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「あ、いたいた」


 声と共に後ろから肩を叩かれる。振り返るとコウが笑顔で立っている。


「お早いお戻りで」


 胸の真ん中にフォークが刺さっていたにしては復帰が早い。一晩しか経っていない。


「急ぎでお願いしたからな」


「治療を急いでもらうと、別料金か発生するのでは?」


「ああ、お陰で金欠だ。カナデちゃんに手伝って貰わないと、生活が立ち行かないので一緒に来なさい」


「・・・は?」


 何故私が手伝わなければならないのか。


 コウは疑問に思う私の首元を掴んで事務員さんの所まで引っ張る。


「懸賞金付の給与高め、お願い」


 そう言って、事務員さんに向かって自分の右目の下瞼を下げる。ついでに舌も出す。


 事務所さんは無表情にコードリーダーのライトを当てて、プリントアウトされた用紙をコウに渡した。


「おぅ、凄いの来たな。行くぞ」


 そのまま首元を掴まれて連れ去られる私。


「納得行かない。何で私が手伝いを?」


「連日の高額医療費、誰のせいだと思ってんの?」


「自業自得」


「そんな訳無いよね?気分損ねただけで半殺しとか無いよね?」


「『気分損ねただけ』って所がおかしい。意義あり」


「おかしくない!良いから来なさい!」


「・・・」


 コウの勢いに、負けた。




「メイクした事ある?」


 化粧品を私の目の前に広げてコウが聞いた。私は左右に首を振る。した事は無い。興味など無かった。


「良いね。テキトーにやってみて」


 そう言って私に道具を押し付ける。


 よく分からないながら、1番手前のチューブの蓋を開ける。赤ん坊が付けるシッカロールの様な匂いがした。色は肌色。それを手のひらに伸ばして顔に塗りつけた。


 アイシャドウを瞼に伸ばして口紅を塗る。ビューラーを使ってみるものの上手く出来ない。早々に諦めてそのままマスカラを付けてみた。これまた上手く行かない。鏡を見ると瞼に黒い線が走っていた。


 苛立ちながら瞼を拭き取る。もう一度肌色のチューブを伸ばしてアイシャドウを塗る。さっきより慎重にマスカラを付けて、今度は何とか成功した。


 一息付いて鏡から距離を取って改めて自分の顔を見ると、酷いものだった。


「酷いな」


 そのままの感想が口から出た。


「いや、理想的だ」


 コウはそう言って満足気に頷いた。


 そして、私に透明なビニールに包まれた服を渡す。仕方が無いので着た。


 私は自慢じゃ無いが背が低い。同時に渡されたヒールの高い靴を履いても160には届かない。レンタルのカクテルドレスは7号、それでも少し大きい。


「もうちょっと中身にボリュームが欲しい所だな」


 着替えた私を見て、頭から爪先迄ゆっくり視線を流してからコウはそう言った。うるさい。


「・・・行かないよ?」


「いやいや、可愛いヨ?可愛いからお願いします」


 先に着替え終わっていたコウを見る。


 コウは長身の美丈夫。大体何を着ても似合う。勿論今もドレッシーなスーツがとても似合っている。中身の軽さが滲み出てはいるが。


 私は溜め息を吐きながら、先に行くコウに付いて行った。



 目的地に着いても、コウはターゲットの事も、どう動くかも、何も言わない。


 私は仕方なくコウと腕を組んで入り口へと向かって歩く。


 高層ホテルの一室。広いパーティー会場。


 中の賑わいを感じながらボディチェックを受ける。武器は持ち込めない。色々仕込んであるモノは、バレずに中に入る事が出来た。


「で?どれ?」


 オーバーアライバーがゴロゴロいる会場だった。


 私は周囲を見回しながらウエイターからアルコールの強い飲料の入ったグラスを一つ受け取る。


「真ん中のアレ」


 コウはあらぬ方向の壁側の美女に手を振りながらそう言う。3台並ぶルーレット台の真ん中の事だろう。有名なオーバーアライバーが2人のボディガードを従えて鎮座している。


「ロリコンで有名よ?」


 コウのその言葉に、私の脳裏を嫌な予感が過ぎる。


「・・・そういうの苦手だけど」


 そう言った私の右手を取り、中指に指輪を嵌める。


「はい、御守り。あの辺りが良いかなー?」


 窓際から延びる通路を指差して、「じゃ!」と私から離れて行った。


 私は再び溜め息を吐いた。


「何割か貰いますからね」


 呟いてグラスの中身を半分捨てて、残りを一口含んでブクブクと口をゆすぐ。ペッと吐き出してから、ヨタヨタと頼りない足取りで真ん中のルーレット台へと歩き出した。


 ボディガードは1人が長身、もう1人が中肉中背。


 長身の方にぶつかった。ぶつかった反動で「その人」に寄り掛かるように倒れる。少しグラスの中身を零す。


「あっ・・・」


 アルコールの匂いのする息を「その人」の顔に向かって吐き出す。


「すみません・・・」


 小声で謝って頭を下げて、またヨタヨタと歩き出す。窓際から延びる通路に向かって。


 時折人にぶつかりながら。


 アプローチはした。これで来なかったらもう知らない。帰る。十分働いた。


 そう思って歩く。


 その時、窓際から延びる通路へと向かう途中にぶつかった違う人に声を掛けられた。


「君、大丈夫?大分飲んでるのかな?休める所迄連れてってあげるよ」


 違う。お前じゃ無い。


「あ、大丈夫です。一人で歩けますから」


 やんわりと断るも、中々引き下がらない。


「でもふらついてて危ないよ?」


 30代位の男の人だ。その人は私を支えようとウエストに腕を回してくる。


 男の息が顔に掛かる。近い。不愉快。迷惑。


 いやいや、あんたじゃ無いのでやめて下さい。


 そう言いたいのに言えない。困ったな。


 その時、救いの手が30代男の肩にかかった。


「君、その子は私が運ぶから大丈夫だ。私に任せなさい」


 見上げると、「その人」だった。


 ・・・結局来たか。


「へ?あ、あなたは・・・」


 驚く30代。


 「その人」が私のウエストから30代男の腕を外し、なんとそのまま私を姫抱きした。そのままUターンして私を運び始める。窓際から延びる通路とは逆の方向に。


「あ、あの、私歩けますから」


 私はびっくりしてそう言い、降りようともがく。


「遠慮はいらないよ、私の部屋で休んで行きなさい。運んであげるよ。君軽いね」


 エロい顏で下心丸出しだ。予定していた通路から遠ざかり、エレベーターに向かって行く。


 通路からコウが顔を出すのが見えた。明らかに焦った顔。しかしすぐに切り替えてエレベーターを指差した。


 そ・こ・で。


 コウの口がそう形作る。


 私は頷き、大人しく抱き抱えられてエレベーターに乗り込んだ。

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