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27-黄金竜と竜の巫女

一瞬で遥か上空まで吹き飛ばされていたマルタは、何もできずに空を舞う。いくら神秘と接していても、彼女自身はただの人間でしかないのだから。


この状況をどうにかする術など、持ってはいない。

騒ぎも怯えもせず、いっそ清々しい表情で空を見上げている。


(……エルドさん。翼が折れたからって、価値はなくならないよ。あなたはすごい。諦めたって、解決を自分以外に委ねることにしかならない。わたしは、あなたを信じてるからね)


吹き飛ばしたのが渦巻いている嵐だったからか、少女の体はゆっくりとくるくる回る。普通なら、もっと恐怖してもいいものだろうが、初対面から竜に臆さなかった彼女だ。


落ちているのに、目すら閉じていない。

その心は迫る危機や死ではなく、美しい星空や金色に染まる森で満たされているようだった。


「――」


エルドの翼はとうに折れていて、飛べはしない。

何度も実証されていた通り、羽ばたいても空を切るばかりである。


ただでさえ、現在の彼女は大人でも泣き叫んでしまうような状況にいるのに……それをひたむきに信じるなど、もはや狂気の沙汰だ。


しかし、マルタがこうして信じている間にも、森はどんどん彼の力と思しき黄金で上書きされていく。


回転しているので、じっくり見ることはできないが、それでも既に星空よりも眩しいのは間違いない。

本来森にはないはずなのに、不思議と自然だった。


そして、その光に紛れるように。

森の黄金や星の光など、辺りの輝きを吸収して後押しされた一筋の光が、彼女の元に向かってくる。


それは、闇を切り裂く神秘の奔流。

世界を書き換えてしまう程の、御伽噺の具現だ――


「っ……!! エ、ルド……さん?」


迸る輝きに飲み込まれたマルタは、堪らず目を閉じる。

さっきまでは落下の恐怖でも閉じなかったのに、ふわりと光に包み込まれると、キュッと体を縮めながら身構えていた。


だが、それは別に怖かったという訳でもないらしい。

おそらくは、単に落下とは違って劇的な変化が起こったことへの反射的な行動。


何かに受け止められたことで、落下のスピードが軽減されたことも大きいのだろう。

身構えていた以外では、衝撃に少し顔をしかめたくらいで、悲鳴どころか息を漏らすこともなかった。


すぐに薄っすらと目を開けると、信じられないものでも見るように呟く。落下する彼女を受け止めたエルドは、その言葉を聞いてご機嫌そうな笑い声を上げる。


「フハハハハ!! そうとも、我だ!!

貴様の目論見通り、迷いは捨てたぞ!!」

「そっか、よかったぁ」


意志の力や能力で補強し、無理やり飛んでいるエルドだったが、今のところは問題ない。全盛期と同じレベルの飛行とはいかないものの、久々の飛行に顔をほころばせている。


硬い背に乗せられていたマルタも、ペタッと体を預けてほっと息をついて脱力していた。意図してか、意図せずしてか、実に見事な騎乗フォームである。


それにはきっと、正面から吹き荒ぶ飛行による風圧を軽減する意味もあったのだろうが……

どんな理由があったにせよ、初めての騎乗でここまで完璧に乗りこなせているのは流石だ。


「まぁ、この先はわからんがな。我には生態系を変えた自覚がなかった。あの木端を排したとて、平穏を取り戻せるか」

「それに関しては心配いらないよ。今、村にある旅人が来ててね。その人が詳しいみたいなんだ。解決できるよ」

「フハハハハッ!! ならば我に迷いはない!!

後先考えず、あの無礼者を下そうではないか!!」


エルドが捨てた迷いというのは、あくまでもこの場では死ぬことなく、あの魔獣に勝つこと。

生態系を変えてしまったという根本的な問題は解決できず、なくなった訳でもなかったのだが……


飛行についての悩みと同様に、それすらもマルタが解決してしまう。それまでは若干フラフラと飛んでいたエルドだったが、すっかり自信を取り戻して笑っていた。


黄金に染め上げられた森は、更に輝きを増して神秘的な金色のオーラを迸らせる。その光を一身に受け、彼は嵐を纏って体勢を立て直していた嵐馬の元へ向かっていく。


「さっきはやられてたけど、勝てるの?

わたし、上に乗ってて邪魔じゃない?」

「勝てるとも。さっきは、まぁ……我の心の方向性が定まっておらんかったのだ。貴様のお陰で、それももうない。

貴様がいるからこそ、我はあの木端に勝てるのよ。

世界初かは知らんが……ふむ、我が一族のことだ。どうせ他に我らのようなものはおるまい」

「何の話?」

「フハハハハッ!! 竜の背に乗るような者は、まだ貴様以外にはいないだろうという話だ!! 世界初のドラゴンライダーとして、我と共にこの黄金の空を駆けるぞ、マルタ!!」

