崩れた幸せ
「…ってんめ…!
誰に手出してんだコラ!
クソロリコン野郎め、
しょっぴいて…」
俺はそこまで言いかけてやめる。
俺の手を掴んでいたそいつは、
よく知っている顔をしていた。
「ごめん、急に手を掴んだりして…
緊急だったんだ、許して」
「大吾さん…!ど、どうしたんだよ
緊急って?」
「ヒーロー協会に関係ある子が
誰かに狙われてるらしくてさ
今日は俺が送って行くから、
人目の付かないとこを選んで帰ろう」
大吾さんはそう言って優しく笑うと、
俺の手を握る。
「あ…ああ、うん」
元は男だった俺でも認める色男、
しかもここまで頼れて優しいとなると
ない筈の乙女心に響くものがあるよな…
でも大吾さんって今年30?俺は14…
16歳差は流石になあー…
そんな下らない事を考えていると、
ブルーさんの向かう道がどんどん細くなって行ってる事に気付く。
「な…なあ、いくら何でもさ…ここ、
人いなさすぎって言うか…
もうちょっと大きい通りに行かね?」
俺の提案を無視して、彼はどんどんと狭い場所へ入って行く。
…そして連れて来られた場所にもう道はなく、
工事看板が立てられているのみだった。
なんか…変だ。
「な、なあ大吾さん!大吾さんったら!」
手を振り解こうにも、強い力で握られていて出来ない。
怖い…な、なんなんだよこれ…!
誰か 助けて…!
俺が祈る様に目を瞑ると、俺と大吾さんの間の地面が浮き上がり、隆起する。
すると驚いたのか、
大吾さんらしきそれは手を放し倒れ込んでしまった。
「いたたたたた…」
「ごめん!大丈夫だった!?」
そう言って俺に手を差し伸べたのは、
他の誰でもない大吾さんだった。
あれ?でも大吾さんはそっちに倒れて…
「あれ、どうやら偽物みたいだ
…間に合って良かった」
俺を立ち上がらせながら大吾さんが言う。
偽物!?って事は…
「シェイプシフター?」
俺が偽物に言い放つと、彼はこちらを睨みながら立ち上がる。
「あーあー…後もうちょいやったのに、
残念やなぁ」
俺達が奴を睨み返していると、
薄暗い路地の奥から金髪の男が顔を出した。
田村…喜助…!
「喜助、お前まだよく解らない企てしてんのか
子供ばっかり狙って何のつもりなんだ?」
大吾さんが怒りの剣幕で言い放つ。
「ガキばっかなんはたまたま、
原作に出てくる奴選んだら
そうなっただけや」
彼は頭を掻きながら悪びれもせずに言う。
「また彼女の記憶を狙ってんのか?」
「せいかーい!
『コズミック7』の記憶を操作して…
俺がもう一度のこの世界を軌道修正したる!
だからそこどいてや、大吾さん」
「嫌だね…そんなにこの子の記憶を消したいなら
俺を倒してからにしろよ」
二人は一瞬睨み合うと、ほぼ同時に飛び掛かり肉弾戦を始める。
俺が呆気に取られていると、大吾さんの偽物が
ナイフを持って飛び掛かって来た。
「ああん!?舐めんな!」
俺はナイフを交わすと男の腕を掴み、爆風を起こす。
すると偽物男の顔は元の顔らしきものに戻り、
そのまま白目をむいて倒れる。
こっちは大して強くないな…恐らく俺含めヒーロー協会の面々を騙す為に雇われたただの工作員なのだろう。
…だが、田村さんは違う…!あの人は本当に強い。
まず素の戦闘力からして普通の人間の範疇を超えている。
俺じゃ殴り合っても勝てやしねえ…
けど!
「俺に勝てると思うのか!?」
彼はそう言って田村さんの腹部に一発食らわせるとそのまま後ろに吹き飛ばす。
やっぱ大吾さんはすげえよ!
日々のトレーニングで
あの田村さんに匹敵する程の身体能力を手に入れるなんて…!
田村さんが大分押されてる!このままいけば勝てるぞ!
