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利成君の葛藤

「フローライト第三十話」

利成に見捨てられたような気持ちになって、翔太への思慕がどんどん大きくなってしまった。


それと同時に、利成の女性関係に関して自分はよほど我慢していたんだと気づいた。本当は苦しかったのに、ずっと我慢していた。それは私も翔太が好きなんだから仕方がないとどこかで思っていたからだ。自分も悪いのだと必死で自分を納得させていた。


──  俺きっと明希を抱きたいだけなんだ・・・ 。


──  私も翔太と同じこと思ってる・・・ 。


身体がうずいた。翔太に抱かれたかった。でも多分、それをしたら本当に終わる。利成だけじゃなくて翔太とも終わる気がした。


(だって二人はあの時の思いを晴らしたいだけだから・・・)


翔太の思いが晴れれば自分などもう必要なくなるだろう。今の明希にはそれがよくわかった。


(どうしたい?)と明希は自分に聞いてみた。


(終わってもいいから翔太への思いを晴らす?)


(それとも今までのように利成の女性関係に我慢して、表面上は幸せな顔をして生きる?)


どちらも選べない・・・どっちも破滅の道だ。


翔太に抱かれたいことを我慢するか、利成の女性関係を我慢するか、こんな選択肢自体がバカらしい。


いつも本当の心を出さずに計算された優しさで取り繕い、それによって起きる衝動的な歪みを女性とのセックスで処理してきた利成・・・。


──  最上階の景色に惹かれてあそこを選んだけど、今度は地上に降りたいな ・・・。


ふと利成の言葉を思い出した。じっと何十分も海を見つめていた利成の心には何が映っていたのだろう。


(利成の言うそれぞれの持つフィルターは一緒に共有できないの?)


ううん、そうじゃない・・・フィルターなんていらないんだ。そんなものいらない。全部取っ払ってしまえば、直接利成に触れられるじゃないか・・・。


 


夜にテレビをつけた。何の気なしにチャンネルを変えていたら突然利成の顔が映った。


(あれ?)


利成はほとんどテレビには出ない。でも今日はテレビの中にいた。


「再結成ということでしょうか?」と司会者が利成にマイクを向けている。


「いいえ、まったく新しいメンバーです」と答えている利成。


「そうなんですね、では久しぶりのバンド結成でどんな感じですか?」


(バンド?)


初耳だった。利成はほとんど仕事の話を家でしない。こうやってテレビに出るのも知らないくらいだ。


利成の歌が始まった。明希は利成の歌を久しぶりに聴いた。カラオケで一生懸命利成の歌を練習した日を思い出す。


それは激しい歌だった。歌の中に没頭している利成の姿が明希の心を打つ・・・。


ああ、そうか、許そうと努力することがすでに利成との間に透明な仕切りを作って、もう互いの声が聞こえなくなるんだ・・・。だって子供の頃はそんなものなかったよね?


そして翔太への思いを否定すればするほど、それが逆に翔太への思慕に繋がってしまった。


だって今はこんなに近くに利成を感じている・・・。


(利成・・・)


明希は利成の歌を通して直接利成の中に入れた気がした。


 


その夜利成が帰宅した時、何だか今までと全然違う感覚がした。でもそれは言葉では言い表せない。


「ただいま」と利成が言う。


「おかえりなさい」と答えた。


「ご飯は?」


「ん・・・軽く食べたけど、何か作った?」


「うん、じゃあ、スープだけでも飲む?」


「そうだね」と利成が言う。


 


「今日の利成、すごくかっこよかった」とテーブルに着くと明希は言った。


「何?見たの?」


「うん、たまたまテレビつけたよ。教えてくれればいいのに」


「まあ、いちいち言わなくてもね」と言いながら少し嬉しそうな利成。


「バンド組んだの?」


「まあね」


「そうなんだ、全然知らなかった」


「明希は俺のニュース見てないでしょ?」


「え・・・そうだね、ごめん」


そう言ったら利成が笑顔になって「でも、そういう明希だから今まで一緒にやってこれたんだよね」と言った。


「そう?」


「うん」


 


夜、利成より先にベッドに入って部屋の中を見回した。そして今までのことを思った。


あの週刊誌の記事に出ていた“セックス恐怖症”を直してくれたのは利成だった。あんなに激しい利成が辛抱強く自分に付き合ってくれた。それはやっぱり宝物・・・。あの色鉛筆のオレンジ色はもうないけど、利成が明希の心を色んな色で塗ってくれたのだ。


寝室に利成が入ってきた。入浴の後でまだ髪が濡れている。


「あのね、利成」とベッドに入って来る利成に言った。


「ん?」と利成が枕に頭を置いた。


「私、ここにいるよ」


そう言ったら利成が明希の顔を見た。


「ここって?」


「利成のところ」


「・・・・・・」


「いい?」


どうしてだろう・・・利成が少し顔を歪ませて泣きそうな表情を一瞬見せた。明希は布団の中に入って利成の顔を見つめた。


「俺もここにいるよ・・・明希のところに」


利成が言った。


もう微妙なバランスなんて必要ない。だっていつでも私は利成と一つになれるんだもの・・・。


「やっぱ引っ越そう」といきなり利成が言った。


「ほんとに引っ越しちゃうの?」


「うん、今度は一緒に家を探そうよ」


「うん・・・」


「明希はどんな家がいい?」


「んー・・・どんながいいかな・・・」


「ここは俺が勝手に決めちゃったからさ、今度は明希が決めていいよ」


「えー・・・どうしようかな」


「明希」と呼ばれて利成の方を振りむくと「ありがと」と言われた。


明希も笑顔で「私もありがと」と答えた。


利成・・・また始めからスタートだね・・・・・・。

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