ナギ
「今日からしばらくここに住む事になったナギよ! 皆暖かく迎えてあげてね! 」
ウリュウのお屋敷から帰ってきた私は、使用人たちにそう言ってナギを紹介する。
しかし彼女たちは冷ややかな視線を送り、キアラさんの拍手だけが乾いた音を立てていた。
「ねえ、あの子……例の」
彼を歓迎するどころか、メイド達は小さな声で何か話し込んでいる。
もしかして彼はちょっとした有名人なのだろうか?
「え……えっと、彼はウリュウ様の管轄する医療棟から戦闘員として派遣されてきたの! 立派な戦闘員になりたいんですって! ね! 」
「あ、ああ、はい……」
私の紹介にナギが弱々しく答えると、メイド達は可笑しそうにくすくすと笑い出す。
「聞いた? あの悪趣味な出来損ないが立派な戦闘員に……ですって! 」
「ウリュウ様も意地が悪いわ、あんなのを派遣するだなんて」
メイド達は本人を目の前にしてそのような事を小声で話してはくすくすと笑っている。何がそんなに可笑しいのだろうか?
「あー……それじゃあナギ、あなたの部屋まで案内するわ! 一緒に来て」
私はあまりに重苦しい空気に耐えかね、彼を部屋まで誘導する。
「……あの、すみません……俺のせいでリリア様に恥をかかせてしまったような気がして」
場を離れた後、ナギは廊下で申し訳なさそうに言う。
「恥なんてかいてないわ!あの子達ちょっと変わってて……
こちらこそ無礼な使用人でごめんなさいね」
私がそう笑顔で返すと、彼の口元は安堵したように緩んだ。
それにしても、このナギという少年誰かに似ている……
顔も解らないし声変わりもしてない様なので誰かまでは解らないのだが、
誰かの面影を感じるような……?
ーーー
荷解きが終わると、私はナギと裏庭に出た。
メイド達には笑われてしまったが、ナギを立派な戦闘員にする事は私のキャリアを上げる事……ひいては、「組織を内部から操ってヒーロー達との衝突を回避する」という最終目標に繋がる。
絶対に成功させなくてはならない。
アニメを見ていたからこの世界には多少理解がある。
登場人物は全員「特殊能力」を持っていて、それを武器にする技術を用いて戦っている。
戦闘員として派遣されたという事は、彼もきっと戦闘向きの能力を有しているのだろう。
あのウリュウの部下がどれ程強いかは解らないが、ナギがどういった戦い方するのかは見ておきたい。
私は訓練場に足を運ぶと、彼に
「まずは私が相手よ!かかって来なさい!」
と言い放つ。
リリアの武器はアニメでも見た事がある、魔法少女のステッキがゴスロリ化した様なデザインのワンドだ。
少し振るだけで地面が凍る…可愛い見た目をして性能は恐ろしい。
そっか、リリアって氷使いなんだったよね。
ナギの武器は戦闘員用に支給されている何の能力も無い銃だった。
能力を使わないのだろうか?と思ったその時、
ナギが銃を抜くやいなや私めがけて撃ち込んで来た。
真理愛としては産まれてこのかた戦闘等した事はなかったが、体が勝手に動いて応戦する。恐らくはリリアの体に染みついた戦闘センスのおかげだろう。
流石はアニメ2期のボス、天才と言われていただけあって結構動けるみたいだ。
ナギが必死に私との距離を詰めようとしていたのが解ったので、
氷を放ってそれを阻止しようとする。
しかし彼は軽い身のこなしで氷の上を滑りながら距離を詰めてきた。
この子…すごい運動神経ね、彼はそのまま私に近付き、手を伸ばしてくる。
私は首筋が凍るような妙な違和感を感じ、咄嗟にナギの足元を氷で固め、大きく後退する。
何だろう……この人に触られちゃいけないような気が……!
彼が氷に足を取られている間に私はワンドを彼の額に押し付けた。
「あら、こんなもの? 」
「……参りました、流石、お強いですね」
ナギはそう言って両手を上げると、残念そうに笑う。
「距離を詰めようとしていたのはどうして?