俺が期待の眼差しで大吾さんを見ていると、
田村が立ち上がりケラケラと笑い出す。
その様子は不気味で、見ているだけで背筋がゾッとした。
「やっぱ強いなあ大吾さんは…
けど…俺かて結構やれば出来るんやで?」
彼はそれだけ言うと深く息を吸う。
すると、彼の顔や体に鱗の様な物が浮き出て、
爬虫類の様な瞳に変わった。
「何だあれ…!俺と戦った時は、あんなの…!」
「これ、やるとごっつい疲れるんよ…正直あかりちゃんと戦ってた時は
疲れもあって変身しとる暇なかったしなあ
…さ、大吾さん…竜族の本気、見せたりますわ」
彼はそう言って不気味に微笑む。
なんだか…嫌な予感がする…!
ーーーーー
―ピンクがブルーと合流している頃、
リリアはナギを探して走り回っていた。
…いない
…いない…!どこ行ったのよナギの奴!
「あの、前髪で目が隠れてて黒髪の子見ませんでしたか!?」
私は路上でティッシュを配っているお姉さんに声を掛けてみる。
「え…?あ、ああ!何十分か前に見ましたよ!
珍しい髪型だったから覚えてます!
誰かとあっちの路地に入って行った気がするけど…」
「ありがとう!」
私はお礼を言うとお姉さんが指し示していた路地を曲がる。
…すると、電気屋さんの前でボーっと大型のテレビを眺めている
ナギの姿を見つけた。
良かった…!無事なのね!
「ナギ!心配したのよ!ボーっとして何見てんの?」
私が彼に駆け寄りながら言うと、ナギは顔を顰めながら私を見る。
あれ…何か…怒ってる…?
「な、何よどうしたの?あ、解った!
フユキと合流出来なくて困ってたんでしょ!」
私が彼の肩に触れようとすると、ナギは咄嗟にそれを避ける。
「…え…」
「さっきから何なんだよあんた…
馴れ馴れしく話しかけないでくれない?多分人違いだから」
「あ…あはは…何それ…
揶揄ってるの?それじゃまるで…」
私の事…忘れたみたい…な…
『ニュースです』
私が動揺していると、テレビからアナウンサーの声が聞こえて来る。
『今日の午前9時34分頃、ヒーロー本部の17歳女性役員が
何者かに襲われたとの事です
犯人は魔法少女が所持する様なワンドを手に持ち、
女性役員に対し暴行を加えたとの事
幸い女性は軽傷でしたが、犯人は今も逃亡中との事です
監視カメラに映っていた犯人の姿がこちらになります
グレーの髪に黒いドレスを着た…』
私は「犯人」の姿を見て驚愕する。
これ…!「私」!?
黒髪じゃないし服装も違うけど…初めて転生した日の私にそっくりじゃない!
「犯人」とされる人物は顔まではっきりと映っており、
私とそっくりの…それでも少しあどけない様な
そんな少女がカメラを睨んでいた。
うそ…どうなってるのよ!
私はこの時間確かにブラックホール団のアジトで書類整理をしていた筈…!
ヒーロー本部に行った覚えなんか微塵もないわ!
「…これ…どことなくあんたに似てないか?」
ナギの声に、その場にいた人達が私を見やる。
「ねえ…通報した方が良いんじゃない?」
「警察呼んで来ましょ…!」
「違っ…!違うわ!私じゃない!似てるけど違うのよ!」
私の弁解も虚しく、見ていた人間の1人がどこかに電話をかけ始める。
まずい…!何にしたって
警察のお世話になんかなったら組織に迷惑がかかる…!
でもナギを置いてはいけないし…!
私はナギの手を引くと、走ってその場を後にした。
「おい!放せって!」
ナギの叫びを無視して私は走る。
人のいない場所まで必死に走って…
途中でナギに手を振り払われ、亥の頭公園の隅で立ち止まった。
「あんたっ…!いい加減にしろよ!
人を拉致するつもりか!?」
「そ、そんなつもりは…!でも絶対に人違いとかじゃないの!
ナギ、自分の事とか…ちゃんと覚えてる?」
「俺は黒峰凪人、ヒーロー本部所属の候補生だけど…
記憶がおかしいのはあんたの方なんじゃないのか?」
何がどうなってるの…!?明らかに記憶が改ざんされてる!
そっか…多分田村にやられたんだ!
どうしよう…ウリュウのとこに連れて帰りたいけど
ナギが抵抗しそうだし…!
とにかく…誰か味方に相談しなきゃ!
動揺していると、ふいに私の携帯が鳴る。
メッセージ…!フユキからだ!
嬉々として目線を落とすと、私の力は一気に抜ける。
【えっと…どちら様でしょうか?】