出を諦めたりしない。

それまで事務的に接してくれて構わないから!

だって……ほら。私みたいなのに気をつかってたら、あなたの努力がもったいないわ。」


言うと、ナギは俯いて静かに「そうだな」と呟いた。


しかし、これでやっと少し楽になったような気もしている。

私はただナギの記憶を取り戻すことにだけ集中すればいい、これで他の余計なことは考えなくて済む。


ふと、沈黙を破るように私の携帯が鳴る。

見ると、ミカゲさんから着信が来ていることに気付いた。


(何も言わず出ていったからきっと心配してるわ。)


「あの、私そろそろ帰らないと……!」


ナギはこちらへ歩いてくると、おもむろに私の携帯画面を覗き見てから電源を切る。


「あっ!?何してんの!?」


「帰っていいなんて言ってないだろ。それしまって。」


ナギはぶっきらぼうに言い放つと、携帯を鞄にしまうように促す。


「なんであなたの許可を得なくちゃ……!」


ナギは私の抗議に聞く耳も持たず、靴を脱いでズボンの裾をたくし上げると、じーっと波見つめてから恐る恐る海に入っていった。

そしてすぐに出てくると

「……やっぱりこれ、嫌いだ。」

と呟く。


その姿は少し、3年前の面影を感じさせた。


「タクシー代払ってまで海に来たのにロマンチックな空気も無しに解散とか負けた気がする。海に入るぞ、そして元を取らせろ。」


(皆から好かれる王子様はどこ行ったのよ……)


小物感溢れるセリフに呆れつつも、なんとなく申し訳ない気持ちもあり、靴を脱ぐとナギに手を引かれながら海に入っていく。


「春なのに結構冷たい。」


「本当に……こんなんではしゃげる奴の気が知れないね。

冷たいし汚いしで最悪だ……あーあ、一緒に来たのがもっと大人っぽいお姉さんだったらなー!」


唐突に嫌味を吐かれ、ムッとした顔でナギを見る。


「どうしたの?あ、もしかして怒った?いいよ、この際俺に対する不満を全部吐き出しな?全部論破してあげるから。」


(いいわ……そっちがそのつもりなら、戦争よ。)


どこか余裕のある態度に一層腹を立て、私は足で海水をぱしゃりとナギにかけると

「……茶髪、似合ってないわよ。」

と、常々思っていたことをナギに言い放った。


【⠀定期⠀】

最新の活動報告にて、この作品の挿絵についてアンケートを行っております。

もし興味があれば是非見て頂けたら幸いです。

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