ボスの辞任
ヒーロー達の記憶が改ざんされ、リリアがウリュウをボスにすると決心してからちょうど二年が経った。
リリアの働きはめざましく、かつて「ネメシス」として戦った少年たちを束ねあげ、現役ヒーローと連携しながらヒーロー本部の内情を完璧に把握。
まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍を見せ……
とうとう、リリアの幹部就任が決まった。
本日はリリアの幹部就任式が行われる大事な日である。
「失礼します、あの……リリア様が中々お見えにならないので迎えに来たんですけど……」
「寝てんだったら叩き起こすの手伝ってやろうか?」
心配したように使用人に尋ねるカグラと、呆れ顔で言い放つクロ。
使用人たちは困ったように顔を見合わせた。
「いえその、起きてはいるのですけれど……」
「最近ヒーローの女からヒーロー本部の内情を聞いてからというものリリア様の様子がおかしくて」
「ヒーローの女……?ピンクさんかな?」
「何にしたって今日遅刻すんのはまずいだろ!入るぞ!」
メイドの制止を押し切り、クロはリリアの屋敷に押し入る。
カグラも慌ててそれに続いた。
「いいのかな、女の人の部屋に勝手に入ったりして。」
「知るかよ。男も女も関係ねえ、俺達がウリュウに怒られんだろうが!」
クロは勢いよくリリアの部屋の扉を開ける。
するとそこには、顔面蒼白で、まるで魂が抜けたように枕を抱えているリリアの姿があった。
「………リリア!?え、うそ……こんなアホな顔のリリア見たことない……!どうしたの!?」
言いながらカグラはリリアの元に駆け寄った。
「………った………ちゃった………」
「え?なに?もっとはっきり言ってくれないと聞こえないよ!」
「ブラックが……ブラックが髪染めちゃった!!!」
「「…………は?」」
カグラとクロは困惑しながら顔を見合わせる。
「ブラックが……ナギが黒髪じゃなくって茶髪にしちゃったのよ!原作より早くデビューしたのは聞いてたけど黒髪じゃなくなったなんて聞いてない!」
リリアは叫びながら枕に顔を埋める。
「馬鹿なのはお前!何わけわからんことで落ち込んでんだよ、髪の色なんてどうだっていいだろうが、ほら、出かける支度すんぞ!」
「どうでもよくないわよ、大事なことなんだからー!カグラもそう思うわよね!?」
「…………いや、割とどうでもいいかな。吠えてないでさっさと着替えないと脱がすよ?」
カグラの言葉を聞いたリリアは涙をひっこめるとすぐに部下たちを追い出し着替え始めた。
……
「わー!とってもかわいい!」
ドレスに着替え、髪をセットしたリリアを見てカグラが感嘆する。
「髪を可愛くセットしてくれたのは有難いけど……就任式の5時間も前なのに何で急かしに来たのよ。」
「お前は何引き起こすかわかんねえから念には念を入れて早めに集まろうってウリュウに言われたろうが……さては聞いてなかったな。」
リリアはクロの言葉にぎくりと肩を震わせる。
「まあ、俺たちに理解出来なかっただけで、リリアにとってはきっと耐え難いことだったんだよ。
もういつ就任式に出ても大丈夫な状態になったし、一緒に行こう。」
カグラがリリアに手を差し伸べる。
「どこに?」
「決まってんだろ、我らが上司のとこにだよ」
ーーーーー
「やあ、随分と待たせてくれるじゃないか、僕の愛しい婚約者」
ウリュウの屋敷に着くなり、彼は天使の笑みで私にそう言い放つ。
見た目には余裕そうに見えるけど、内心腹を立てていそうだ……。
「だって……その、こっちだって心に余裕が無かったのよ。」
「またヒーロー本部に怪しい動きが?」
ウリュウが真剣な顔で尋ねる。
「ナギさんの髪が茶髪になったとかで、ショックを受けたらしいです」
「ウリュウもなんか言ってやれ、そんなんで落ち込むとかそれでも幹部かって」
カグラとクロが口々にいうとウリュウは真顔で固まった後
「……それは一大事だ……!どのくらいトーンが上がった?」
と真面目に問う。
「すっごい明るい茶髪よ、ミルクティーみたいな……」
「上げすぎだ……早くあちらへ潜入しないと次は金髪にしかねない。」
流石は私の婚約者だ、ウリュウなら理解してくれると思っていた。
