2話 ティルス神殿地下1階
真っ白な兎がぴょこぴょこの跳んでいた。
「あ、可愛い兎」
マルダはそれを見て、不注意に近づこうと俺の横を抜ける寸前に肩を掴み止める。
「一角兎」
「え?」
その時、その真っ白な兎が此方に気が付いた。
「やば、盾構えて!!」
「う、うん!?」
マルダは疑問と共に言われた通り、愛嬌のある兎へ盾を構えた。
次の瞬間。
「ドスンッ!!」
その大盾に衝撃が走り、何かを防いだ。
「な、何が」
マルダは恐る恐るその先を見る。
そこには頭を振っている一角兎、額には立派な角が姿を現していた。
「なんと」
タリースはその悪辣な兎に驚きを隠せない。
コイツらは油断させて一突きで殺しに来る性格の悪い兎なのだ。
本の知識に命を救われたと言っても良いだろう。
俺はショートソードを素早く抜き、その一角兎に斬りかかる。
しかし、この一角兎は易々と跳び後退り躱す。
「くそ、小さいから当てにくい」
マルダはタリースを守るように位置した。
「私が動きを止めましょう」
タリースは魔法の杖を取り出して宙に文字を描く。
『地よ泥と化せ』
それは収束して地面に消える。
一角兎は俺へと狙いを定め、脚を折り畳み身体を沈めた。
(来るっ!!)
その様子に覚悟を決めて、盾を構える。
運良く盾で防げますようにと。
一角兎がその溜めた力を解き放つ瞬間、その足元が泥へと変わる。
「!?」
一角兎は驚きと共に力を解き放つも泥によって脚は沈み、また滑って泥の上で転ける。
その隙を逃さぬように振り上げられたショートソードは一角兎に致命傷を与えた。
「ふぅ」
「危なかったですね」
「ここ怖いよ」
俺は安堵の息を漏らす。
「毎回助かりますタリースさん」
「魔法について段々分かってきましたよ」
俺達は未だ地下2階への階段を見付けられて居ない。
「しかし、沢山の人がここに入ってきたと思いますが、未だ会いませんね」
タリースは疑問を漏らす。
「確かに、不思議ですね」
俺もそれについては不思議に思っていた。
「もう既に多くの人達が命を落としているのでしょうか」
「それはどうなんだろう、あそこには武器が沢山ありましたしゴブリンも恐ろしく強いわけではないです」
「僕は誰にも会いたくないな、、」
マルダは当初に勃発した斬り合いを思い出す。
「危険な人も居ますからね」
「確かに」
そんな時、遠くの通路から何やら声らしきものが聞こえた。
「お、の、うが、ったし」
「ゴ、リン、っか、な」
「ん?誰かこっちに来てるのか?」
足音が聞こえ始め、それが大人数である事が分かった。
「どうしましょうかね」
「ちょっと様子見する?」
俺達はマルダの案に乗り、道の逸れた通路角から覗くように待つ。
そして、遂にその人達が姿を現す。
「いやーん、ダンったらエッチね」
「がはは、そのエロい体が悪い」
「あら嬉しい、ここに来る前は踊り子だったから体付きには自信があるのよね」
ガタイの良い強面の男と、金髪の胸が大きい女性。
「お、ゴブリンがお前ばっか狙うのはそう言うことか」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる糸目の男。
「もう男はレイチェルばっかり、私は娼婦だったからテクニックは凄いわよ。骨抜きよ」
その糸目の男の後ろを歩く赤髪ロングの女、服装はかなり際どわい。
「おいダン、お前も今夜試してみろよコイツの穴。悪くねぇぞ」
「なら試してみるか、がはは」
「もうっ私のこと忘れたの?」
それに嫉妬するようにダンの腕に絡みつくレイチェル。
そして、最後尾には2人の男女。
男は女の胸を揉みながら、愉快そうに言う。
「おいおい分かってないなぁ、レイシアの尻は叩きがいがあるぞ。やってると泣くんだよ、ハハハ」
「あの」
「おぉ?胸揉まれて気持ち良いのか、ああん?」
「……はい」
「そうかそうか、ハハハ!!」
男、サルダはその乳首をクリクリと練り始める。
「うっ」
サルダはニヤつきながら顔を俯かせるレイシアを、興奮した様子で眺める。
「本当に変態だなぁ2人とも」
「「お前が言うな娼婦好き」」
その一団は何とも下品で卑猥で、1人を除いて仲良さげに通り過ぎた。
俺はその様子を側から見て思う。
(な、なんて羨ましい!!)
