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26-折れた翼は空を切る

草むらの中に隠れているラザロの目の前で、マルタは無慈悲にも吹き飛ばされる。


つい伸ばしていた手は、風以外何も掴めない。

一瞬のうちに、目の前から少女は消え失せていた。


「んなっ……!? 何が、心配はいらないだよ。

絶対に死なないだよ。あんな高くまで飛ばされて、人が無事でいられる訳、ねぇだろうがッ……!!」


震える視線で、ゆっくりと空に飛ばされた影を追う。

すると、その苦しみに満ちた双眸が捉えたのは、遥か彼方で豆粒のようになっている少女らしき姿だった。


人は、場合によっては2階から落ちるだけでも致命傷になる。あんな高所に、体一つで飛ばされてしまったのなら。

もう絶対に助かりはしない。


現実を思い知ったラザロは、両の拳で地面を叩きながら涙を流す。しかし、数秒後にはキッと顔を上げると、未だ嵐馬に踏み潰されている黄金の竜に懇願を始めた。


「おい、黄金の竜!! お前が本当に御伽噺に出てくるような存在だって言うんなら……助けろよ。お前のせいで死にかけてるあいつを、助けろよ!! なんで、倒れてんだよぉッ……!!」


倒されている黄金の竜は、全身を砕かれたままで呆然と空を見ている。だが、彼の翼はとうに折れているのだから。

どれだけ懸命に羽ばたいたとしても、ただ(くう)を切ることしかできない。


今の彼に、マルタを助けることなど不可能だ。

ラザロは嵐に飛ばされずに叫び続けるが、動きはまだない。




~~~~~~~~~~




「負けないで、エルドさーんッ!!」

「ッ……!?」


マルタの鼓舞を聞いたエルドは、踏み潰された状態のまま、反射でバッと顔を上げる。しかし、その瞳には初めての友人の姿は映らない。


目を向けた時には、もう少女は遥か上空へと吹き飛ばされてしまっていた。唯一わかるのは、誰かが消えたと思しき場所の少し奥に、見覚えのない子どもがいることくらいだ。


「マ、ルタ……?」


見覚えがないとはいえ、人間の子どもがいるということは、他にも誰かがいた可能性は高い。

恐る恐る空を見上げることで、彼はようやくマルタらしき小さな人影を見つけることができていた。


声の主をはっきりと見ることはできなかったが、声的にもう一人はマルタだったことは疑いようがないだろう。

思考がフリーズしているらしいエルドは、目をぐるぐるさせながらポツリと少女の名前を呟いている。


(あの子がここに、いたのか? なぜ? どうやって?

そうか、我が中途半端に追い詰めたせいで嵐が……

では、負けていたせいで出てきて、あんなところに?

翼が折れていて、今の我は空を飛べないのに……?)


マルタが死にかけてると理解したことで、彼の思考は再開した。嵐馬によって、なおも上から押し潰されている危機的状況でありながら、ぐちゃぐちゃとまとまりなく考えている。


このまま何もできなければ、確実に彼女は死んでしまうが……

いきなりのことで、まだ混乱しているのだろう。

手の届かない場所にいる少女をただ見つめ、少年の声を聞いても何もできはしない。


(俺は、こいつに勝っても平穏は訪れないと思ったから。

俺が存在している限り、終わりはないと思ったから。

役立たずが消え、生態系が戻るはずだった。

なのに、なんだこれは? 勝っても負けても、あの子は死ぬというのか? ふざけるな。ふざ、けるなッ!!)


エルドの翼は最初から折れ曲がり、まともに機能していなかった。その上、嵐馬に砕かれたことでぐちゃぐちゃだ。

踏み潰され続けているため、地上でも動けはしない。


それでも……誇り高き天竜族が、何もできずに友人を見捨てるなど、あってはならないことである。

彼の瞳には再び熱が灯り、ゆっくりと起き上がっていく。


「……!? ヒヒィィィィィン!!」


(堕ちた竜が、なぜ人を見下すことができようか。たとえ、本来は我らより下等な生物なのだとしても……これ程の優しさを見せた人を、どうして無碍にできようか。

あんなに心優しい少女が、俺のような欠陥品のせいで死ぬなど、あってはならぬ!! それだけは、絶対に認めるものか!!)


ラザロに意識を向けていた嵐馬も、足元が動けば異変に気がつく。遅れながらも圧力を増し、砕いた甲殻の上からトドメを刺そうとしていた。


だが、エルドにはもう迷いがない。

己の全てを駆使して、大切な友を助けることだろう。


嵐馬も全力で殺そうとしてはいるが……

元々、存在の格としては彼の方が上だったのだ。


心の方向性が定まれば、相手になりはしない。

あっという間に体を持ち上げられ、金色の輝きに吹き飛ばされている。


「退けよ、木端!! 貴様なんざに興味はねぇ。

おまけついでに、無価値に吹っ飛んでろ!!」

「ブルルルルァ……」


直前まで追い詰められていたはずの嵐馬を一蹴し、エルドは立つ。嵐などとうに消え去り、空には数多の星明かり。

幻想的な星光を受け、黄金の体は神秘的に輝いていた。


「俺の翼はたしかに折れちまってる。けど、折れただけだ。

どれだけボロボロでも、ひしゃげていても。

まだ、翼は残っているのだから。俺はきっと、また空に。

あの、輝かしい光に……手を伸ばす」


広げた翼は、相変わらずひしゃげてボロボロだ。

しかし、溢れんばかりの輝きが、その縁を隠して綺麗な翼があるかのように見せている。


……そう、見せている。結局、実際に治っている訳ではないのだから。そんなものは誤魔化しに過ぎず飛べないだろうか。


だが、そもそも本来はないものを顕現させられているのは、肉体操作を含めても端的には世界の勘違い。

これは、神秘による偉大なる詐欺に他ならないのだ。


黄金の体は、黄金の翼は、金色の輝きによって表面を覆われて、擬似的に完璧な姿を取り戻していた。


同時に、その変容は周囲一帯にも及ぼされる。エルドの金色に触れていた足元から、その輝きは伝播していくのだ。

地面、草むら、木々。森にある一切は黄金となり、その輝きすらも一身に受けて、エルドは大地を蹴る。


(見とけよマルタァ!! これが本物の、神秘だぜ!!)


森が金一色に変わりゆく中。何もできずにいるラザロの目の前で、黄金の竜は遥かな空へ飛び立った。


折れた翼は、それでも強く(そら)を切る。

夢や憧れを体現する御伽噺のモノとして、星屑が瞬いている暗いキャンバスを、真っ二つに割っていた。



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