安堵
研修が終わると、イエローがサングラスと黒い帽子、マスクという奇妙な出で立ちで研修会場にやってくる。
「うわっ!びっくりしたあ!イエロー、何その格好!」
レッドが言うも、イエローは意に介した様子も見せずにリリアの元へ歩いていった。
2人の顔はどこか緊張していて、どこかへ遊びに行くという雰囲気ではなかった。
――リリアがイエローと?……以前、夜中に寮から出てきたし別に不思議でもないか。
「……行くぞ。」
「ええ、尾行されるといけないから少し遠回りしましょう。」
リリアはイエローとゆっくり手を繋ぐと小声でそう囁く。
……以前、2人のスキャンダルを写真で収めたにも関わらずブラックホール団の幹部だか何だかに邪魔されてスキャンダルを掲載できなかった。
もっと、決定的な写真が今日なら撮れるかもしれない。
ホワイト同様多少人気が回復しているようだが、それでもまだ世間の「イエローは弱い」というイメージは払拭できていない。
そんな中での熱愛が発覚すれば確実に非難の的になるだろうし、リリアは相手は誰だと探るファンから確実にヘイトを買うだろう。
リリアを追い出すにはいい口実になり得る。
「えっ……えっ!?何あれ……!リリアってまさかゆかりと……!?」
焦るレッドを横目に、静かに研修室から出た。
……
「ねえ、もう誰もついてきてないんじゃない?」
リリアが言うと、イエローは淡白に「そうだな」と返す。
二人は周りを気にしながら、ゆっくりと公園に入って行く。
「ゆかり……あの、本当にいいのかな?こんな所、また誰かに撮られでもしたら……」
「誰かにって誰。誰もいねえじゃん。」
――完全に油断してるな。
携帯を取り出すと、それを2人に向ける。
「リリア……こっち向いて。」
イエローはマスクを下げて、リリアに顔を近づけた。
あともう少しで唇が触れる、と思った時、
「何をしている!」
という男の声がして、思わず息を止める。
「りゅ、琉進……?どうしてミカゲさんに捕まってるの……」
「彼こそが透明ストーカーの正体なんだ。今日はゆかり君に協力して貰い、スキャンダルを狙って来たところを捕獲しようと思ったのだが……まさかこんなに簡単に捕まるとは。」
言いながら花岡が金田の腕を掴む。危ない、俺が見つかったのかと思った。
透明化は……解けてない、良かった。
しかし、なんだって金田が透明になってリリアとイエローをつけていたんだ?
「金田……琉進君。君のことは色々と調べさせてもらったよ。
君は元々ヒーローだったそうだね。そして、それが解体されたからコズミック7の研究生になった。」
(あれ……?金田って、双星を卒業してこっちに来たんじゃないのか……?ヒーローだったなんて今まで一言も言ってなかったのに。)
俺は花岡の説明に違和感を覚えながらも息を殺しながら耳を傾ける。
「元々、尊敬するお兄さんがヒーローを引退したのを機に、『兄と同じ能力でヒーローになる』という目標を掲げていたにも関わらず、デビュー出来ないことに焦った君は悪魔に魂を売ってしまった。」
(金田に……兄?待て……なんか、この話……)
ふいに、俺の額に汗が滲む。
いや……たまたま金田と俺の経歴が似ている可能性だったある、落ちつけ……!
「イエローさんのスキャンダルを狙ったのは、彼があの時干されていて……落ち目の今なら、引きずり下ろせると考えたからだね。」
花岡の追及は止まらない。金田君はそれを、どこか悔しそうな表情で聞いていた。
「そして、これはレッド隊長から聞いたことだが……君の能力は劣化が激しいらしいじゃないか。
焦る訳だ、早くしないと君はお兄さんの能力ではヒーローデビューできなくなる。」
(この……話っ……て……)
心拍数が高くなって行き、思わず息が荒くなる。
「さあ、もう白々しい演技はお互い無しにしよう。
ストーカーの正体は、琉進君じゃあない。
……灰原透、君だろう?」
名前が呼ばれた時、心臓を掴まれたような……そんな感覚が体を襲い、まるで水にインクを浸した時のようにゆっくりと透明化が解けていく。
――違う、違うやめろ……!今姿を現したりしたら……!
咄嗟に、顔を上げる。
見ると、リリアは失望と驚きが混じったような目で俺を見ていた。
「灰原……先輩……」
リリアは何かを知っていたような、そんな様子で俺の名前を呼ぶ。
その声は微かに震えていた。
「あーあ……そっか……バレちゃった。」
俺はリリアの顔を見て、笑い交じりに言う。
「なんで……こんなこと……」
「ん?何ではこっちのセリフだけど。リリアはブラックホール団員のくせにどうしてヒーロー本部にいるの?」
問いかけると、リリアは拳を握りながら
「私は……大事なものを取り返しに来たの。」
と、答えた。
大事なもの……きっとコズミック7のメンバーのことだ。
「……まあ、知ってるんだけどね。コズミック7って記憶がおかしくなってるんでしょ?」
俺は大笑いした後に、そう言い放つ。
リリアはそんな様子を恨めしげに睨んでいた。
「知ってるなら聞かないで。」
「花岡君は……どうして俺のことにそんなに詳しいのかな。」
ニヤつきながらこちらの様子を黙って伺っていた花岡に質問を投げる。
「少し調べさせて貰ったんだ。……何、〝君と違って〟違法な手段は取っていないよ?
偶然君の兄上と知り合いでね、話を聞いていただけさ。」
「……偶然……?」
恐らくは……嘘だ。
大方偶然を装って兄さんと接触したに違いない。
「だめじゃないか、『コピー能力』を持っていることを隠したいならば真実を知っている身内も口止めしておかなくては。」
言いながら、花岡はゆっくりこちらに近付いていく。
「……悪趣味だなあ、人の家族を利用して情報を引き出すなんて。どうせ君も異星人なんでしょ?
ヒーローまで味方に付けて正義ヅラするつもり?ただの悪党のくせに。」
少し鼻で笑いながら言うと、
「ああ、俺は悪党だ。」
と口にして花岡は不気味な笑みを浮かべた。
「……っ!?」
そして少し地面が揺れたかと思うと、急に体が重くなり俺の膝が地面に付く。
だめだ……顔を上げることされままならない。
まさか、花岡の能力なのか?
「リリアは優しかったかもしれないが、俺は悪党だから……君に甘くしないよ。」
花岡は俺の顎を持ち上げながら言う。
その顔は穏やかな笑みでありながら、目の奥に深い深い闇が覗いていた。
段々と重くなる体に耐えられず、俺は完全に地面に這いつくばる。
視線だけを何とか動かした時に見えたリリアの表情は、失望の色を覗かせていた。
(リリア……そうだよ、俺は大した人間じゃない。悪にも正義にもなり切れない、姑息で、卑怯な男。
俺に向ける目は、それでいい。
俺は……君に憧れてもらう価値のある男じゃなかった。)
俺は、遠くなる意識の中でそう心の中で呟くと……目を閉じた。
【⠀定期⠀】
最新の活動報告にて、この作品の挿絵についてアンケートを行っております。
もし興味があれば是非見て頂けたら幸いです。




