就任式
私はボスの家を出た後、就任式の会場まで足を運んだ。
場所は、大きなチャペルで、ウリュウやシノ、幹部補佐達が席に座って私の登場を待っている。
無事に就任式を開催出来ることになって良かった、と安堵しつつ、私は警戒を怠らなかった。
平等な位置から始まろうとしているように見える幹部レースだが、実情は少し違う。
恐らくは無意識だろうが、ボスは自分の代理人にミカゲさんを指名した……
つまりボス目線、自分の後を任せるのはミカゲが適任だと考えている可能性がある。
私は部下に手を引かれるがままチャペルの黒い絨毯を踏むと、そのままミカゲの待つ主祭壇まで足を運ぶ。
ウリュウやシノはその様子を笑顔で見送ってくれていた。
「ああ、リリア様…なんと凛々しいお姿、一段と美しくなられて……」
ミカゲさんはうっとりとした顔で参列者に聞こえないよう呟く。
「私語は慎んで」
私が注意すると、ミカゲさんは「失礼」と呟いたあとに懐から何かを取り出す。
……ネックレス?
「リリア・グレイシャ。あなたの今までの功績を認め、幹部の席に就く事を許します。」
私は事前に言われた手筈通りにミカゲさんに跪くと、彼は私の首にネックレスを着けた。
「これからも組織の為に励みなさい。」
ミカゲの言葉に、参列者が拍手する。
初めは無視ばかりされていた私がこんな大勢に幹部就任を祝福されることになるとは……人生何が起こるか解らないものだ。
私は立ち上がりミカゲさんに礼をすると、彼を睨み小声で
「ボスになるのは、ウリュウよ。」
と呟く。
ミカゲさんは唖然とした表情で立ち去る私の姿を見送っていた。
ーーー
「リリア、幹部就任おめでとう〜!」
屋敷に帰ると、カグラが言いながらクラッカーを鳴らす。
使用人達も珍しく笑顔で拍手をしていた。
「なあに貴方達、こんなの準備してたの?」
屋敷には可愛い飾り付けが施されており、使用人や部下達の努力が垣間見えた。
「ケーキ買って来たから食べようぜ」
クロが言うと、よく見知った人物が奥からケーキを持ってやってくる。
「リリアちゃま!幹部になったんだって?おめでとうー!」
「お祝いしに来たよ!」
「あかり!若葉さんまで!皆こんなとこにいていいわけ!?」
「まあたまにはありでしょ」
「そういえばその……本部の皆はどう?焔の話とか最近聞かないけど……」
「えっ!?焔君!?あっ……いやその……元気……だよ。」
あかりは何処かバツが悪そうに目をそらす。
何だか様子がおかしいような……
不思議に思っていると、ウリュウとシノ、ミカゲさんも屋敷に入ってきた。
「やあ、ここでお祝いするって聞いたから来たよ」
「あ?なんだヒーローがいんじゃん」
「リリア様、どうぞお席に着いて下さい、私がご案内します」
ミカゲさんが言うとカグラは呆れた顔で「ミカゲ様は何の準備も手伝ってないくせに」と呟いた。
大勢で食卓を囲み、久方ぶりに騒いだ。
「あ!おいカグラ!それ俺の肉!」
「名前書いてなかったから俺のだもん」
クロとカグラを見ながら、
……ナギとフユキもあんな風に喧嘩していたっけと回想する。
ヒーローの皆、元気かな……?ちゃんと笑えているだろうか?
