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5-竜は少女を受け入れて

わざわざ2日連続でやってきたマルタの目論見通り、竜を餌付けして心を開かせるという作戦は、概ね成功だ。


自分で奪い取ったもの、もしくは献上品として、彼はマルタが持ってきた食事に渋々ながら口をつけていた。

そして、一度食べ始めてしまえばハードルは下がり、その後の展開も進めやすくなる。


昨日追い返してことや、決して仲良くならないという宣言はなんだったのか。結局彼は、少女を追い返すことなくすべての料理を平らげ、満足そうに腹をさすっていた。


「ふぅ、久々に食事をした。矮小な人間の料理だったせいでかなり物足りないが、まぁ仕方あるまい。

ひとまずは満足としておこう」


巨大な体を持つ竜なのだから、もちろん満腹とまではいかないだろう。しかし、久しぶりの食事との話なので、味自体には相当満足していること間違いなしだ。


口では悪態をついているものの、その様子を見ているマルタには通用していない。空になった容器やシートを片付けながら、ニコニコとしている。


「それなら、次はもっとたくさん持ってくるわね!

全部食べてくれたけど、好ききらいはないの?」

「おい、小娘。なんでしれっとまた来ることになっている!?

俺……我は貴様と馴れ合うつもりはないぞ!?」

「さんざん食べたくせに何言ってるの? 今さらじゃん」

「我は貴様から施しを受けたつもりはない。

食物を奪い取った。もしくは献上品を受け取っただけだ。

前者ならば貴様は逃げ帰るべきで、後者ならしばらく不必要だろう。ということで、次などない。さっさと帰れ」


直前までは、割と夢中になって彼女が持って来てくれた料理を食べていた竜だが、食べ終われば元通り。さらなる餌付けを画策する少女に、またも拒絶的な態度を取っていた。


もちろん、威圧感は餌付けされる前ほどではないが……散々食べたことについても、思いの外冷静に言い返している。


だが、マルタもまったく臆しはしない。

素直に受け止めれば正論である言葉に、いたずらっぽい笑顔で反論していた。


「あなたはうばい取るどころか、ケガしないように注意してくれてるじゃない。それに、神様に献上品をささげたなら、わたしにご利益とかあってもいいと思うなー。

王様とか姿形のない神様じゃなくて、ちゃんとお話ができる竜さんなんだから、お話くらいさせてよ。

食べるだけ食べて帰れなんて、ひどいじゃん」

「おい、我は献上品を受け取っただけで、施しは……」

「えー? あなたは御伽噺に出てくるような竜なのに、食べるだけ食べて追い返すなんてはじ知らずなことするの?

わたし、今回のご飯でおこづかいなくなっちゃったのに」

「っ……!! それは、貴様が勝手にやったことだろう!?」

「だけど、わたしのお金で食べたでしょ? 物語に出てくるような竜さんなら、優しさには優しさで返してくれるわ。

自分本位に追い返したりなんてしない。

あなたが本当に野蛮な竜ではなくて、神様みたいにすごい竜さんだって言うんなら、器の広さを見せてよ」

「む、ぐ、ぐ、ぐ……」


繰り返し仲良くすることを拒否する竜だったが、物語に出るような竜、本物の神様みたいな竜……つまりは彼の一族自体や誇りを持ち出されると、途端に勢いをなくす。仮に……というか実際、マルタが勝手にやったことだとしても。


