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7-竜の逃避行

マルタに自らの種族を明かし、それでもカッコいいと褒められたエルドは、静かに目を閉じる。


何でもない風を装っているものの、真っ直ぐな言葉に少なからず思うところはあったのだろう。


これまで通りであれば、用が済んだらすぐに帰れと追い返しそうなものだが、今日はこの場にいることを許すかのように大人しく寝転がっていた。


おそらくは種族の特徴として、明らかにプライドが高そうだった彼だが……だからこそ、竜じゃなくてもカッコいいという言葉は刺さったのかもしれない。


結局その後、エルドは彼女が帰る時まで何も言わず、さらに帰っていった時には片目を開けて見送っていた。


「……よし。帰ったな」


しかし、それは単に心を許したから見送った、という訳でもないようだ。少女が洞窟から去り、足音も完全に消えた頃。

彼は物音を立てないよう慎重に体を起こすと、入り口から顔を覗かせる。


誰がどう見ても人目を……マルタの目を気にしている行動で、だが瞳はいつもより輝きを放っていた。


明らかにいつもよりいい雰囲気で交流できていたはずなのだが、どうやらこのまま逃げるつもりらしい。

エルドはしばらくジッと外の様子を伺ってから、やはり音を立てないように気をつけながら、ノシノシと歩き出す。


「竜人でも変わらず敬うというのは見どころがあるが、飛べない者でも気にしないのは逆に落ち着かないからな。

それに、結局名前を教える羽目になって……この先に何を話させられるかわかったものじゃない。どう転んでも振り回されるに決まっている。付き合ってられるか」


村とは逆方向を向いて歩くエルドは、ブツブツと文句を言いながら次の住処を探す。

竜属のプライドというやつはどこへ行ったのか、もう完全に口では彼女に勝てないと認めたようだった。


もちろん、マルタは彼が不利になるようなことをするつもりはないだろうし、口論も負けたというよりは認めてしまっただけなのだが……


騒がしいことや疲れることに、変わりはない。

確実にこれからもしつこく絡んでくるため、情けなくも柔軟に逃避行を決めたようである。


「はぁ、あの洞窟は中々に快適だったんだがなぁ。

少し手を加えるだけで済んだから、楽でもあった。

あんな場所がそう安々と見つかるものだろうか。

そういえば、小娘は何年も前に落ちてきたとか言っていたな。俺はそんなにあの場所にいたか? せいぜい半月だろ」


エルドはこの地域に落ちてから、ずっとあの洞窟にこもって眠っていた。そのせいで、経過した時間はもちろんのこと、暮らしていた周囲の環境もほとんど知らないようだ。


もっとも、彼――竜人のように寿命がない生物の場合なら、起きていても時間感覚がおかしくなっているだろうが……

ともかく彼は、どこに向かえばいいのかもわからないまま、ろくに生物のいない森の中を突き進む。


最初の洞窟の周辺には、彼がいる影響で他の生物はほとんど寄り付かなくなっていたのだが、移動すれば生態系が変わる。


小動物や鳥は悲鳴を上げて逃げていき、そこまで素早くない獣は木陰や草むらの中で唸り声を上げていた。


「なんだ、貴様ら。我に貴様らを狩るつもりはないぞ?