未だクソ童貞の俺には刺激の強すぎる一団であった。
「うわぁ」
「ある意味これも女のビジネスってことですね」
マルダはその一団を驚きの表情で見送り、タリースは苦笑いを浮かべる。
しかし、タリースが気になる事を言っていた。
「ビジネスですか?」
「まぁ、恐らくですが。女達は身を守ってもらう為に男達に媚を売ってるんですよ、そうして代わりに危険な役割をしてもらうんです」
「な、なるほど」
そういう見方をすると、あの一団にいる男に対して同情心のようなものが湧き上がってくる。
「お礼に体を差し出せば、男達も良く働くでしょう」
そして同情心は瞬く間に裏返り、嫉妬心へと進化した。
(何故俺は野郎共と一緒に行動してるんだ?)
欲からの問いかけに対して、理性が答える。
(いや、しかし女が居ても何も出来ないんだろう)
そう考えると、逆に女がいる事で変に我慢しなければならなくなるかもしれない。
またその女がチーム内の他の男とくっついた場合は、そいつらのイチャイチャを見せられる羽目になる。
「絶対に嫌だな」
「ハハハ、私も同意見ですね。愛のない男女の関係ほど醜いものはありませんよ」
「あまり関わり合いになりたくないなぁ」
タリースとマルダはあのような関係に好感を抱けない様子。
「さぁ、先に進みましょうか」
「そうですね」
「うん」
それから少しして、俺達は地下2階へ降りる階段を見つけた。
★
私が幼少の頃、産まれ故郷であるシチリアをローマ軍が襲った。
これを追い返せなかった無能なカルタゴ軍は撤退して私達シチリアの住人を見捨てた。
ローマは私の故郷を支配して横暴を働くようになる。
カルタゴ兵士であった父は先の戦いで命を無くし、商店で店番をしていた若き頃の母は娼婦に身を堕とした。
ローマ兵に買われて乱暴に扱われながらも日々仕事に行き、疲れた様子で帰ってくる母。
貧しい暮らしの中、私にとって母は偉大であった。
月日は経ち、私が14歳の頃に母が性病で亡くなった。
大した貯金もなかった私は娼婦になる事しか選択肢がなかった。
幸い容姿が良く、体型も恵まれた為に高く買われるようになる。
偶に贅沢して甘い物を買ったりもした。
良いお金を貰い、少し贅沢が出来るようになったのはとても嬉しかった。
16歳で浮かれていた若かった頃の事を今でも思い出す。
「あら、そういえばまだ月のものが来ないわね」
生理が遅れ出したが、良くあることだったので気にしなかった。
お店で娼婦達の管理を任されている男が、そのことに気が付き指摘してきた。
「今月はまだ来ていないわね、ただ少し遅れることなんてよくある事だわふふ」
次の月も生理が来なかった。
「いや、待ってください、今月来るはずだから」
男は医者を呼び、その娼婦を調べる。
「妊娠、私妊娠したの?」
私は血の気が引くのを感じた。
この業界では妊娠した女は買われないのが通説である。
客の付かない娼婦には価値はない。
「まって、待ってください!!私妊娠なんてしてないわ!!いや、いや」
男は私を外へと投げ飛ばし、店から追い出した。
貯金があった為、私は楽観的にあった。
いや、現実逃避していたのかもしれない。
何とかなると自分を鼓舞し、昔母がやっていたように商店の店番にでもなれば良いとすら思っていた。
そして誰かと結婚して幸せに暮らせる未来があるはずだと。
お店に行って働かせてくれないかと頼んでみて、断られてを繰り返す。
「ウチは妻が店番やってるから人は要らないよ、知り合いとか親戚に聞きな」
お店をやっている者は基本親戚、知り合いを雇うのだそうだ。
母と父に親戚はいるのだろうが、私は会ったことすらない。
誰が親戚なのか、どこに住んでいるのか分からない。
じゃあ、知り合いは?
