リリアになった日
私の中学生活の半分を捧げたと言ってもいいアニメ、
「宇宙戦隊コズミック7」は、架空の都市「東卿」の征服を企む
「ブラックホール団」とそれを阻止するヒーロー「コズミック7」の戦いを描いたアニメだ。
その中でも印象的なのは2期のラスト、
敵幹部の「リリア」が静かに息を引き取る場面。
燃え盛る炎の中に、銀髪に蒼い瞳の少女が横たわっている。
黒い隊服を着た男がリリアの前に来ると、悲しい顔で
「リリア、俺はあなたを一生許せないでしょう」と言い放つ。
そこまで言うのも仕方がない、黒い隊服の男「ブラック」は、
今まで散々リリアにいじめられ、尊厳を踏みにじられてきた。
リリアは、「これは当然の報いだ」と言わんばかりに目を閉じる。
ブラックがリリアの顔に触れると、彼女はまるで眠るように息を引き取った。
「リリア様……ごめんなさい。」
ブラックは震える声で言うと、静かにその場にしゃがみ込んだ。
★ ★ ★ ★
――これが、恐らく私の迎える未来。
回避しなければならない最悪の結末だ。
私は須藤真理愛(14)。
ごく普通のアニメが好きな中学生であった筈なのだが、ある日突然起きると大好きなアニメの悪役「リリア」になってしまっていた。
鏡を睨みながら、頭を抱える。
メイド曰く、リリアは一か月前に階段から落ちて頭を強打したらしい。
恐らくその時何らかの影響で私の人格がリリアの中に入り込んでしまったのだ。
こちらに来てしまったということは戻れる可能性もあると信じたい。
しかし困ったことにこの世界はアニメで放映していた時空よりも3年も前。
14歳のリリアになってしまっているせいで、何度も見たアニメ知識が全く通用せず行動が手探りになっている。
これでは戻る方法はおろか普通に生活することすらままならない。
さらに困ったことに、今の私は他の誰でもない、冷酷な悪役令嬢リリアなのだ。
リリアはコズミック7の隊長であるレッドを殺め、最後にはブラックに殺されてしまう運命にある……
そして何を隠そうブラックは私の最推しであり、心の支えであった。
ヒーローを殺した上推しに殺される未来が待っているなんて絶対に嫌だ。
そんな未来は絶対に回避しなければならない!
しかし問題は案外簡単である、リリアには幹部の席に着くという未来が待っているのだから、ブラックホール団を内部からコントロールして何とかヒーロー達と敵対しない構図に持っていけばいい。
……と、思っていたのだが、すぐに考えが甘かったことを痛感させられる。
「おはようございます! 」
朝、自室を出て使用人達に挨拶をすると、彼女たちは冷ややかな目で私を見る。
「……来たわ、裏切者の妹……」
挨拶を返すことも無く、使用人達は小声でそう囁く。
そう、現状リリアの立場はかなり弱い。
使用人のみならず戦闘員等にも何度か対話を試みたが、私と話してくれる人はいなかった。
姉である「エリヤ」が戦闘員を引き連れてヒーローサイドに寝返ったことで、味方からも疎まれてしまっているのが現状だ。
ここから幹部になって影響力を強めようだなんてもはや夢物語。
今私がやるべきことは「信用の回復」の一点のみ……どうやったら私に裏切りの意志が無いことを示せるだろうか?
悩んでいると、背が高く凛とした顔立ちのメイドが居間の奥から現れ
「おはようございます、リリア様」と挨拶する。
彼女はメイド長のキアラさん、こちらに転生して来てから唯一私とまともに会話してくれるお方だ。
「キアラさん、おはようございます! 」
「頭の傷はもう大丈夫ですか? 」
階段から落ちた時に出来た傷は未だに痛むが、目覚めたときよりは幾分か和らいでいた。
「大丈夫よ! こんなに動いたって全然痛くないわ! 」
軽くジャンプをしながら言うと、キアラさんは手に持っていた封筒を私に差し出す。
「それは何よりでございます、目覚められたばかりの中恐縮ではございますが、ボスから手紙が届いておりますので目を通して頂きたく。」
私は「失礼」と一言断ると手紙に目を通した。
そこには「重要な話があるので総司令室まで来るように」と書かれていた。
重要な話……? 姉について何か聞かれるのだろうか?
しかし、これはいい機会かもしれない。
「ボスと話せる」ということは「話さえ聞いてもらえれば信用を回復できるチャンスがある」ということでもある。
私は意を決すると屋敷を出て、同梱されていた地図を参考に総司令室を目指した。
……
総司令室に入ると、そこには厳格そうな老人が腰掛けており、その隣には若く美しい男性が立っていた。
部屋の中は近未来的でありながらもバロック調の洋風な装飾が施られており、いかにも悪の司令の部屋と言った様子で厨二心が刺激される。
「やあ、よく来てくれた、リリア・グレイシャ」
私を見て、老人が低い声で言う。
この人がこの組織のボス?アニメで見たブラックホール団のボスとは違うみたいだが……前任者だろうか?
