弱いフリ
「ヒーローになる為に本部長に謁見したんだ。去年まで冬樹は俺なんかより有力なヒーロー候補だった。
……けど、あの鷹野って奴に結構陰湿な嫌がらせされててさ。ライン超えた時に冬樹がキレてあいつ殴ったら……鷹野は大怪我、能力の暴走が原因で冬樹も全治1ヶ月の怪我。
普段の嫌がらせを知ってた人間やその現場を見ていた人間の証言で処分は軽く済んだけど、……あいつは自分の能力が元々嫌いだったからその件のせいでもっと能力を使わなくなって……『弱いフリ』を始めたんだ。」
なるほど、前からおかしいとは思っていた。
学校では自分は弱いと呪文の様に言ってたのに、私の部屋に来た時フユキは
『自分より強い相手に簡単に挑もうとしちゃダメですよ』と発言した。
その時自己肯定感の低い彼から、まるで自分より強いとでも言いたげなその言葉が飛び出したことに違和感を覚えたのだ。
彼は自分の実力を隠す様になった……いや、発揮するのを恐れるようになったんだ。
「俺なんかより本気出せば強いのに……あいつはヒーローになる情熱を失ってからずっとあの調子だ。
本当はこの学校に居たくもない癖に、俺との約束なんか気にして……」
「約束? 」
「あ……いや、何でも……! 」
「あれ? まだそこに立ってたんですかー? 二人とも! さっきの彼らは? 」
ゆかりと立ち話しているとフユキが廊下の向こうから姿を現す。
「うわ! フユキ! さ、さっきの子達ならベンチで待ってるわよ……! 」
「あ、本当ですね! 二人よりおりこうさんです! 」
彼はそう言って私達にホワイトソーダを渡すと、ベンチで彼を待っていた男子達にもそれを渡しに行った。
「あいつ、よくこんなカロリー高いもんばっか飲んで太らないよな。」
「カロリーの消費激しそうな性格だし……」
なるほど、何となく状況は見えてきた。
私もアニメを見ているから多少彼の事情は知っている。
……コズミックホワイトは、レッドに出会う前まで孤独だった。
その理由は彼の「衝撃吸収」という能力のせいだ。
効果は名の通り、衝撃を吸収し相手に跳ね返す守備も攻めも万能な
まさにヒーローになる為に産まれた存在……
しかし、世間はそんな彼を愛さなかった。
「コズミック7」の世界の人間は、殆どが戦う事を前提に生きていない。
己の能力を使って如何に自分の生活を豊かにするかを考えて生きている。
それは私の前住んでいた世界とほぼ同じと言っていいだろう。
そんな環境に、常に無敵の防弾チョッキと火力無限のナイフを装備している様な少年が紛れたら…彼を必要以上に恐れても無理はない。
…だから彼は戦う事で愛されることを夢見た、
それしか希望がなかったとも言える。
そんな彼にとって鷹野との事件は…
「心が折れる原因」として十分だったのだろう。
よりにもよって一番恐れていた「能力」によって起きた事故。
能力を認められたかった彼にとって、それがどんなに辛い出来事だったか、
私には……想像がつかない。
「何でもっと怒らないのよ」なんてどうして言ってしまったのだろう。
彼にとってその感情が自己嫌悪のトリガーになってしまったというのに……
「わ……私! ちょっとお花摘んで来る! 」
私は彼の境遇を思うあまり、目に涙を滲ませる。
アニメではただ明るかったホワイトにこんな過去があったと想像するだけで心が苦しくなった。
トイレを探してヒーロー本部内をうろつく。
そして、彷徨っている内に人気のない場所に迷いこんでしまった。
ブラックホール団の記念資料室……?
うちとの因縁を事細かに解説するブースのようだ、
そんなもの、見たくもない。
すぐに出ようとすると、私は人気の無いそのブースに
一際綺麗な女性が立っていることに気付く。
顔を確認して、思わず息が出来なくなる。
あの人……夢で見た、リリアの姉——エリヤだ。
逃げなればいけないのに、足が動かない。
心の中で「動け、動け」と念じたが、
まるで凍り付いたかのように体がいう事をきかなかった。
「…誰かいるの?」
心臓が動悸して冷や汗が噴き出す。
エリヤは、ゆっくりとこちらに近づいて来る。
助けて…誰か!
私が固く目を瞑ると、茫然としてる間に誰かに隅に押しやられ
「じっくり資料を見てるなって思って」
穏やかな声がブースに響いた。
レッド……?
「ああ、焔君! やだな、見てたなら声もかけてよ。」
「見とれてたんです、ごめんなさい。」
「ふふ、相変わらずご機嫌取りが上手いんだから……任務の方、大変だと思うけど頑張ってね。」
「はい、もちろん。」
エリヤはそのまま、私に気付くことなくブースを出た。
「大丈夫? 様子が変だったから隠しちゃったけど。」
彼はそう言って私にレモン味のゼリーを差し出す。
「あ……の……」
夢の内容がフラッシュバックして上手く話せないでいると、彼は私の手を握る。
「大丈夫、もう怖くないからね……
あのお姉さんが怖いのは俺も一緒、コズミック5もいい印象は抱いてない。
勘のいい子だと彼女の表情を見ただけで委縮するのも分かるよ。」
私は彼の暖かい手に触れて、優しい声を聞いてる内に涙が零れて来た。
「ええ……? そんな怖かったの?
どうしよう、カステラもいる? 」
恐怖が安心に塗り替えられ安堵すると同時に
……私はふと、レッドの最後を思い出す。
レッド……赤城焔は……二期の中盤に死んでしまう。
宿敵だったレッドを倒そうと技の練度を上げたリリアの、
『絶対零度』の技によって炎を封じられ息絶えた。
そう、原作通りいけば私が殺してしまう未来が待っているのだ。
「レッド……死なないでえ……! 」
私はアニメのシーンを思い返し泣きじゃくる。
「ええ!? えっと……何の話?
……変なやつー……よしよし、気を付けるから泣くな―。」
私は、彼を殺してしまう未来を回避することが出来るのだろうか?
……いや、風向きは変わっている、私の上司、ウリュウがボスになれば何かが変わるかもしれない。
皆がもっと平和になるように未来を変えよう、私は泣きながら決心し……
「……あれ……」
そのままその場に倒れ込んでしまった。