6-黄金の苦難を受け止めて
――俺の翼はとっくに折れてんだ。
「……ふぁ」
何とか餌付けに成功し、多少はエルドの心を開くことができた翌日。結局あの後すぐに帰っていたマルタは、彼の言葉を思い返しながらベッドで体を起こす。
時刻は朝8時過ぎ。決して寝坊したというほどではないが、普段から規則正しい生活をしている彼女からすれば、かなり遅い起床だ。
あの黄金の竜――エルドが実は純粋な竜ではなく、竜人であるということ。彼の翼はとっくに折れており、もう飛ぶことはてきないのだということ。彼自身がどう思っていようと、竜の里では飛べないことを理由に見下されていたこと。
あの短時間に様々なことを知ったせいで、少なからず思考がごちゃついてしまっているらしい。
起きてからも、中々ベッドから出ずにぼんやりと窓の外を眺めて考え込んでいた。
「エルドさんが竜人ってことは、まぁ後でくわしく聞くからいいとして。折れた羽、どうにかならないのかなぁ。
多分、ずっとこの村にいるのも、居心地が悪いってこと以上にそもそも帰る方法がないんだろうし」
彼女は彼の言う竜の里というのがどこにあるのか、正確には知らないだろう。だが、飛ぶことを至上とする種族であるのなら、飛べないと帰れない……少なくとも、帰りにくい場所にあると考えるのが普通だった。
仮に帰る手段ではなくとも、治ったとして帰りたいかは別だとしても。本来は飛べるのに飛べないというのは、元から飛べない少女からしても辛いことだ。
竜を探して会いに行った理由は、小さい頃から御伽噺や物語が好きで、伝説の存在に憧れていたからだが……
周りの友達が拗らせていても、それだけ純粋に信じているのだから、苦しんでいる彼を放ってなど置けない。
あれだけ口が上手くとも、まだ子どもで医術など知らない身でありながら、なんとかしたいと考えているようである。
「でも、お医者さんを連れて行く、なんてできないよねぇ。
おこられちゃうし、エルドさんもいやがりそう。
そもそも、危ないって思うだろうしこうげきしそう」
子どもは危ないからと遠ざけられているため、存在を信じないような子もいるが、大人からすれば竜などの神獣や魔獣の存在は一般的ではある。
とはいえ、それはいることを知っているというだけ。
相当実力のある者でなければ恐れるのが普通で、また普段から交流がない地域の人ならば、まずは警戒するだろう。
エルドは友好的なマルタですら拒絶したのだから、身構えている医者など絶対に近づかせない。
現状、大人に頼るのは難しいことだった。
「とりあえず、ママに聞いてみて……
本とかで調べたり、お医者さんにも聞いて……
最終的には、わたしが自分でやってみるしかないかなぁ」
大人の力を借りつつも、頼りはしない。
結局このような結論に至ったマルタは、ようやくベッドから出て着替えを始めた。
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「小鳥の羽が折れていたら、どうやって治せばいいか?」
これからの方針を決めてから、数十分後。
朝食を食べ終えたマルタは、その片付けなどをしていた母親にさり気なく翼を治す方法を聞いていた。
竜と小鳥ではまったく違うが、羽は羽である。
母親としても、先日の冒険で小鳥でも見つけたのだろうと、特に怪しんだりしていないようだ。
むしろ、本当にしていた冒険をごまかす効果すらあるため、完全に油断していることだろう。
「うん! もし人が治すとして、どうやるのかなって」
「詳しくないからなんとも言えないけど……人の腕とかなら、固定しておくのが普通よね。あとは、ズレてたりしたらまずそれを元の形に戻すとか。基本はそんなものじゃない?」
「そっかー」
何も疑わず、適当に思いついたことを教えてくれる母親に、マルタは軽い調子で返事をする。
あくまでも少し気になっただけ、治せるなら治したいというくらいで深刻じゃない、という風に。
その質問をどう思ったのか、母親は片付ける手を止めることなく話を続けていた。
「なぁに? そういう小鳥を見つけたの?」
「うん、まぁね。でも、難しいかなぁ。
無理はしないから、心配しないでね」
「小鳥なら別に心配しないわ。ただ、あんまり気に病んじゃダメよ。もしも飛べないまま、死んでしまったとしても」
「だいじょーぶ!」
母親の心配を元気に弾き飛ばしながら、彼女は再びリュックを背負って玄関に向かう。今回はまず図書館や医者のところに行くため、そこまで大荷物ではない。
餌付けは続けるが、必要ないと言われているのだから、途中で少し買っておけばいいのだ。終始まったく怪しまれることなく、少女は堂々と村の中に駆け出していった。
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「折れている小鳥の羽は、どうやって治すのか?」
家を出てから、数時間後。
図書館に寄ってから小さな病院に来たマルタは、母親の時と同じように医者に質問をしていた。
母親は話は置いておくとしても、書物によってもう最低限の知識は手に入っているのだが……それはそれだ。
専門家の話は有益なので、彼女は変わらず真剣な瞳で目の前の医者を見つめている。
「うーん、僕も動物を専門にしている訳じゃないけど……
まずは安静にしておくのが大前提として、無理に餌を与えるのは良くないかな。場合によっては温め……どうかした?」
「う、ううんっ、なんでもない!」
実際は小鳥ではなく、竜なのだが……
症状は同じ骨折である以上、医者が言う対処法などはそう大きく変わりはしないだろう。
そのためマルタは、あまり無理に食事をさせてはいけないという話を聞き、あからさまに目を逸らしていた。
しかし、なんでもないと言われれば医者が追及できはしない。首を傾げながらも、そのまま話は続けられる。
「そう? なら続けるけど……小鳥なら、小さな棒とかで固定して、羽根がかけてたら継ぎ羽とかが必要になるかな」
「継ぎ羽……」
「うん。足りない部分を、人の手で補うんだ」
「なるほど、ありがとうございます!」
「どういたしまして。良ければ連れてきてね」
「はーい!」
竜の翼は小鳥と違って羽毛がない。いや、まったくない訳ではないのかもしれないが、少なくともメインではない。
あの翼を構築しているのは、膜や鱗などである。
そのため、ここで得た継ぎ羽という方法は使えないだろう。
だが、少なからず助けになったことは事実なので、マルタは元気にお礼を言いながら病院を後にした。
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母親、図書館の本、本職の医者。調べられる範囲で調べ尽くし、自分にできることをすべてやったマルタは、店で適当に食べ物を買ってから再び森に歩を進める。
実践できることは少ないだろうが、問題ない。
治したいという気持ちも嘘ではないが、せめて食事を持っていくことを拒否された代わりに、洞窟に遊びに行く理由になればいいのだ。
3回目ということで、より迷いなく速いペースで森を歩いていく彼女は、大義名分を持って堂々と突き進む。
名前や種族も聞けたのだから、これからもっと仲良くなれるだろう。期待に胸を膨らませる少女の歩みは、とても楽しげで弾むようだった。しかし……
「……あれ? なんか、いつもとふんいきが違う。
いつも呼吸はしてなかったけど、少しはあった気配もなくてなんだかこの空間が死んでるみたい……」
昨日も見たはずの洞窟の前まで来ると、途端に表情を曇らせてしまった。見た目に変化はない。そのはずなのだが、彼女は敏感に変化を感じ取っているらしい。
事実、少しスピードを上げたマルタの目には……
「あーっ、いなーい!! あんなに一生けん命治し方を探してたのに、逃げられたーっ!!」
昨日まではたしかにいたはずが、今では空っぽになった竜の巣が飛び込んできていた。