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 コウは私の頭を優しく撫でてくれる。コウの手からは土の匂いがした。




「この花壇、借りてもいいかな?」


 彼は、家に住み始めたその日から、庭の端にある空いた花壇に種を植え、植物を育てている。


 私は植物に詳しく無いので何を育てているかは知らない。その植物の成長がとても早いな、と思う程度の興味。


 彼は朝夕と一日二回、忘れずに水を撒き、雑草を抜き、マメに面倒を見る。


「何を育てているの?」


 そう聞いた私に、


「秘密」


 と、教えてくれなかった。


 別に知りたくて聞いたわけでは無いから良いのだが、少し腹がたった。


 だけど、荒れ果てて目を背ける存在だった庭の一画が、きちんと手入れされて整えられている様子を見るのは気持ちの良いものだし、悪くは無い。


 こんな、死の溢れた世界で何かを育てるという行為が、寂れた心に潤いを与えてくれたのかも知れない。私は、植物を育てるコウに対して少しだけ好意を持った。


 少しだけ、だ。




 頭上から溜息が降って来る。


「ふぅ・・・」


 何かな?と思った瞬間、私のウエストにコウの腕が回り、グッと引っ張られた。


「わぁっ!」


 驚く私に構わず、コウは私を肩の上に担ぎ上げる。


 コウは毎晩就寝前にトレーニングを欠かさない。ランニング、筋トレ、ストレッチ。体力も筋力も私とは比べ物にならないほど高く、そして背も高い。


 コウはそのまま部屋から出て階段を降り、まるで荷物の様に一階に運ばれる私。コウは終止無言。ちょっと怖い。


 ダイニングに着いた。私は椅子に降ろされる。コウの大きな体に振り回されて視線が揺らいだまま暫く治らない。酔ったように少し気持ち悪い。


 私が少しの間動けないでいると、その隙にコウはテーブルの上に手早く配膳した。


 フォーク、スプーン、グラスに冷えた炭酸水、大皿のチキンサラダ、冷製スープ、そして取り分け皿。


 2人分、向かい合わせにセッティングしてコウは自分の席に着く。そして立ち上がって、私の前に並べたスプーンを掴むと、スープを掬い私の口に突っ込んだ。


 良く冷えたヴィシソワーズの味が広がる。


「美味しい」


 呟いた私に「だろ?」とドヤ顔。


「俺が作ったんじゃ無いけどな」


 座り直して自分も食事を始める。


「すぐそこのデリバリー。近辺じゃそこが1番美味いわ」


 言いながら棚からバゲットの入った籠を引き寄せる。自分と私の皿に一つずつ乗せると、豪快に噛み付いた。


「食わなくても死なないけどさ、ココロは痩せ細って行くもんよ?ちゃんと食え」


 別に、ココロが痩せても構わないのに。頭ではそう思うものの、体、と言うか舌が次を求める。私は、スプーンでスープを掬って次から次へと口に運んだ。


 私のそんな様子をみて、満足気なコウ。「奢りな」と上から目線で言った。


 腹立たしい。


「しっかり食ってさ、やれよ。償い」


 ・・・。


 何で、コウにそんな事を言われなければならないのだろうか。償う、償わないは私の自由なのに。昨日も一昨日も言われた気がする。苛立ちが増す。


「放って置いて」


 私は小声で言った。


 コウはチキンサラダを取りながら(私のお皿にもよそってくる。要らないのに)聞く。


「何でそんなカタクナな訳?」


 私は答えたく無いから黙っている。


 もし、もしもだ。ジェイが居ない間に、私の償いが終わってしまったら?


 そして私が殺されてしまったら・・・?


 想像しただけで泣いてしまいそうだった。


 黙り込んで俯く私の顔を覗き込むコウ。


「・・・ジェイの事、待ってるつもり?」


 私は何も答えない。


 だから何?コウには関係ないのに。


 コウは天井を見ながら呆れた声で言った。


「こんだけ帰って来ないんだ。もう償い終わって死んでんじゃね?」


 ・・・。


 ブチッと音を立てて私の中で何かが切れた。


 コウはヤベッという顔をしたが、もう遅い。


 私はグラスの中の炭酸水をコウの顔に掛ける。


 コウが目を閉じた隙にフォークを取り、コウの胸目掛けて思い切り投げる。


 ヒット。


 フォークはコウの胸、左右の肋の間に見事刺さった。


「うっ・・・」


 コウはくぐもった声を上げる。


 私はすかさずダイニングテーブルを蹴り上げ、浮かんだカトラリーの中からコウのフォークを掴み取り、椅子ごと仰向けに倒れたコウの胸に刺さったフォークを踏み付ける。


「ぐぅぉ!」


 断末魔の様な声を出すコウ。私は、刺された箇所を守ろうとして丸くなったコウの首筋に、手に持ったフォークを刺そうとした。


 コウの左手がそれを阻む。私の手首を握り締めて止めた。反対の手で首を絞めようとするも、コウの右手がこちらも手首を掴んで止めてくる。


 顔を上げたコウと、私の目が合う。


「く、空気読めない事言って悪かったよ・・・。あや、まる。ゴメン・・・」


 私は、目から涙が出て来るのを感じた。


 戦闘中は涙が出ない。相手が見えなくなると戦えないから。どんなに辛くても、どんなに悲しくても自然と出なくなるのだ。そして、安全だ、と脳が判断すると出て来る。


『一種の才能だよね』


 ジェイはそう言ってくれた。


 ジェイ・・・、会いたい・・・。


「カ、ナデちゃん・・・痛い。救急車、よん、で・・・」


 涙を流す私の前でコウが哀願する。


 償いが終わるまで、私達は死なない。死なないけど怪我はするし、切ったり折ったりしたら痛みは感じる。痛みが酷ければ、気絶もする。今コウは気絶寸前だ。


 私は、体から力を抜いた。コウの手からも力が抜けて左右にだらりと落ちた。


「医療費は自分で払ってね」


 私は、泣きながらコウの為に救急車を呼んであげた。

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