「まじかよあんたら」
クロは呆れ果てた顔で私たちを見る。
子供には分かるまい、髪の色はとても重要な要素なのだ。
「……まあ、それはそれとして……今日の幹部就任式は絶対に失敗できない、分かってるよね、リリア。」
ウリュウは先程の砕けた態度とは打って代わり、鋭い目つきでそう口にする。
「勿論よ、わかってるわ。『大幹部』になったあなたの地位を上げるため……今までこの子達と頑張って来たんだもの。」
私は後ろを振り返りながら言う。
私が幹部になれば、ウリュウの信用にも大きく貢献できる。
何としてでも今日の就任式を無事に終えなければならない。
意気込んでいると、ウリュウを呼ぶ声と誰かの走ってくるような足音が聞こえる。
「ウリュウ様、大変です!」
部下のリオンが、声を上げながらウリュウの部屋の扉を開ける。
「リオン君、どうしたのそんなに慌てて。」
「ボスが……『アカツキ』様が倒れてしまわれました!」
「……え!?」
ーーーー
ウリュウに促されるがまま着いて行くと、
大きな屋敷の前で彼の足が止まる。
「クロ君たちはここで待ってて。リリア、カグラ、おいで。」
緊張の中、屋敷の奥に足を進めると……そこには大きなベッドに横たわるボスと、大幹部達の姿があった。
「医療班、ただ今到着致しました。」
ウリュウが言いながら礼をする。
「やあ、来てくれたか」
「お前が1番おせーとはな。お、リリアもいんじゃん。」
ミカゲさんとシノはこの2年でウリュウと同じくらいのスピードで功績を上げていき、
大幹部の地位に就いていた。
「……ボスの容態は?」
ウリュウは怪訝な表情でボスの元へ歩み寄る。
「持病が祟って立てなくなるほどの頭痛が襲ったらしくてね、秘書が急いで薬を服用させたらしいのだが……
ショックで気絶して、今は眠っている。」
「かつて、名だたるヒーロー達を倒し渋矢を守ってきた英雄も、歳には勝てねえか」
ミカゲさんが冷静に説明し、シノが寂しそうに言い放つ。
「カグラ、僕が代償になるからボスの身体を治せる?」
「俺が治せるのは外傷や疲労で、病気までは治せません。
例えウリュウ様にボスの疲労を移しても、病気はそのままなのですぐに動けなくなってしまうと思います。」
ウリュウの問いにカグラが冷静に返す。
……ボスがいなければ、今日の就任式は行えない。
私は思いもよらぬ障害ができた事に焦っていた。
「ん……」
薄く息をしていたボスが、軽く唸る。
「ボス、お目覚めですか?」
「ああ……ウリュウ君来てくれたのか。なんと、大幹部が全員揃っているとは……私は幸せ者だね。」
目覚めるなりボスがそう言って微笑む。
「ボス、あまり無理をなさらないで下さい。」
「しかし、今日はリリア君の就任式だったろう。多少無理をしても出ねばならん。」
「わ、私はいいのでお休みになって下さい!」
私は起き上がろうとするボスを止める。
……こんな老人に無理をさせるのも申し訳ない、誰か代理人を立てられないのだろうか?
「仕方がない、今日の就任式はミカゲ君……君に代理を頼めるか?」
「はい、ボス。最善を尽くします。」
ボスに言われ、ミカゲさんは丁寧に頭を下げる。
「それに、忙しい君たちがここに集ったのだ……今の内に宣言しておきたい。
私『アカツキ』は、ボスを辞任しようと思う。」
「「「!?」」」
大幹部の3人が目を丸くする。
辞任って……事は……!
「後継は、君たち大幹部の中から選びたい。
リリア君の就任式が終わり次第、選挙を行うことにする。」
ボスの言葉に、私は思わず息を呑んだ。
この人が今まで地球人に近付きすぎず、敵対もしない姿勢を貫いてくれたお陰で私はブラックホール団とヒーローが敵対する未来を避けることが出来た。
聡明で堅実、ボスの選択は私達のやりたいことを阻んだこともあったが、常に団員を思った上でのものであることが伝わってきた。
そのボスが、こんな状態になってしまったのは悲しい。
しかし……不謹慎かもしれないが、ウリュウをトップに押し上げるチャンスだ!
負けられない……絶対に私が、ウリュウをボスにしてみせる!
本編で割愛されていたウリュウがボスになるまでの話です。
ストックが無いので書き次第の投稿になります。