28-御伽噺の始まり
真っ暗な夜闇を塗り替えるように、黄金色の朝日は昇る。
この村に限って言えば、それは毎朝のことであり、何も特別なことではない。
だが、早朝の窓はどこも閉まっているため、反射する光で村は神秘的な輝きで満ちていた。
ありふれた光景ではあるものの、普通とは違った煌めきは他の都市ではそうそう見ることはできないだろう。
そんな空気を、目一杯吸い込むように。
とある家の窓は、朝早くから勢いよく開かれる。
「ん〜っ、気持ちの良い朝ね」
窓から姿を現したのは、15歳程度の銀髪の少女だ。
既に着替えを済ませているらしく、まだほとんどの村人が寝静まっている中、身軽な服装をしている。
顔を出したばかりの太陽を見つめ、手をかざしながら笑顔を見せると、心に焼き付けるように村を見渡していた。
「……うん。これ以上ないくらいの旅日和」
溌剌としていながら、同時に知性やお淑やかさも感じさせる少女は、ポツリと呟くと、あらかじめ準備していた荷物を手に部屋を出ていった。
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やはりまだ眠っている家族に軽く挨拶をしてから、わたしは家を出る。とっくに許可をもらったとはいえ、面と向かって会えば多分引き止められるから。
別に帰らないつもりもないから、少しの荷物だけ持って逃げるように出てきてしまった。軽装ではあるけれど、旅をするのに大量の荷物や重装備なんて必要ない。
味わうためにゆっくり道を歩き、村の様子を見て回りながら、着実に森へと進んでいく。
……あの日。超常的な嵐と魔獣がこの村を襲った日。
わたしは、ついに御伽噺みたいな世界に触れた。
それまでのように交流するだけではなく、黄金の竜に乗り、恐ろしい魔獣を打ち倒し、空を切るように村へ戻った。
それもこれも、きっとすべては、あの嵐の夜に黄金の輝きを見たお陰なんだろうな。
結局、あの和装の旅人さんは、いつの間にか消えてしまっていたけれど……エルドさんにも心当たりがあったみたいです。
どんな関係性だったのか、知り合いだったのか。何も聞けてはいないけど、あまり仲良くはなかったのかな?
微妙な表情をしながら、彼が制圧し残していたならず者達を圧倒してくれました。
直接見て気付いたことだけど、あの賊達の一部も、しれっと神秘ではあったみたい。大部分はその影響を受けただけの人だったとはいえ、どうりで村を守っていた騎士のお兄さん達が勝てなかった訳だ。
ただ、それも竜人……というかほとんど竜、かな。
エルドさんには敵わなかったようで、大人数で囲んでおきながらあっさりと全滅しちゃってた。
そのお陰で、エルドさんは今ではこの村の守り神です。
目の前でも異常に強いならず者達を蹴散らした上に、影では危険な魔獣まで倒したんだから、当たり前よね。
自分達よりも、明らかに強大な存在で。
魔獣として恐れられる可能性も高く、場合によっては本当にそうなっていたけれど。
実際はあの人が望んでいた通り、お供え物をもらえるような存在になりました。もしかしたら、あの旅人さんの思惑通りだったのかな。事実はもう、わからない。
だけどわたし達は、みんなあの人達に感謝している。
嵐の王を倒すために無茶をして、黄金の翼はより致命的に砕けてしまったのだけは――
「よう、マルタ」
ぼんやりと数年前を思い出しながら村を歩いていると、村を出る辺りで聞き慣れた声が横からかけられる。
この数年間どころか、エルドさんと会うより前、あの嵐の夜よりも前から何度も繰り返し行われてきたやり取り。
なぜ、毎回正面から来ないで横から声をかけてくるのか。
どうやって、毎回横からやって来ているのか。色々と気になることはあるけれど、もうすっかり慣れてしまった。
「ラザロ」
多分彼だろうなーっと考えながら体を向けてみれば、そこにいたのは案の定幼馴染みのラザロだ。
微笑みながら名前を呼ぶと、彼は目を泳がせて顔を逸らしてしまう。小さい頃から、鬱陶しいくらいちょっかいをかけてきてたのに、特に最近はこんな反応されてよくわからない。
今は朝日で照らされているけど、ちょっとだけ赤く見えるのは気のせいかな? 相変わらず外で運動しているし、日焼けかも。
「どうしたの? こんな朝早くから」
「どうしたもこうしたもあるか。
わかってんだろ? 昨日話したんだから」
「えへへ。うん、お見送り‥」
「一緒に行く」
「……え?」
言われたことが理解できず、つい聞き返す。
いつも御伽噺とか伝説とかを馬鹿にしてた……のは、たしかにもっと小さな頃の話だけど。
だけど、現実的で堅実に生きようとしている彼なのだから、ついてくるなんて言うはずがない。
そう思ったんだけど……木に寄りかかっているラザロは、冗談を言っているような雰囲気ではなかった。
さっきまで目を逸らしていたのが嘘かのように、真っ直ぐと真剣な顔つきでわたしを見据えている。
「えーっと……」
「エルドに会いに行くんだろ? 俺も行く」
「わざわざ来なくてもいいんじゃないかなー?」
「あの日は助けられたが、もう何年も眠り続けてんだろ?