それを受け入れて言及までされた以上、ただ追い返したら、自分自身でももらうことしかできない恥知らずだと認めざるを得なくなってしまうこと確実だ。


彼女の子どもらしからぬ口の上手さ、お膳立てを含めた交渉に、竜は苦々しげに表情を歪めながらも拒絶を諦めていた。

食事のために起こしていた体を横たえ、諦めたように瞑目している。


「食事は、もう本当にいらん。今回に限り、話は聞く。

質問があれば、まぁある程度は答えてやる。

これで我慢しろ。いいな? 小娘」

「だーかーらー、わたしはマルタだって」

「チッ……これでいいな、マルタ!!」

「いいでしょう!」


名前を呼ぶまで譲らなそうな少女に、黄金の竜――エルドは、苛立ちをぶつけるようにその名を叫ぶ。

洞窟の天井からパラパラと塵が降ってくるくらいの大声で、大人でもチビるようなの威圧感だ。


しかし、やはりマルタにはまったく通用していない。

彼は最後まで食事は断り続けていたというのに、次回もまたしれっと持ってきそうな雰囲気で胸を張っている。

この体格差で、信じられないくらい堂々としていた。


プライドを刺激され、ある程度は受け入れるしかなくなっているエルドは、もはや呆れるしかない。

生物としてなら災害になるのは彼の方だろうが、ことコミュニケーションに限っては、明らかに彼女の方が災害だった。


「じゃあ、まずはあなたの名前を教えて?」

「……俺の名前はエルドだ」

「へぇ、エルドさん! カッコいい名前だね!」

「そりゃそうさ。この俺の名前なんだからな。

覚えたなら、日々この名を支えに我を崇め奉れ」

「ほーん……この名を支えに、ねぇ。それってつまり、あなたを信こうするくらい身近な存在になってくれるって‥」

「おい、お前勝手に解釈を広げんな。

俺は今日以降、お前と関わるつもりはない」

「まぁ、それは追い追いねー」


またもや言いくるめられそうになったエルドは、ギョッとしたような顔になって話をぶった切る。

ずっとそうではあるが、ペースは完全にマルタのものだ。


ゴロンと寝転がって笑っていた彼女は、もうキレられないと軽く確認してから、金の体に登っていく。


「あなた、なんでこんなところにいるの?

わたし、何年も前に落ちたのを見たんだけど……」

「その話はしたくない……と、言いたいところだが。

また乗せて飛べと言われても面倒なんでな。

特別に教えてやる。俺の翼はとっくに折れてんだ。

あの日は嵐を使って無理やり飛んでみたが、それだって結局このザマ。もう飛べやしないんだよ」

「そっ、か……なんか、ごめんね」

「ふん、気にするな。むしろ、すっきりした。

俺の里では、弱者と飛べねぇやつは見下されたからな。

誰にも辛いこととして話せなかったんだ。

話さなくても見下されるが……話せばより蔑まれる」


ようやくあの嵐の夜の話を聞けたマルタは、申し訳無さそうに眉尻を下げる。だが、その後に告げられた彼の事情……落ちた原因になった理由は、さらにキツい話だった。


申し訳無さはあっという間にどこかへ消え、どう思えば良いのかと困惑したような表情で固まってしまう。


「……聞いてると、ちょっとひどい場所?」

「いいや? 最終的に居心地が悪い場所になったが、そりゃ翼が折れたからだ。竜人として、俺はあの里を誇りに思う。

ひたすら己を高め続ける、我が一族を」

「……竜、人? 竜じゃなくて?」

「俺が一度でも竜と言ったか? たしかに竜属ではあるが、決して純粋な竜そのものではない。我はあくまでも、人が竜の特性を持ったモノ――俗に亜人と呼ばれる類の者だ」

「ほえぇー……」


洞窟で横たわるエルドは、硬い鱗や鋭い爪、牙に、ひしゃげてはいるものの綺麗な翼まで持っている。当然、尻尾も人が持つものではないし、おそらく二足歩行でもなく四足歩行。

黄金の甲殻に光を反射する姿は、正真正銘の竜だ。


しかし、彼が言うにはあくまでも人の一種なのだと。

既に竜の里の話を聞いて固まっていたマルタは、彼の種族について聞いたことで、本格的に動かなくなってしまう。


逆に、正体を明かしたエルドは落ち着かない。

振り落とさないレベルで微妙に動きながら、少し悲しそうな目で言葉を紡ぐ。


「……俺が竜じゃないのが、そんなに残念か?」

「う、ううん! そんなことないよ!

むしろ、もっとうわーってなる!!」

「それは引いているような気がするが……」

「一応は人なら、なんで竜の姿なんだろうとは思うよ。

けど、本当に! カッコよさは変わらないと思う!!

竜人だって、御伽噺に出てくるような伝説の存在だし」

「……そうか」


マルタの真っ直ぐな答えを聞くと、エルドは心なしか嬉しそうに目を閉じる。どうやら、今日の話はここまでのようだ。


まだ上に乗っている彼女は、あからさまに残念そうだが……

見た目と違って、本質が同じ人間であるならば、きっとより問題なく仲を深めることができるだろう。

この先の未来は、明るいものになるに違いない。



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