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 はるばる村までやって来たが、もう山に入るには遅い時刻だった。存外に深い山だという。もうじき陽が暮れる。うっかり奥に潜り込み、出られなくなったら大変だ。

 長閑な村は、稲刈りの時期だった。田では黄金色の稲穂が、ずっしりと重たげに首を垂らしている。豊かな山は、多くの山菜や木の実に恵まれ、鹿や猪の肉も手に入る。細々と、しかし村人たちが堅実に暮らす村だった。

「あんた、町から来なすったんかえ」

 茶店の軒先でのんびり団子を食っていると、隣に村人の老人が腰を下ろした。一仕事終え、茶を飲んで休むところらしい。

 そうだと答えると、「ここは米が美味い。たんと食って帰れよ」茶をすすりながら教えてくれた。

「あの山に、屋敷があると訊いたんですが」

「屋敷?」指さす先の山を見ると、老人は眉をひそめた。「山の中に屋敷とな」

「ええ。梱屋敷というそうです」

「阿呆なこと言いなさんな。山の中に小屋はともかく、屋敷なんぞあるはずがない」

「なんでも、中には宝が隠されているとか。一生遊んで暮らせるほどの値打ちがあるそうですね」

 すると老人は顎を撫でつつ「その話か」と呟いた。

「あんたさんも、宝が欲しいんかいの」

「宝よりも、そんな不思議な屋敷をひと目見たいと思いまして」

「実際に屋敷を見たというやつはおらん。話があるだけじゃ。宝を持ち帰ったという昔話だけでな」

「それから、誰も屋敷を見てはいないのですか」

 少し考えて、老人は重たげに続ける。

「稔という、村の若いもんが屋敷を探しにいったが、それきり帰ってこん。村総出で山狩りもしたが、結局見つからんかった。屋敷におる何かが、稔を食っちまったんだろうなあ」

 何かとは、と尋ねようとすると、「もしくは、狸か狐に化かされたか」そうしんみりと言った。

 思わず吹き出してしまった。狸や狐に化かされる。一体いつの時代の話だろう。しかし老人は至って真面目な表情だ。「村の名前を知っとるか」

「この村ですか? 十間(とま)村ですよね」

「十間の広さしかないとは、大袈裟よの」喉を鳴らして老人は笑う。「しかし本当の名は、十間村ではないのだ」

「えっ」思わず上ずった声が漏れた。そんな話は初耳だ。「では、なんというんです?」

「鼬村だ」

「いたち……。それは、一体」

 言いかけて気が付いた。老人がこちらをじっと凝視している。目からは白い部分が消えていた。ただ真っ黒な真ん丸な目を向けたまま、にんまりと口を三日月の形にした。

 鼬となった老人をじっと見つめる僕の目からも、白目は消え失せているはずだ。この村に、本当の人間は何人いるのだろう。いや、そもそも一人だって存在しているのだろうか。

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