寝ぼけて何かしでかさないとも限らねぇし、念の為だ」
「あ、あはは」
この感じ、そのまま旅に出るつもりなのがバレてるかも。
よく見たらわたしよりもたくさん荷物を持ってるし。
仕方がないので、彼を伴って洞窟を訪ねることにする。
とても寂しいことだけど、エルドさんが眠り続けているのは事実だ。たとえバレてなくても、この建前じゃ断れない。
……うん。エルドさんはあの戦いが終わった後、数日もすると死んだように眠ってしまった。
まるで初めて会った時のように、呼吸もせずに。
彼に教えてもらった通りなら、神秘には寿命がないようだけど……その代償なのか、どうやら定期的に長い眠りにつく必要があるようだ。
まだ人間の寿命で見ても大して生きてはいないし、わたしはちゃんと実感を持ててない。けれど、本当に死ぬことがないのなら、終わらない人生に心が疲れてしまうから。
きっと、心を休めるために必要なんだと思う。
ラザロと一緒に森を歩きながら、わたしはずっとエルドさんのことを考えていた。
「ふぅ。ついた」
「ふーん、ここが……初めて来た」
「前は消えてたもんね」
凸凹した地面を越え、雑草をかき分け、木々の間を縫うように進み、わたし達はようやく開けた場所に出る。
風がそよぐその先には、木々の代わりに生えているような穴――以前のものと変わらず美しい洞窟があった。
洞窟は周りの地面より少し盛り上がっており、入口のない方から見れば丘と言って差し支えない。
けれど、それは自然にできたものではなかった。やけに綺麗な弧を描いていて、上に草が生えていなければ人工物としか思えないそれは、エルドさんが眠る前に生み出したものだ。
壁や地面には宝石も混ざっており、特に多い黄金が光を反射してとても神秘的に見える。
おまけに、肝心の洞窟の奥には……
「……久しぶり、エルドさん」
眠り続けることで、砕けた翼や体をある程度治していた黄金の竜――ひしゃげてボロボロでもなお美しい、エルドさんの姿があった。
「む、ぅ……? マルタ……?」
入り口で立っているラザロを横目に、わたしは洞窟の奥へ。
声をかけたことで目を覚まし、ゆっくりと体を起こしながら名前を呼んでくれる彼の顔に手を伸ばす。
「おはよう。約束通り、一緒に旅をしようよ」
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
本作はこれで完結になります。
ただ、続編の構想はいくつかありまして……
本作は竜と少女が仲良くなる物語でしたが、今度こそエルドの翼をちゃんと治療する話、竜の里に帰る話、既に言及しているライバルキャラ?みたいな竜との決着の話だったり色々と。
他にも、番外編で気に入った曲をモチーフにした作品も考えています。ただ、この作品も大きなシリーズの1つであり、他にも書くものがあるため、しばらくは書かないと思います。
書き始める時はTwitterでも呟くと思いますが、連載が始まってそれが新章ではなく別作品としてだった場合、この話の後ろにその報告とあらすじとかを(文字数の問題で)追加したいなと思っているので、ブクマは外さないでいただけると幸いです。
ブクマしてない方は、是非してください笑
また、本作のキャラ(マルタとエルド)はシリーズの軸にある作品の化心にも登場予定です。小説を書き始めた時からの作品なので、拙くはありますが、よければ読んでいただければなーなんて思ったり。
さて、後書きにまで長々とお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
よかったら、評価などもいただけると励みになります。励みに、なります!笑