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2-黄金の夢

自由な空を夢に見る。晴れ渡った青空を、風が心地よい荒天を、血が昂る雷雨の空を。


それは、彼の一族にとって何よりも尊ぶべきもので、彼らが長い年月をかけて高めてきたものだ。


仮にも、竜に属するものなのだから。

単純な強さと合わせて、飛行能力の高さはそれぞれの個体の尊厳にも繋がる。思うように飛べないなど、プライドが許さない。


だから、彼は飛ぶ。たとえ翼が折れていても。とっくに飛行能力を失い、雷雨に揉まれてもただ余計にひしゃげるだけだとしても。


これまでの研鑽が、竜種としての誇りが、生まれながらに持つ本能が。果てしなく広がる空を、求めてしまうから。


それでなくとも、立場を失った竜は見下されてしまうから。

嵐を利用するなどという無謀な手段を用いてでも、彼は果てしない空へ――


「……い。……かな。……ない……」

「グルル、生体反応に、声……?」


長く眠りについていた竜は、自分の体の上で駆け回っている小さい生物の気配や、その声によって意識を覚醒させる。

何年も微動だにしなかったこともあって、すぐに動くことはなかったが……


工芸品のように静止したまま、神経は研ぎ澄まされて周囲の様子を探っていた。


(人間の、ガキ……? その他の気配はない、か)


眠っていた間も、特に危害を加えられることはなかったのだから、もちろん様子を見ている間にも危険はない。

目を閉じたまま意識だけを外に向けた竜は、ゆっくりと分析して外敵はいないと結論づける。


しかし、そうやって落ち着いていられるのも、少女の言葉にちゃんと耳を傾けるまでの話だ。

自分を遊具かなにかのように使っている子どもに、ようやく意識を向けた竜の耳に飛び込んできたのは……


「竜がいたってしょーこに、爪とか羽とか取れないかなぁ」


とてもそのまま放置することなどできない、自分の体の一部を切り離して奪おうとしている声だった。

しかも、もう既に採集は始まっているらしい。


危険がないかと周囲を警戒していたため、さっきまでは気にしていなかったが、どうやら彼女は、鱗に足を引っ掛けて翼を引っこ抜こうとしているようだ。


運が良ければついでに鱗も取れるし、このまま引っ張り続ければ羽も取れるという、より証拠を手に入れられる可能性が高い手段を取っている。


もし本当に死骸だったなら、きっと翼は抜けていただろうし、場合によっては鱗も取れただろう。

それに気が付いた竜は、慌てて声をかけながら動いて生きていることを主張した。


「おい小娘……我はたしかに竜属だが、まだ生きているぞ」

「……!!」


少女は竜の体に乗っているため、ようやく目を開いた彼の目に姿は映らない。だが、予想に反して話しかけられたことと動いたことで、驚いている気配がありありと感じられた。




「うわぁ、本当にいた……」


洞窟内で眠る黄金の竜を見つけたマルタは、その美しい姿に目を奪われながら、ほうっと息を吐く。

親も友達も、これまで誰も竜がいること……少なくともこの村に竜がいることは信じてくれなかった。


だが、ようやく森を探検することが許された彼女は、こうして実際に竜を目撃したのだ。感動しない方がおかしい。

その竜を探しに来たというのに、しばらくはまともに動けず呆然とそれを見つめることになる。


「やっぱり、竜はいたんだ。それも、この村に。

あの嵐の夜に落ちてきた、黄金の竜が」


数分間、恍惚とした表情で竜を眺めていたマルタは、やがて頭を振って我に返ると、ゆっくりと洞窟に入っていく。

標的は動く素振りを見せないが、竜は竜。


普通に考えれば危険な存在だし、もしかしたら食べられてしまうかもしれないのだから、当たり前である。

物音を立てないようにスカートを握りしめながら、石や草に気を付けて慎重に硬い地面を踏みしめていった。


「大っきい……」


竜の眼前まで来たマルタは、再び立ち止まる。

大人ならもっと警戒したのだろうが、無邪気な彼女は本当に目と鼻の先まで近付いていた。


相対するのは、まったく動かないとはいえ全長20メートルはある巨大な竜。もし生きているなら、助かる可能性など0に等しく、近付いたこと自体が命を捨てる行為でしかない。


しかし、少女は多少緊張した様子を見せながらも、大人なら不可能なくらい大胆だ。


恐る恐る鱗に手を伸ばし、起きそうにないとわかるや否や、顔まで回り込んで口や鼻にまでペタペタと触れていく。


「……起きない。息も、してない?

