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8-竜と小鳥の羽の差は

ほとんど痕跡を残さずに逃げても見つかったのと同じように、よじ登ってくることもエルドには止められやしない。


すっかり打ち解けられたと思われているのか、まったく遠慮なくじゃれてくるマルタを、彼は嫌々ながら受け入れるしかなかった。


最初こそ振り払おうとしていたものの、今では完全に諦めて横になっている。無事に頭の上へ乗ることのできた彼女は、満面の笑みだ。


「ねぇねぇ、エルドさん!

それで、結局だいじょうぶなの?」

「何がだ、小娘マルタ」

「小娘は余計だけど、まぁいいや。

えっとね、少しうなされていたじゃない?

いつもと違って呼吸もしてたし」

「うなされていたかは知らないが、普通の睡眠だったからな。無呼吸は消耗を防ぐ長期間の眠りだ。体調は良い」

「そっか、ならよかった」


エルドの答えを聞くと、角を操縦するかのように握りしめていたマルタは、数回揺らしてからパタンと伏せる。

竜の鱗はそれなりに硬いはずなのだが、クッションに乗っているのかというくらいリラックスしていた。


彼の黄金の体にかかる、少女の長めの銀髪。

客観的に見れば、これ以上ないと断言できるほどに調和具合だ。


しかし、彼女はここに来るまでにいくつかの準備していたので、いつまでもダラケてはいない。

すぐに起き上がると、顔を覗き込むようにして本題に入っていく。


「それじゃあ早速だけど、お話をしましょ!」

「さっきからやっているコレは何だ?

そのお話とやらではなかったのか」

「本日の議題はこちら! 鳥と竜の羽の違いとはなにか!?」

「うむ、俺の話を聞く気はないんだな。了解だ。

というか貴様、俺の翼を治そうとしていないか?

どうせ無駄になるからやめておけ」

「それを知るために、わたし達はエルドさんの羽という未知の領域によじ登るのであった。わぁ、かったーい!」

「おい、話を聞けよ小娘……って、おい! まさかよじ登ってきたのもそのためか!? 無駄のないやつだな!」


頻繁にツッコまれているというのに、会話の流れはまったく止まらない。気心の知れた仲であるかのように、無理やり話が進められ、事はトントン拍子に決まってしまう。


すると当然、エルドは再度振り払おうという動きを見せるが、結局はそれも完全に無駄に終わっていた。

本当に落ちたら怪我して危ないからと、手加減しているうちに、彼女は翼の根本まで到達している。


もし痛むのであれば、当然マルタは配慮してすぐにやめるだろうが……そうでなければ、きっとこのまましばらく竜の翼というものをじっくり観察するだろう。


そしておそらく、彼もここまで来たら無理には止めないはずだ。口では毎回拒否しているものの、やはりここまで追ってきたことで、相当心を許しているようなのだから。


事実、彼はわざわざ観察しやすいようにと翼を広げながら、大人しく横たわっている。


「ちっ、そう長く時間をかけるなよ。鬱陶しい」

「それは約束できないかなー。だって、見たいもん!」

「ガキか! おう、ガキだったな」

「え、勝手に納得しないでよ」


小娘ではなくガキと言われたことで、なぜか一瞬テンションが元に戻ったマルタだったが、観察の手は止めない。

さっきまでのクソガキムーブだけをやめて、真剣な表情で翼を見つめていた。


とはいえ、ちゃんと観察したからといって、大人や専門家のように完璧に理解できる訳ではないのだが……


「ふぅーむ、なるほどねー。ほーほー、ほぇー」

「おい、貴様。さては何もわかっていないな?」

「だからマルタだってば。あと、何もってことはない!

わたし、ちゃんと観察してるもん!」

「すればわかるなら学者はいらねぇんだ、バカが」

「バカって言った方がバカなんだよ!

それに、わたしには秘密兵器があります!

ねーねー、リュックから本取ってくれない?」

「なんで我がそんなことを……」

「降りてまた登るのめんどくさいじゃん」

「はぁ、ったく……」


翼の辺りからそんな要求をされると、エルドは思いの外素直に応じて手を伸ばす。人より大きく爪も鋭いが、気をつけていれば、力加減を間違えて裂いてしまうこともない。


もちろん、人の手よりも細かなことは苦手なので、より時間はかかるのだが、開けて中身を取るくらい可能だ。


マルタが暇して騒いでいる中。今までになく難しい顔をしている彼は、観察中なこともあって、わざわざ竜の姿のままで本を取り出し渡した。


「ほら、これでいいか」

「ありがとー。けど、まさかこんなに時間かかるなんてね。

あなたって割と不器用なの?」

「貴様の目は節穴か? 俺は竜種だぞ?