もしかして能力と関係があるのかしら」
「俺の能力は触らないと発動しませんので…」
「へえ!ど、どんな能力?」
さっきこの身を襲った違和感がどうしても気になってしまう、
彼に触れられそうになった時のあの不気味な感覚…一体何だったのだろうか。
彼は私の膝の擦り傷に触れる、私は思わず体をビクリと強張らせたが、
警戒とは裏腹に、彼の手は私の傷をゆっくりと癒して見せた。
「……もしかして……治癒能力? 」
「はい」
凄いけど、近付いて攻撃できる能力でもないような……
その時メイド達が笑っている様子を思い出し、合点がいく。
この子はきっと戦闘向きの能力ではないのにこのような任務に就かされたのだ……!
だから、彼女達は「戦闘員になどなれる筈ない」と嘲笑していたに違いない。
「貴方、何でその能力を持っているのに医療班のメンバーじゃないの?
ウリュウ様は確か医療班のトップでしょ? 」
「俺の趣味のせいで……ウリュウ様に目を付けられてしまって……」
趣味?たかが趣味のことで彼を危険な任務に就かせるなんて、あの男顔はいいけど大分意地が悪いようだ。
「気にすることないわ、ナギ!
あんな奴の部下なんて余裕で勝てちゃうくらい強くなりましょう、
あなたならできるわ!」
「…」
「何よ、幽霊でも見たような顔して」
「いえ、事前知識と違ったものですから…
リリア様はお姉さんが出て行ってからというもの
ずっと部屋に籠って泣いておられたと聞いていたので」
あの高飛車なリリアが部屋に籠って泣く?
全く想像が想像つかない……が、リリアになったあの日、私の目は赤く腫れあがっていた。
彼の言う事もあながち間違いじゃないのかもしれない。
「思ったより前向きで……強い方なんですね」
「そ、そう?褒めても何も出ないわよ……?」
でも良かった、今までブラックホール団の人々は私が話しかけても苦い顔をしてどこかに消えるか完全無視するかのどちらかだったが、
ナギは私ときちんと向き合ってくれて、嫌な顔一つ見せない。
この子とならうまくやって行けそうな気がする。
そう安堵していた矢先、その日家に帰ってから出てきた食事はあまりにも奇怪だった。
ピクピクと脈を打ちながら、ゼリー状の何かを吐き出す緑色の塊…
肉なのか魚なのかそれ以外なのか、見た目からは全く判断が付かない。
「あのー……メイドさん?この食べ物って何かしら…?」
「宇宙食虫植物の種らしいです」
らしいって……
リリアはいつもこんな物を食べているのだろうか?
いや、アニメでは普通に美味しそうな物を食べていた記憶がある。
まさかこれは嫌がらせ……?
「メニューは使用人たちが一生懸命考えてますのに……もしや口にして下さらないのですか?」
なんてむごい…このリリアが何歳なのかは解らないが
見た目から察するにまだ子供だろう。
それを大人たちが寄ってたかって虐めているなんて悪質だ。
私は意を決すると皿の上のものにフォークを突き立てる。
「不満を言う気なんてなかったわ、早とちりよ
とても美味しそうな食べ物ねって伝えたかったの」
私はそう言って精一杯笑うとその未確認植物を平らげた。
「ご馳走様、失礼するわ! 」
「ねえ見た? あんな訳の分からないものよく食べられるわよね」
「意外と美味しいんじゃないの……? 」
あれは間違いなく今まで食べた者の中で一番不味い食べ物だった。
ネトネトしてるのにしつこい苦みがあって、独特の臭みが鼻に抜け、いまだにその不快感が鼻のあたりに残っている。
ああ、早くお茶か何かで口直ししないと…!
あの場を離れた後、私は急いで自室に戻ろうと駆け足で廊下を移動していた。
「何のつもり!?こんな物を持ち歩いて…!」
すると、キアラさんの凄まじい怒号が耳に入った。