弱いフリ
「フユキが……ヒーロー本部に?」
尋ねると、ゆかりはゆっくり頷いた。
「ヒーローになる為に本部長に謁見したんだ。去年まで冬樹は俺なんかより有力なヒーロー候補だった。」
そう語るゆかりの顔は、どこか悔しそうに歪んでいる。
(レッドの授業に耐えるんだもの、デビューの話が来ててもおかしくないとは思ってたけど……本当にチャンスがあったんだ。)
「……けど、あの鷹野って奴に結構陰湿な嫌がらせされててさ。あいつに友達を傷つけられて、喧嘩になったんだ……鷹野は大怪我、能力の暴走が原因で冬樹も全治1ヶ月の怪我で入院。当時はかなり騒がれた。」
(あ……)
私はふと、フユキが以前話していた内容を思い出した。
『でもここに来てから俺、すっごいでっかい怪我しちゃって……』
フユキはそれが原因でゆかりに嫌われたと思い込んでいたが、今語っているところを見るに……ゆかりがフユキに失望しているようには見えない。
(どっちかっていうと、自分に苛立ってるみたいな……)
「普段の嫌がらせを知ってた人間やその現場を見ていた人間の証言で処分は軽く済んだけど……」
目を伏せて言い淀むゆかり。
「デビューの道が、絶たれたの?」
「いや、あいつは自分の能力が元々嫌いだったから、その件のせいでもっと能力を使わなくなって……『弱いフリ』を始めたんだ。」
なるほど、前からおかしいとは思っていた。
私の部屋に来た時、フユキは『自分より強い相手に簡単に挑もうとしちゃダメですよ』と忠告している。
とても本気で自分を弱いと思い込んでいる人間の発言とは思えない。
フユキは自分の実力を隠すようになった……いや、発揮するのを恐れるようになったんだ。
「あいつはヒーローになる情熱を失ってからずっとあの調子だ。本当はこの学校に居たくもない癖に、俺との約束なんか気にして……」
「約束? 」
「あ……いや、何でも……! 」
「あれ? まだそこに立ってたんですかー? 二人とも! さっきの彼らは? 」
重い空気を壊すかのように、フユキが廊下の向こうから姿を現す。
「うわ! フユキ! さ、さっきの子達ならベンチで待ってるわよ……! 」
「あ、本当ですね! 二人よりおりこうさんです! 」
フユキはそう言って私達にホワイトソーダを差し出すと、ベンチで彼を待っていた男子達にもそれを渡しにいった。
「あいつ、よくこんなカロリー高いもんばっか飲んで太らないよな。」
「カロリー消費の激しそうな性格だし……」
なるほど、何となく状況は見えてきた。
私もアニメを見ているから多少彼の事情は知っている。
……コズミックホワイトは、レッドに出会う前まで孤独だった。
その理由は彼の「衝撃吸収」という能力のせいだ。
効果は名の通り、衝撃を吸収し相手に跳ね返す守備も攻めも万能な、まさにヒーローになる為に産まれた存在……
しかし、世間はそんな彼を愛さなかった。
「コズミック7」の世界の人間は、殆どが戦うことを前提に生きていない。
そんな環境に、常に無敵の防弾チョッキと火力無限のナイフを装備している様な少年が紛れたら……必要以上に恐れても無理はない。
だから彼は戦うことで愛されることを夢見た、それしか希望がなかったとも言える。
そんなフユキにとって鷹野との事件は……「心が折れる原因」として十分だったのだろう。
よりにもよって一番恐れていた「能力」によって起きた事故。
能力を認められたかった彼にとって、それがどんなに辛い出来事だったか。私には……想像がつかない。
それでも、フユキは鷹野から私を守った。きっと――私と自分を重ねたんだ。人を守ろうとした結果、絶望してしまった経験があったから。
「何でもっと怒らないのよ」なんてどうして言ってしまったのだろう。
フユキにとってその感情が自己嫌悪のトリガーになってしまったというのに……
「わ……私! ちょっとお花摘んで来る! 」
私はフユキの境遇を思うあまり、目に涙を滲ませる。
アニメではただ明るかったホワイトにこんな過去があったと想像するだけで心が苦しくなった。
トイレを探してヒーロー本部内をうろつく。
そして、彷徨っている内に人気のない場所に迷いこんでしまった。
(ブラックホール団の資料室……?げっ)
そこにはブラックホール団がヒーローたちを制圧している写真や、ブラックホール団幹部がいかに強くて残酷かをしたためたヒーローたちの手記が展示されている。
どうやらここはうちとの因縁を事細かに解説するブースのようだ。そんなもの、見たくもない。
すぐに出ようとすると、私は人気のないそのブースに……息を飲むほどに美しい女性が立っていることに気付く。
薄暗い部屋の中に浮く、銀の髪。まるでマネキンのような長い手足、小さな顔……
(エリヤ……!)
顔を確認して、思わず息が止まる。あの人……夢で見た、リリアの姉――エリヤだ。
逃げなればならないのに、足が動かない。
心の中で「動け、動け」と念じたが、リリアの身体に滲んだ恐怖が……私の足をすくませた。
「…誰かいるの?」
その声と共に、耳鳴りが頭に響く。
エリヤのヒールの音が私の心臓の音と重なり、汗が吹き出した。
(助けて……誰か!)
私が固く目を瞑ると、茫然としてる間に何者かによって隅に押しやられる。
――そして、「エリヤさん、お疲れ様です。」と、穏やかな声がブースに響いた。
(レッ……ド……?)
「ああ、焔君! やだな、見てたなら声もかけてよ。」
エリヤはレッドを見て、どこか照れくさそうに髪を耳にかける。
「見とれてたんです、ごめんなさい。」
「ふふ、相変わらずご機嫌取りが上手いんだから……任務、大変だと思うけど頑張ってね。」
「はい、もちろん。」
エリヤはそのまま、私に気付くことなくブースを出た。
「大丈夫? 様子が変だったから隠しちゃったけど。」
私の方に向き直り、レモン味のゼリーを差し出すレッド。
(好み……覚えてくれてたんだ。)
「あ……の……」
恐怖で喉が締まり、上手く話せないでいると……レッドは震える私の手を握る。その手は、とても温かい。
その温度が心に滲み、手の震えはいつの間にか止まっていた。
「大丈夫、もう怖くないからね。」
その、優しい声を聞いてる内……涙が零れてきた。
「ええ……? そんな怖かったの? どうしよう、カステラもいる? 」
恐怖が安心に塗り替えられ安堵すると同時に、私はふと、レッドの最後を思い出す。
氷の薔薇に囲まれ、眠るように息絶えたあの姿を。
原作通りいけば、私が「絶対零度」の技でレッドを殺してしまう未来が待っている。全てが眠る程に冷たい世界が、この温かい手の温度を奪ってしまうのだ。
「レッド……死なないでえ……! 」
私は、まるで子供のように泣きじゃくる。
「ええ!? えっと……何の話? ……変なやつー……よしよし、気を付けるから泣くな―」
私は、彼を殺してしまう未来を回避することが出来るのだろうか?
……いや、風向きは変わっている、私の上司、ウリュウがボスになれば何かが変わるかもしれない。
皆がもっと平和になるように未来を変えよう、そう決心した瞬間……
ずっと頭に響いていた耳鳴りが突然大きくなり、体から力が抜けていく。
「……あれ……」
私の意識は、そこでぷつりと途切れてしまった。




