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リリアになった日

私の中学生活の半分を捧げたと言ってもいいアニメ、

「宇宙戦隊コズミック7」は、架空の都市「東卿」の征服を企む

「ブラックホール団」とそれを阻止するヒーロー「コズミック7」の戦いを描いたアニメだ。

戦隊ものでありながらメインキャラが死亡すると言った少しシビアな面もあり、中高生を中心に人気を集めており、私も夢中になって放送を追っていた。


その中でも印象的なのは2期のラスト、

目を閉じれば思い出せてしまう程記憶に焼き付いたシーン、

敵の「リリア」が静かに息を引き取る場面。


燃え盛る炎の中に、一人の少女が横たわっている。


黒いスーツを着た男がリリアの前に来ると、悲しい顔で

「リリア、俺はあなたを一生許せないでしょう」と言い放つ。


そこまで言うのも仕方がない、黒いスーツの男「ブラック」は、

今まで散々リリアにいじめられ、尊厳を踏みにじられてきた。


リリアは、「これは当然の結末だ」と言わんばかりに目を閉じる。

ブラックが彼女の顔に触れると、リリアはまるで眠る様に息を引き取った。


「リリア様……ごめんなさい。」


ブラックは震える声で言うと、静かにその場にしゃがみ込んだ。


ーーー


そう、恐らくこれが私の迎える未来。

回避しなければならない最悪の結末だ。


私は須藤真理愛(14)。

ごく普通のアニメが好きな中学生であった筈なのだが、

ある日突然起きると大好きなアニメの悪役「リリア」になってしまっていた。


目の前の鏡を睨みながら、私は頭を抱える。

メイド曰く、リリアは3日前に階段から落ちて頭を強打したらしい。

恐らくその時私の人格がリリアの中に入り込んでしまったのだ。


始めは悪い夢か何かと思っていたのだが、何度眠りについても覚めることは無く、恐らくこれは現実に起ってしまっている事なのだろう。


こちらに来てしまったという事は戻れる可能性もあると信じたいが、

現状それを調べる手立てすら存在せず途方に暮れている状況なのである。


しかも困ったことにこの世界はアニメで放映していた時空よりも3年も前、

14歳のリリアになってしまっているせいで、

何度も見たアニメ知識が全く通用せず行動が手探りになってしまっている。


しかも、最悪な事に今の私は他の誰でもない、

意地が悪くて! 捻くれていて! 冷酷な悪役令嬢リリアなのだ! 


彼女はコズミック7の隊長であるレッドを殺め

後に「コズミックブラック」になる少年がブラックホール団員だった頃に過酷ないじめを行っていて、

最後にはそのブラックに殺されてしまう運命にある……

そして何を隠そうブラックは私の最推しであり、心の支えであった。


そんな彼をこれから虐めるなんて事実だけでも耐え難いのに、ヒーローを殺した上に推しに殺される未来が待っているなんて絶対に嫌!

そんな未来は絶対に回避しなければならない!


かといって今からヒーローの味方をしようと舵を切ってもこんな小娘一人に出来ることは何もない。


ならばリリアには幹部の席に着くという未来が待っているのだから、

ブラックホール団を内部からコントロールして何とかヒーロー達と敵対しない構図に持って行けばいい! 


……と、思っていたのだが、すぐに考えが甘かったことを痛感させられる。


「おはようございます! 」


朝、自室を出て使用人達に挨拶をすると、彼女達は冷ややかな目で私を見る。


「……来たわ、裏切者の妹……」


挨拶を返す事も無く、彼女達は小声でそう囁く。


そう、現状リリアの立場はかなり弱い。

使用人のみならず戦闘員等にも何度か対話を試みたが殆ど私と話してくれる人はいなかった。


原因は姉である「エリヤ」が戦闘員を引き連れてヒーローサイドに寝返った事で味方からも疎まれてしまっているのが現状だ。


ここから幹部になって影響力を強めようだなんてもはや夢物語の域だろう。

今私がやるべきことは「信用の回復」の一点のみ、どうやったら私に裏切りの意志が無いことを示せるだろうか?


悩んでいると、背が高く凛とした顔立ちのメイドが部屋の奥から現れ

「おはようございます、リリア様」と挨拶する。


彼女はメイド長のキアラさん、こちらに転生して来てから唯一私とまともに会話してくれるお方だ。


「キアラさん、おはようございます」


「頭の傷はもう大丈夫ですか?」


階段から落ちた時に出来た傷は未だに痛むが、目覚めたときよりは幾分か和らいでいた。


「大丈夫よ! こんなに動いたって全然痛くないわ!」


軽くジャンプをしながら言うと、彼女は手に持っていた封筒を私に差し出す。


「それは何よりでございます、目覚められたばかりの中恐縮ではございますが、ボスから手紙が届いておりますので目を通して頂きたく。」


私は「失礼」と一言断ると手紙に目を通した。


そこには「重要な話があるので総司令室まで来るように」と書かれていた。

重要な話……? 何だろう? 姉について何か聞かれるのだろうか?