もしかして、俺を本物の竜だとでも思っているのか?」


神獣の類に含まれる竜人であるため、エルドにとってこの森の生物は基本的に格下ばかりだ。

とはいえ、あからさまに逃げられたり敵意を向けられるのは、当然好ましくない。


ズシズシと森を揺らしながら闊歩する彼は、瞬く間に散っていく気配や刺すような敵意を一身に受け、不快そうに表情を歪めている。


「……むぅ。本来の姿に戻った方がいいか? しかし、本質は変わらないぞ。強さで怯えているのなら、特に効果は……

それに、この姿は我が一族が研鑽の末に辿り着いた境地。

まともな日常生活を送るのなら、たしかに人の姿の方が便利ではあるが……そのつもりがない以上、気が引ける。

まぁ、不快ではあるから少しは溶け込んでおくか」


落ち着かない様子で独り言を呟いていた彼は、やがて素直に環境に順応することを決め、オーラを抑える。

他を圧倒するような神秘的な存在感、威圧感などを、この森にいてもおかしくはないくらいに。


もちろん、迸るオーラを抜きにしても巨大で恐ろしい竜の姿をしているため、まだ逃げ出すものはいるのだが……

少なからず、周りの反応もマシになっていた。


「ふん、こんなところか。

では、引き続き寝床を探すとしよう」


まだざわざわとしている森の中を、エルドは変わらず堂々と進んでいく。それと同時に、少なくない動物たちが散る。

本来こんな森にいるはずのない強大な神秘は、ただ歩くだけで意図せず森の環境を激変させていた。




~~~~~~~~~~




夢を見る。かつて、まだ自分の翼が折れておらず、いずれは一族の長となることを期待されていた、輝かしい頃の夢を。


それは、ひたすらストイックに己を高め続ける天竜族に生まれた者として、何よりも誇らしいことだ。

大人達からは常に期待の目を向けられ、同年代からも羨望の眼差しや嫉妬などを向けられる。


他の者と同じように、彼も竜人らしく強いプライドを持って鍛錬を積んでいたから。どれだけ苦しい道のりでも、それは間違いなく満ち足りたものだった。


だからこそ、その落差に彼の心は砕かれる。

翼が折れて飛べなくなったことで、途端に興味をなくす大人達。同年代の、見下したような眼差しに侮蔑の言葉。


あからさまに蔑まれることになった彼は、それでも飛ぼうと足掻くしかない。戦いの舞台にも立てなくなった自分が悪い、飛べずに地を這う自分が醜い、軟弱な自分に価値はないのだと。


しかし、翼が折れている以上、まともに飛ぶことなど不可能だ。晴れの日、雨の日、風が強い日に限らず、彼は里の中でひたすら落ち続け、里の者に笑われ続ける。


最終的に、彼は嵐の力を借りようとして、無謀にも里を吹き飛ばすような雷雨の中に飛び出していった。


暗く、恐ろしく、呼吸すらままならない地獄の中で。

幸か不幸か、最初のうちは飛ぶことができていた。


だが、そんなまやかし長くは続かない。

嵐は決して飛行の助けになるものではなく、むしろ気まぐれに牙を剥く。進行方向すら見えず、たまに雷が輝いたと思えば、それは翼を穿つ攻撃だ。


足掻いて、足掻いて、足掻いて、足掻いて。

やがて彼は、剣舞のような雷に貫かれ――


「エルドさん、だいじょーぶ?」


土地勘のないエルドは、結局行き当たりばったりに森を歩き続け、前よりもこじんまりとして窮屈な洞窟に腰を落ち着けた。


そこは、狭い上に見つけにくく、つまりは外敵からも見つかりにくい場所だ。しかし、彼が一晩経って目を開けると、目の前にはなぜか昨日のようにマルタがいる。


逃げる姿など、見られていなかったはずなのに。

逃げる予兆すら、見せていなかったはずなのに。

なんの手がかりもなく、見つけにくい場所で気配なく眠る彼を、なぜか普通に見つけていた。


これには、流石のエルドもあ然とするしかない。

しばらく言葉を失って彼女を見つめた後、ようやく力なく首を傾げて言葉を紡ぐ。


「……? …………? 貴様、なぜここにいるんだ?」

「貴様じゃなくてマルタねー。

いきなりいなくなって、すっごい探したんだから!」

「いや、探して見つかるものか? 普通……」

「たしかに、エルドさんまったくこんせき残してなかったよね。そんなに大きいのに、足あと1つなかった」

「まぁ、気をつけていたしな。それに……いや、そんなことはどうでもいいだろう。貴様、そんな状況でどうやってこんなに早く……はっきり言って、異常だろう。

なんだその有能さ。小娘のくせに」

「小娘じゃなくて、マールーター!」

「はぁ……とんでもない小娘に目をつけられてしまったようだな、俺は。ええい、乗るな乗るな!」


よくわからないが、とにかくマルタは自力であっという間にエルドの居場所を見つけたことだけは確かである。

彼はすっかり諦めて脱力し、よじ登ってくる彼女を鬱陶しそうに振り払おうとしていた。


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