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3.後輩の衝撃発言

「セフレって……若いって、色々余裕があるのね……」

「え? 余裕? ないない、ないですよ。本命彼氏欲しいですもんっ。それまでの割り切ったお付き合いです。そう言う綾子さんだってまだ若いんだから、一晩だけの相手だったとか、ありますよね?」

「え? 私? そんな一晩だけとかないわよ」 


 何だか興味津々な顔を向けて来る萌ちゃんに、私は顔を赤くしてそれ以上何も答えず、さっさとお茶を淹れて自分の席に戻ろうとした。

 

 萌ちゃんと咲良ちゃんはまだ小声で話しており、時折咲良ちゃんの「言った方がいいよ」と言う声も聞こえて来ていた後に、咲良ちゃんがにんまり顔をして私に聞いてくる。


「綾子さん、萌の相手、誰だと思います?」


 萌ちゃんが慌てて咲良ちゃんを止めようとする。

 

「咲良さん! だから秘密にしないといけないんですってば!」

「だって、間違って綾子さんがクズ男に引っかかっちゃったらどうすんのよ!」

「先輩が引っかかるわけないじゃないですかぁ~」


 二人の様子にさすがに私も気づいた。


「ん? 萌ちゃんのセフレって、もしかしてこの会社の人なの?」


 咲良ちゃんが嬉しそうに言った。


「実は広報課の嵯峨係長なんです!」


 え、っと声を出しかけた瞬間、お局様の呼ぶ声が響いた。


「お茶を淹れるのにどれだけ時間かかってるの! さっさと業務を始めなさいっ!!」


 私達はコップを持って急いで席に戻り、無言でパソコンを打ち始める。

 ただ私はその後、頭が真っ白で、今自分は何をするべきかが分からなくなってしまった。


 咲良ちゃんはお局様が席を立ったのを確認し、私に向かって小声で言ってきた。


「綾子さん、嵯峨係長にはじゅーぶん気を付けてください」

「あはは、はぁ、はい……」


 私の心にとても重い鉛が落とされ、パソコン画面や資料を何度読んでもまったく頭に入ってこなくなった。


 なんとか午前の仕事が終わり、昼食の時間になると、フロアの全員がランチに出払ったのを見計らって嵯峨にメッセージを送る。


『仕事終わり会える?』

『ごめん、今日残業になる』

『遅くても良い。話がある。いつものファミレスで待ってる』

『了解』


 既読になってからの返事が少し遅かったが、会う約束は出来た。

 もしかしたら今夜、私は失恋するのかもしれない……。


 ——退勤後、私は約束のファミレスにいた。

 場所は八丁堀。会社から離れていて、なおかつ私の通勤路線である京葉線の駅が近い。嵯峨はそう言って、いつもこのファミレスを選んでいた。

 彼の家は渋谷で真逆なのに、気遣って私が帰りやすい場所をわざわざ選んでくれていたと思っていたけど、丸の内で働くうちの社員が退勤後に行く所といえば、東京駅から新橋駅あたりまでの間だ。八丁堀で食べようとは、まずならない。色々な思惑で、誰にも見られたくなかったのだろう。


「そもそも、ファミレス……」


 考えれば考える程悲しくなってきた……。


 思わず顔を伏せっていると、大好きなあの声が聞こえた。


「ごめん、だいぶ待った?」


 顔を上げれば、嵯峨が息を切らせてこちらを見て立っていた。


「あれ? 残業って……」

「いや、メッセージの様子がおかしかったから、明日に回してきた」


 嵯峨はそう言いながら対面に座り、コートを脱いだ。

 会社からここまで走って来たのか、かなり息切れしていた。


「走って来たの?」

「ああ、当たり前だろ。それで話って?」

「あのね、秘書課の萌ちゃんとセフレなの?」


 嵯峨は私の言葉を聞いて、明らかに表情が青ざめ、瞳孔が僅かに開いた。

 つまり、黒だった……。


「本当だったのね……」

「待って、綾、違うんだ。ちゃんと君とは将来を考えてる」

「君とは!? ごめんなさい、別れましょう……あなたは私と付き合っていたつもりはなかったと思うけど」

「綾っ!!」

「お支払いよろしくっ!!」


 私は立ち上がりながら伝票をテーブルに叩き置いて、足早に店を出た。

 と、同時にヒールを脱いでカバンに入れ、最寄りの八丁堀駅ではなく東京駅に向かって複雑に道を変えながら猛ダッシュをする。

 今頃彼はレジで足止めを食らい、その後店を出てすぐ目の前の八丁堀駅に向かうだろう。それだけでも十分撒けるはずだが、念には念を押し、東京駅へ戻って電車に乗ろう。

 

 無事に嵯峨を撒き、東京駅で少し時間を潰してから、帰りの電車に乗った。始発駅なので座る事も出来、ぱんぱんになった自分のふくらはぎを労わる。

 

 私の恋は終わった……三十路手前で。


 三十手前で掴んだ恋が一瞬で終わり、虚しさに鼻の奥がツンとして喉元が熱くなってくる。

 こんな時に限って、千葉・浦安方面へ走り進む電車の窓の外には、キラキラと輝く遊園地、夢と魔法の王国が見え始めてくる。


 ああ、もしかして、私はこのあと、王国から異世界転移してくるロマンスファンタジーを目の当たりにするのか……。


 『ご乗車ありがとうございます——』


 電車の扉が開くと、夢の国で戴冠されたカチューシャを頭につけたままの、プリンセスとプリンスが大量に乗車してくる。

 荒んだ私の顔はまさにヴィランだろう。人の恋愛に寛容になれない今の私は最大MPを保持している。私の呪いを受けたいプリンセスがいれば、目の前に立っていちゃついてみろ!


 荒み切った心でそんな妄想を広げていると、自分の前に一人の可愛いプリンセスが立った。

 彼女は頭にティアラをつけて、ピンク色のプリンセスのドレスを着ている。

 そして彼女の後ろには、国王陛下と王妃殿下が、彼女を人混みから守るように立っていた。


「ぱぱ、また行こうね」


 プリンセスは振り返り、無垢で無邪気な笑顔を国王陛下にむける。その笑顔に、国王陛下と王妃殿下は幸せに溢れた笑顔を見せた。

 

「ああ、また行こう」


 このプリンセスは、清らかな心を持ち、国王陛下と王妃殿下の深い愛情に守られ、心の荒んだ三十路手前の女の呪いを受けることはない。

 

 ずっと憧れている、温かい家族の姿だった。


『ご乗車ありがとうございます——』


 夢の国の隣の駅で慌てて飛び降り、ホームで涙を拭った。

 

 あんな温かな家庭を築きたい。私と違って、子供が子供らしくいられる、お金で苦労させない、温かな家庭を築く。幼かった頃の私が憧れ描いていた家庭。それが最終目標……。


 私は一頻り泣きじゃくったあと、顔を上げ、両手で頬を叩き、気合いを入れた。


「まだ二十九! イケメンハイスぺ社長令息がもうすぐ来るじゃない。嵯峨なんかよりも超超優良物件! お局なんて怖くないわよ!」

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