「っ……!! うんっ!!」


金色の輝きは、背中に乗るマルタごとエルドを包み込んで、折れた体や軟弱な人の身を補強する。

ひび割れていた背中も、屈んでなお風圧に苛まれていた手足も、身体強化により超常の頑強さを取り戻し、得ていた。


それにより、もう彼女にとっては飛行による風圧も身を裂くような嵐も、気にするまでもないそよ風にすぎない。


彼の言葉に表情を輝かせると、伏せていた体を起こして手綱代わりに鱗を掴む。両手で支えながらも、下半身だけで体勢を整え乗りこなす姿は、まさにドラゴンライダーだ。


神秘的な黄金のオーラを放っている竜と乙女は、心を1つにして嵐の王を見据えている。


「ヒヒィィィィィン!!」

「ゴアァァァァァッ!!」

「……!? ふ、ふははははっ! ……なにこれぇ!?」


お互いに咆哮を轟かせた後、黄金の竜と嵐の王馬は大空を駆け巡る。ここら一帯の世界は黄金に書き換えられているが、それでもエルドの翼は折れていて本調子ではない。


嵐馬もその身に嵐を凝縮させているため、普通に激突するだせではほぼ互角だった。強烈な嵐の踏みつけに蹴り、金色の爪に拳。両者の攻撃は幾度もぶつかり合い、森の上空に神秘的な衝撃波を生んでいる。


地上で見ている少年には影響がないが……当のエルドに乗っている少女からしたら、堪ったものではない。

身体強化は受けているものの、まだ慣れてはいないのだ。

天変地異のような激突に、悲鳴を上げていた。


「キャーっ!? なにこれ、世界終わるの!?」

「こんなもんで世界が終わるもんかよ!! 終わるとしたら、もっとやべー光だろうさ!! つか、黙ってねぇと舌を噛むぜ? 作戦ねぇなら喋んじゃねーよ!!」

「作戦作戦……この光、もっと使えないの?」

「まぁ、やっぱそうくるよな……」


エルドと嵐馬は互角に戦っているが、戦闘スタイルとしては真逆に近い。彼が基本的に体で戦っているのに対し、馬は嵐をフル活用して戦っている。


両者の違いは、乗って至近距離で体感していなくても明らかだろう。明らかに相手の方が、より能力を駆使していた。


とはいえ、彼自身もそれは自覚していたようだ。

それを指摘されると、困ったように眉をひそめている。


「なに、できないの?」

「翼が折れた我は、不完全な状態だ。今は能力で補っているが、無茶をすればすぐに堕ちるだろう」

「でも、やらなきゃ勝てないよね?

あの魔獣、凄いエネルギー溜め込んでるよ?」

「わかっておるわ。貴様も覚悟を決めろよ?」

「わたしが指示したのに、覚悟決まってない訳ないじゃん。

……ついでにあれ、右後ろ脚を痛めてるみたいだよ。

嵐で空を踏みしめてるなら、左を狙うといいと思う」

「フハハハハッ、ドラゴンライダーらしいではないか!!」


エルドに発破をかけただけに留まらず、マルタは相対する敵の分析を的確に行い、指示を出す。

勇気づけられるという以上に、現実的な助けを得られたことで、彼は実に嬉しそうだ。


「あと、あなたもしかしてブレス撃とうとしてる?

それなら、その後に散った黄金で逃げ場を奪えるわ!」

「おおう、貴様は予知能力者かなにかなのか……?」


しかし、その喜びも重ねて告げられた指示を聞くまでだ。

行動を先読みされた彼は、若干引いた様子で攻撃する準備を始める。


「ブルルルルァ!!」


すぐさま異変を感じ取った嵐馬は、ブレスを吐かせないよう襲いかかってくる。力を溜めているのなら、その間は戦いに意識を向けられず隙が生まれるのが普通だろう。


だが、今のエルドにはマルタが騎乗しているのだから。

的確な指示を受けられるため、思考を割く必要などない。


それどころか、地上に被害を出さないように嵐馬を上空へと誘導までしていた。


「さぁ、やっちゃえお兄ちゃん!!」

「フハハハハ、任せておくがいい!!

たとえ翼が折れたとて、我が身は変わらず黄金郷!!

夢見の半身、伝説の具現、永遠に輝くエルドラド!!」


マルタの掛け声に合わせて、黄金のブレスは放たれる。

弱っている分は、紡いだ言葉で威勢をつけて。

低空から吹き上げるように、嵐馬を飲み込んでいく。


「ヒヒィィィィィン……!!」


夜をかき消したブレスだったが、嵐の威力や速度も伊達ではない。嵐馬は体を大きく吹き飛ばされながらも、ギリギリのところで避けてまだ意識を保っている。


しかし、マルタの指示を受けるエルドに死角はなかった。

ブレスによって散らばった黄金の粉は、さっき予測していたようにそれの逃げ場を奪っている。


「フハハハハ!! 見上げる金粉は星空の如く!!

その幻想的な美しさと共に、散るがいい!! ステラ――!!」


逃げ場など与えず、逃げる時間すら与えず、大空のすべてを飲み込むように黄金は炸裂する。その輝きは、まさに星空のように。夢見る子ども達の頭上で、眩く輝いていた。



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