しかし、これはいい機会かもしれない。


「ボスと話せる」ということは「話しさえ聞いてもらえれば信用を回復できるチャンスがある」ということでもある。


私は意を決すると屋敷を出て、同梱されていた地図を参考に総司令室を目指した。


……


私が総司令室に入ると、そこには厳格そうな老人が腰掛けており、その隣には若く美しい男性が立っていた。


「やあ、よく来てくれた、リリア・グレイシャ」


部屋に入って来た私を見て、老人が低い声で言う。

この人がこの組織のボス?アニメで見たボスとは違うみたいだが……前任者だろうか? 


「ボス、手紙を拝見し参上いたしました。ご用件は何でしょうか?」


私が尋ねると、ボスは真剣な顔で

「リリア・グレイシャ、今日から君を幹部補佐に任命しようと思う。

代々グレイシャ家に幹部の座を与えるのがこの組織の決まりだ、

エリヤがいない今この席を務めることが出来るのは君しかいないだろう。」

と告げた。


「え!? 」


幹部補佐……? 今の私は一応戦闘員という事になっているから、もし幹部の補佐に就けるなら大出世だ! 


「ありがとうございます! 精一杯努めさせて頂きます! 」


私が元気よく頭を下げると、ボスは小さく唸った後、

「しかしだね……エリヤの事件が重なったことで君を幹部補佐にすることを警戒している者もいる。そこで暫くこの男に君の教育係をしてもらうことにした。」

そう言って隣に立つ男に目配せをする。

海の様な紺色の髪に薄いグレーの瞳……そして何より作り物のような端正な顔立ち。

こんな幹部アニメに出てきただろうか?


「久しぶりだねリリア、僕のこと覚えてる? 」


あ……ボスの御前とはいえ、団員の人にまともに話しかけて貰ったの、初めてかも。


「い、いえ……申し訳ございません」


「それは残念、幹部のウリュウだよ、よろしく」


ウリュウ!? ウリュウは確かアニメで大幹部だった男だ。 

アニメでは顔が出て来ていなかったが、こんな美形だったとは。


「ゆくゆくはリリアにウリュウの補佐を任せたいと思っている。

君の活躍を期待しているよ。」


ボスはそう言って少し口角を上げる。


と、言う事はこの人は私の未来の上司……

ウリュウに取り入ればレッドを殺す未来、ひいてはブラックに殺される未来を回避できるかもしれない!


絶対に気に入られなければ!


……


私達はボスに挨拶を済ませると、指令室を出る。


しかしこの男は私の事を無視しないし、何より他のブラックホール団員に比べて優しそうな人相をしている。ウリュウの部下になれた事は幸運だったかもしれない。


「今から俺の屋敷に来れる?そこで少し話をしよう」


「はい! 」


ウリュウの天使のような笑みに絆され、私は導かれるまま彼の屋敷へと向かった。


「……で、どうなの? 君って裏切者なのかな? 」


ウリュウの屋敷に着くなり、彼はそう言いながらにっこりと微笑む。


「何ですか急に!? 」


急な裏切り者呼ばわりに焦る私。


「だってさ…怪しいじゃない

リリアのお姉さんってウチを裏切って大勢の戦闘員と出て行った裏切者だよ?無関係だったとは思い難いなあ」


「そんな事ありません! 本当に無関係なんです! 」


「……まあいいよ、どっちにしたって使えるかは仕事ぶりで判断するのが僕の流儀。君の初任務は『戦闘員の育成』だ。

今君の部隊には戦闘員が一人も残ってないからこちらから戦闘員を派遣する。

そいつを一週間の間で僕の部下に勝てるまでに育て上げて欲しい。

そうしたら君は使える奴だって認めよう」


既にかなり疑われてるけど、これは潔白を証明するチャンス……!


「勿論やります! どんな人ですか? 」


私ができうる限りの元気な返事をすると、


「ナギ、入って」


というウリュウの言葉と共に顔の大半が前髪で覆われた、自信の無さげな少年が入って来た。


「あの……ナギです。

よろしくお願いします」


何だか、大人しそうな子……言ってはいけないことかもしれないが、戦闘を任せてもいいのだろうか?


私は彼の手を握る。すると、首筋に何か冷たいものが走るような違和感を覚えすぐに手を放した。


「――っ!」


「だ、大丈夫ですか!?何か無礼を働いてしまったでしょうか?」


「い、いえ……なんでもないわ!ごめんなさい!」


まるで身が凍るような違和感……さっきの感覚は一体何だったんだろう?


「ナギ、これからよろしく! 貴方を立派な戦闘員にしてみせるからね! 」

私は気を取り直すと、満面の笑みで言う。

その様子を見て、ウリュウがにこやかな笑みをそのままに口を開いた。


「言っておくけど君の事は信用していない、

 訓練ついでに彼を君の屋敷に住まわせて監視するようお願いしたから

 くれぐれも変な動きは見せるなよ

 裏切ったら……殺す」


「ころっ……!? 」


私はウリュウの美しい微笑を見ながら、「この人は誰より関わってはいけない人間だったかもしれない」と胸の中で何度も後悔したのだった。

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