娼婦の?
私は途方に迷う。
「どうしよう、お客さんに雇ってもらえないかな」
以前に肉屋を営んでいると自慢げに語っていた男を思い出す。
彼は私のお客さんであったのだ。
その肉屋の名前は確かに覚えており、人々に尋ねながらそこへ向かってみる。
そこには幸せそうに女性と話している私のお客さんがいた。
勇気を出して話しかけに行く。
この男とは何度も交わったのだ、無碍に扱われることなんてないと思った。
事情を話してお願いすれば、助けてくれると。
私は余裕ある表情を作り言った。
「アース、久しぶりね」
話しかけられたお客さん、アースは私の顔を見て少し怖い顔をした。
「っ、あ、貴方と少し話したいのだけど、、」
「あなた、彼女は?」
隣にいる女性が冷たい目をしてアースに尋ねる。
「あ、ああ、彼女は羊農家の娘さんだよ。ほらここにあるのもそこからのものだ。何か僕に伝言でもあるんだろう」
「羊農家、ピッチャースの、、なるほどね。確か娘さんがいるとか言ってたわね」
「そ、そうだよ、ちょっと店番を頼む。僕は彼女から話を聞くよ」
「わかったわ」
アースの妻は手を振って彼らを見送った。
私はお客さんと少し歩いて店から離れ、人気の少ない所まで歩いてきた。
「妊娠したんだって?」
アースは単刀直入に尋ねてきた。
「っ!?な、何で知っているの?」
「実は昨日の夜に娼婦店へ行ったんだよ、君について尋ねたら彼らがそう言っててね」
「そ、そうよ。私妊娠したの」
「へぇ、それで俺の子だとでも言いたいのか?俺の家族との関係を壊すと脅しに?」
アースは怖い表情で力強く肩を掴んだ。
「いや、そんなことするわけないでしょ。違うのやめて痛いからやめて」
「あぁなんだ、ごめんね勘違いしたみたいだ」
私はこの期に及んで、彼の怖い様子に言い出すか悩む。
しかし、もう切羽詰まっている。
「それで、その、私を店番として雇って欲しくて」
「……君本気で言ってるの?」
「そうよ、、ちゃんと働くわ!!それにやりたければ毎晩犯って良いのよ!!」
私は勇気出して言い切った。
「ハハハハハッ」
それを嘲笑う彼に怒りが込み上げる。
「私は本気なのよ、何で笑うの!?」
「そりゃ笑わずにはいられない、だって君が馬鹿すぎるからね」
「なっ」
「良いか、2度と俺の店に近づくな売女。あと忠告だ、子持ちなんて雇うものはいない」
「ッ!!」
その言葉は何よりも重く心を殴り、溢れ出る涙が化粧を汚す。
私は衝動のままに彼へ平手打ちしようとした。
振り上げられた手を彼は掴み、私の頬を握り拳で殴る。
「いっ!?」
鈍い音と共に初めての衝撃が頭を揺らして、腰の力が抜けて地面に倒れる。
口の中に血の味が広がった。
「次俺に近づいたら殺す」
その本気の目付きに心が凍り、何も言い返せずに地面を見詰め続ける。
お客さんは私を置いて、去っていった。
「私、何で」
私、何でこんな目に遭うのかしら。
何が良くなかったのお母さん、、。
助けてお母さん。