この大きな手でこんな小さいものを扱えるとでも?」

「思ってなーい!」


本を受け取ったマルタは、それを落とさないように気をつけながらも転げ回り、ケラケラと笑う。

もう完全に仲のいい友人だ。早くもおもちゃにされている。


その反応を見たエルドは、堪らず渋い顔をしていた。

だが、やはりもうかなり心を許しているらしい。苦々しげにしていながらも、特に拒絶したりはせずに目を閉じる。

ひしゃげた翼は、観察しやすいように広げられたままだ。


「さーて、小鳥さんの羽と比べながら観察しよっかな〜♪

これを使えば、より分析しやすくなるというものよ!」

「勝手にやってろ、我は寝る」

「はいはーい! ……さて。えっとー、さっきも思ったけど、まず羽毛の代わりに鱗で硬いんだよね。

折れた部分ってのはここら辺で、かなりいびつ。

だけど、この皮みたいなところは切れてないから、継ぎ羽みたいなことは必要ない……? あくまでも羽が折れてるだけで、なんとかしないといけないのは骨折……」

「……? さっきの戯言は一体……?」


本を片手に観察を再開したマルタは、さっきまでの曖昧な言葉は何だったのかと言いたくなるような分析力を見せる。

おまけに、必要以上に患部に触ってもいないため、折れた翼に影響もない。


当然痛みもないので、彼女の声のみで状況を判断していた彼は、流石にスルーできずに目を開けていた。


「ちなみに、落ちた時には翼膜も破れていたぞ。

嵐に引き裂かれ、雷には貫かれ、ズタズタだ」

「え゛……!? それって、3年くらい前の話だよね!?

ズタズタだったの!? 治るの早くない!?」

「年数など知らん。俺はずっと寝ていたからな。

だが、特別早くはないとは思うぞ。神秘の中には、一瞬で手足を再生させてしまうような化け物もいる。極まれば、体を失っても生き続ける、いわゆる精神生命体のように成る者もいると聞く。我はまだ若輩故、そこまで強くないがな」


エルドの告白に、マルタは思わず目を丸くして声を荒げた。

もちろん実際に見た訳ではないが、ズタズタとまで表現されたのだから、想像できるのは原型を留めていないレベルで穴だらけの翼だろう。


それを思えば、ここまで大きな反応になるのも無理はない。

しかし、彼としては常識の範囲内のようだ。

当たり前のようにしれっと言い放ち、沈黙が満ちて少し間が空いてから、何かを予感したように目を瞑る。


「……!? 前も思ったけど、それはあなたみたいに物語に出てくるような、伝説の生き物の話?」

「まぁ、大体そんなところだ。もう少し大きくなれば、誰かに教えられるんじゃないか? いや、必要がなければ習いはしないか……? 俺は人間の方針など知らないが」

「……この世界って、思っていた以上にファンタジーね」

「ちなみに、この翼はたしかに俺の肉体の一部だが、後天的なものだ。俺は竜ではなく竜人なのでな。竜化の際に自然と付いただけで……」


目を閉じたままのエルドは、マルタの言葉をスルーしたまま滔々と言葉を紡ぐ。その直後、さっきまで少女が掴んでいた翼は溶けるように消え去り、痕跡すらなくなっていた。


「このように、消すこともできる。

竜化自体、己の神秘を完全に制御した結果だからな」

「……!!」


さっきまで確かにあったはずの翼が消えて、マルタは呆然とした様子で手を虚空に泳がせる。

何度行き来させても、決して翼を掴むことも見ることもできない。


エルドは心なしか誇らしげにしていながらも、瞑目したまま我関せずといった態度を貫いていた。


「せっかく羽を治す方法探してたのに、消えちゃうのー!?」

「う、うるさいな……!! 声が響くだろうが!!」


わずか数秒後、洞窟内には少女と竜の叫び声が轟く。

反響した音は森にも響き渡り、小鳥たちは素早く避難を開始していた。


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