「ボス、手紙を拝見し参上いたしました。ご用件は何でしょうか?」
尋ねると、ボスは真剣な顔で
「リリア・グレイシャ、今日から君を幹部補佐に任命しようと思う。
代々グレイシャ家に幹部の座を与えるのがこの組織の決まりだ、エリヤがいない今この席を務めることができるのは君しかいないだろう。」
と告げた。
「え!? 」
幹部補佐……? 今の私は一応戦闘員ということになっているから、もし幹部の補佐に就けるなら大出世だ!
「ありがとうございます! 精一杯努めさせて頂きます! 」
元気よく頭を下げると、ボスは小さく唸った後、
「しかしだね……エリヤの事件が重なったことで君を幹部補佐にすることを警戒している者もいる。そこで暫くこの男に君の教育係をしてもらうことにした。」
そう言って隣に立つ男に目配せをする。
海のような青い髪に白金の瞳……そして何より作り物のような端正な顔立ち。
こんな幹部アニメに出てきただろうか?
「久しぶりだねリリア、僕のこと覚えてる? 」
(あ……ボスの御前とはいえ、団員の人にまともに話しかけて貰ったのは初めてかも。)
「い、いえ……申し訳ございません。」
「それは残念、幹部のウリュウだよ、よろしく」
(ウリュウ!?)
ウリュウは確かアニメで大幹部だった男だ。
アニメでは顔が出てきていなかったが、こんな美形だったとは。
「ゆくゆくはリリアにウリュウの補佐を任せたいと思っている。
君の活躍を期待しているよ。」
ボスはそう言って少し口角を上げる。
と、いうことは、この人は私の未来の上司……ウリュウに取り入ればレッドを殺す未来、ひいてはブラックに殺される未来を回避できるかもしれない!
絶対に気に入られなければ!
……
私達はボスに挨拶を済ませると、指令室を出る。
ウリュウは私のことを無視しないし、何より他のブラックホール団員に比べて優しそうな人相をしている。彼の部下になれたことは幸運だったかもしれない。
「今から俺の屋敷に来れる?そこで少し話をしよう。」
「はい! 」
ウリュウの天使のような笑みに絆され、私は導かれるまま彼の屋敷へと向かった。
「……で、どうなの? 君って裏切者なのかな? 」
ウリュウの屋敷に着くなり、彼は言いながらにっこりと微笑む。
「何ですか急に!? 」
急な裏切り者呼ばわりに、思わずそう声を荒らげた。
「だってさ……怪しいじゃない。リリアのお姉さんってウチを裏切って大勢の戦闘員と出て行った裏切者だよ?妹が無関係だったとは思い難いなあ。」
「そんなことありません! 本当に無関係なんです! 」
「……まあいい、どっちにしたって使えるかは仕事ぶりで判断するのが僕の流儀。リリアの初任務は『戦闘員の育成』だ。
君、僕の管轄してる部署がどんなものかは理解してる?」
ウリュウに尋ねられ、私は「いいえ、存じ上げません」と答える。
「僕が取り仕切っているのは、『医療班』っていう……医療機関を代替する組織なんだけど。
この部署には戦力と呼べるものがなくて立場が弱い。重要な役割を担っている割に、攻撃されたら応援があるまで対処ができなくて……
もしそんなことになったら組織全滅も危惧される。だからウチにも戦闘部隊を作ろうとしているわけ。」
「……その戦闘部隊の育成を、私が行うと。」
「そういうこと。でも君が信用できるか怪しいから、まずはお試しで一名派遣したい。
そいつを一週間の間で僕の部下に勝てるまでに育て上げて欲しい。
そうしたら君は使える奴だって認めよう。」
既にかなり疑われているが、これは潔白を証明するチャンスだ。
「勿論やります! どんな人ですか? 」
今できうる限りの元気な返事をすると、
「ナギ、入って」
というウリュウの言葉と共に顔の大半が前髪で覆われた、自信の無さげな黒髪の少年が入ってきた。
「あの……ナギです。よろしくお願いします。」
ナギはそう言って私に右手を差し出す。
何だか大人しそうな子だ。言ってはいけないことかもしれないが、戦闘を任せてもいいのだろうか?
私はナギの手を握る。すると、首筋に何か冷たいものが走るような違和感を覚えすぐに手を放した。
「――っ!」
「だ、大丈夫ですか!?何か無礼を働いてしまったでしょうか?」
「い、いえ……なんでもないわ!ごめんなさい!」
焦るナギを安心させるように笑いかける。
まるで身が凍るような違和感……さっきの感覚は一体何だったのだろう?
「ナギ、これからよろしく! 貴方を立派な戦闘員にしてみせるからね! 」
気を取り直すと、自信満々に言い放つ。
その様子を見てウリュウがにこやかな笑みをそのままに口を開いた。
「言っておくけど君のことは信用していない。
訓練ついでに彼を君の屋敷に住まわせて監視するようお願いしたから、くれぐれも変な動きは見せるなよ。
裏切ったら……殺す。」
「ころっ……!? 」
私はウリュウの美しい微笑を見ながら、「この人は関わっちゃいけない人だったかもしれない」と胸の中で何度も後悔したのだった。