もしかして、もう死んじゃってるのかな……」


あまりにも怖いもの知らずな行動だったが、そのお陰で彼女は竜の状態をより詳しく知ることができた。


それは置き物のように微動だにせず、息もしていない。

普通に考えると、もう死んでいると考えられるような状態である。全身を覆っている鱗も、当然冷たい。

ツヤツヤとしており、本物の金や宝石のようだ。


それを確認したマルタは、少し残念そうにしながらも速やかに次の行動に移っていく。すなわち、とても運べないくらい大きな竜から、竜を見つけた証拠を手に入れる採集だ。


「息してないなら、生きてないよね? ちょっと残念だけど、生きててもどうしていいかわからなかったし……

うん、見つけたしょーこだけゲットして帰ろ」


既に動かない置き物のようなものと認識しているのだから、マルタに遠慮などない。彼女は迷いなく鱗に足をかけると、それらの出っ張りを使って竜の体をよじ登り始める。


「うーん、爪とか羽とか取れないかなぁ」


今回のように竜を見つけたとして、周りの人に信じてもらうためには何が必要か。それはきっと、明らかに普通の生物がもたない鱗や翼を手に入れることだろう。


竜の体によじ登った少女は、少し悩んでからその両方を取るために足を鱗に引っ掛け、手で翼を握る。


だが、とっくに死んでいるなら簡単に取れそうなそれらは、中々本体から剥がれない。そうこうしているうちに、洞窟内には威圧的な声が響き渡った。


「おい小娘……我はたしかに竜属だが、まだ生きているぞ」

「……!!」


声は森中に聞こえる程の音量ではないが、それでも洞窟内は満たされた。急に音圧で制されたマルタは、ビリビリと苛む音に否応なしに耳を塞がされる。


空気が振動していてわかりにくいが、体も震えているようだ。それほどの圧を、敵意を、眠っていた竜は放っていた。


とはいえ、この状況で何もしなければ、不審者でしかない。

きっと食べられてしまうだろう。そのため彼女は、震える体をどうにか抑えながら声を絞り出す。


「しゃ、喋った……生きてたの……?」

「当たり前だ、無知なガキめ。

我らのような神秘は、基本的に死ぬことがないからな」

「へー……!! ねぇ、わたしマルタ。あなたを探しにきたの。

もっと色々教えてくれない? 食べてもおいしくないから」

「まずは人の体から降りろ、無礼なガキめ。

そして、我はもともと人間など食わん。侮辱するな」

「ご、ごめんなさい」


最初の敵意は何だったのか。思いの外まともに会話してくれる竜に注意され、マルタは彼の体から滑り降りる。


その時も、わざわざ降りやすいように体の角度を調節してから静止している辺り、威圧的なだけで普通に良い人……もといいい竜のようだ。


彼女はすっかり恐怖を消し去り、ニコニコと笑いながら振り返って問いかけていく。


「それで、あなたの名前はなぁに?」

「貴様に教える義理があるのか? 眠っている間に体を登るような無礼な奴に? さっさと帰れ。我は機嫌が悪い」

「体に登ったのはごめんなさい。

だけど、わたしあなたと仲良くなりたいの」

「我らは下等な人間などと友にはならない。

地を這い、我らに守られることしかできない無力な貴様らは、ただ一方的に崇めていればいいのだ。

こうして言葉を交わしていること、感謝しろ」

「でも……」

「聞こえなかったか? 我は機嫌が悪い。人間を食らうのは好まないだけで、できない訳ではないんだぞ?」


きっと彼は、いい竜ではあるのだろう。

しかし、決して彼女と仲良くなる気はないようで、どれだけ友好的に笑いかけても取り付く島がない。


歪んでいる翼を威圧的に動かし、最終的に直接的な脅しにまでなった竜に、マルタも流石に諦めて笑顔を引っ込めた。

ゆっくりと後退しながら、恐る恐る頭を下げている。


「……!! ご、ごめんなさい、また来るわ」

「二度と来るな。次に来たら丸飲みにしてやる」


徹頭徹尾、冷徹に。竜は走り去る少女を目の端で見送る。

その瞳には彼女への怒りなどはなく、ただ何かへの苛立ちだけが滲んでいた。


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