そんな事を考えながら私は呆然とする。
「食べろ、あんたの為に用意された食事だぜ、これ。」
シノが言いながら皿に盛り付けたご馳走を私に差し出す。
「……あら、取ってきてくれたの?」
「食べないなら俺様が貰うぞ」
「いいえ、頂くわ。ありがとう」
シノは心が読めるから、ヒーロー達の事を思い出してしまった私を心配したのだろう。
私はヒーロー達の事を考えないよう必死に料理を口に詰め込んだ。
「そういえばあんたの婚約者はどうした?姿が見えねえが」
私はシノに言われて初めてウリュウの姿が見えない事に気付き、辺りを見渡す。
すると彼が何も口にすることなくバルコニーで景色を眺めているのが見えた。
「……食欲、ない?」
私はウリュウに歩み寄ると笑顔を作って尋ねる。
「いや、そんなことはないよ。今少し選挙の事で頭がいっぱいになってしまっていてね」
ウリュウは私の問いにそう返す。
この男でも、こんな風に何かをプレッシャーに思ったりするものなのか。
「大丈夫、私が付いてるじゃない!幹部にまでなったんだもの、絶対に貴方をボスにしてみせるわ!」
その言葉に反応したのか、後ろからシノが出て来てウリュウに飛びつく。
「へー?お前さん、俺様を差し置いてボスになるのか。」
「おい!もう高校生じゃないんだからじゃれつくなよ!」
「なんだ君達、そんな所に集まってはしゃいでいたのか?……ああ!リリア様もご一緒だったのですね!」
ミカゲさんも騒がしさに釣られてバルコニーに顔を出す。
「おい、聞けよミカゲ、ウリュウ坊ちゃんはボスになる気満々らしいぜ。」
「ほお……?まだ選挙が始まっていないというのにやる気じゃないか。」
「来週には選挙に移るんだ、少しくらいその事について考えたっていいだろ!ま、こっちには真理愛がいるから心配しなくても大丈夫か。」
ウリュウは言いながら微笑む。
嫌味だろうか、本気だろうか?この男は真意が解り辛いから苦手だ。
しかし私の口はその言葉に少しだけにやけてしまった。
「ねえねえ!メイドさんたちがパーティーグッズくれたから皆で付けようよ!」
私がにやけ顔を隠すように俯いていると、あかりが言いながら箱を抱えて部屋に入ってくる。
へえ、パーティーグッズ……?そんなものがあったのかこの屋敷。
箱には三角帽子やおちゃらけたデザインのカチューシャが入っている。
「私、これ付けよー!」
若葉ちゃんが言いながら猫耳のカチューシャを手に取る。
シャッターチャンスだ、逃すわけにはいかない。
私は大幹部3人に「ちょっと行ってくるわ」と告げると、駆け足で若葉ちゃんの元へ駆け寄った。
「あれ?なんかこのカチューシャ懐かしいー、どっかで見たことあるんだけど……」
あかりは箱の中から変わったデザインのピンク色のカチューシャを取り出す。
確かにどこかで見た事あるようなデザインだ。
どこで見たのだったか……?
あかりは興味本位でそれを身につけると、どんどん箱の中を漁っていく。
「リリアちゃま黒猫絶対似合うよ!」
黒猫耳のカチューシャを差し出しながらあかりはテンション高めに言い放つ。
「あ、ああ……?そうかな?ありがとう」
私がそれを見に付けるとあかりは満面の笑みで、
「いやー、流石は作品屈指の美少女!何つけても似合っちゃうよなー、焔君がリリアちゃまの事覚えてたら見せてやりたかったよ。」
と言い放つ。
今日のあかりはやけに饒舌だな……?おめでたい空気に当てられて気分が高まっているのだろうか?
「なあ、ヒーロー。お前さんが付けてるそれ……」
シノが心配そうに何かを言いかけるも、箱の周りに人が集まり過ぎて声がかき消されてしまう。
「あの、さっきは煮え切らない感じだったけど焔は元気?病気とかせず過ごせているかしら?」
私が尋ねると、あかりは相変わらずの上機嫌な様子で
「あー、元気そうではあるよ?最近彼女がいるんじゃないかって噂がちょくちょくあるけど……」
と言い放つ。
「かの……」
「はい、ストップ!やっぱりこれかなり前に作った『企てバレバレリーナ』じゃねえか、これ着けると隠し事ができなくなるんだ。
なんでこんなおっかないのがパーティーグッズに紛れてんだよ。」
あかりからカチューシャを取り上げると、怪訝な顔でシノが言う。
企てバレバレリーナ……そうだ、以前潜入に使ったトンデモ発明品ではないか。
通りで見たことがあると思った……!
「あれ!?やべえ俺……!今まで言わないようにしてた事言っちゃった!」
あかりが焦ったように言いながら私を心配そうに見やる。
焔に……彼女……
私は脳のキャパオーバーからか、そのまま床に倒れ込んでしまった。