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24-日輪が眠る時

マルタが森を去ってから数時間後。

彼女が窓の外に輝きを見る、数十分前。


その輝きから遠く離れた、森の奥深く。

壁に宝石が混じっている洞窟の中では。

唯一の友人とわかれた黄金の竜が、静かに横たわっていた。


彼は目を閉じており、呼吸すらしていないかのように微動だにしない。マルタに助けると約束していたのだが、戦う気があるのかと思ってしまう程である。


しかも、余裕の態度で横たわっているのは、まだ敵が近付いて来ていないから、という訳ではないようだ。


村がある辺りの森は、すっかり嵐に包込まれている。

迫る魔獣は疾風の如く。追従するならず者たちも、その影響を受けているのか人智を超えたスピードだった。


もちろん、既に目の前にいるという訳ではないが、気を抜いていたらあっという間に迫られるのは間違いない。


数日前にはその存在に気が付いていたエルドなら、臨戦態勢を取っていてもおかしくないだろう。

それなのに、彼は戦いを放棄するように動かないのだ。


普通なら心が落ち着かない、暴力的な風の音を聞きながら、彼はあらゆる状況を無視した瞑想を続ける。

しばらくしてから、ようやくエルドは目を開けて荒れ狂う外の景色に目を向けていた。


「敵は、馬だな。嵐を生む、馬……」


目を開けたものの、まだ動こうとはしないエルドは、足音や放たれる神秘から敵の正体を暴き、呟く。


実際に敵と相対するのは、まだあと少し先のことだが……

外に出てすらいないというのに、不思議と確信を持っているようだった。


「この感じだと、特に名も無い木端のようなやつだな。

ただの人間が相手をすれば、瞬殺されるだろうが」


まったく身構えようとせず、リラックスし続けているのは、すでに彼我の格差をよく理解しているからか。


彼は最悪の事態を思い描きながらも、わずかに身動ぎするだけで戦闘に備えたりはしない。

いよいよ人の身にも足音が聞こえてき始めてもなお、ジッと動かず思考を巡らせている。


(……さて、我はどうするべきか。

約束したからには、あの子と村は守りたいが)


木々を薙ぎ倒すような、ひときわ大きな足音が轟き、流石のエルドもゆっくりと顔を上げる。

だが、依然としてまともに取り合うつもりはないらしい。


もしくは、本格的に対立する……つまりは戦闘をする覚悟ができていないのか。どちらにせよ、彼は洞窟の入り口に魔獣が現れてすら、成り行きに身を任せて横たわっていた。


(俺がマルタを守るのは良い。いくらでもやってやる。

だが、それで終わるのか? 俺が変えたのは、生態系だ。

今から来るやつだけを挑発した訳じゃねぇ。故意ではないとはいえ……俺がここに居続ける限り、魔獣は寄ってくる。

人の姿でも無駄だった。離れても被害を広げるだけだろう。

あいつが夢を見られるように。これからも平穏に暮らしていけるように。俺は……)


「ブルルン……!! ヒヒィィィィンッ!!」


無言で入り口を見やるエルドの瞳に、巨大な影が映る。

そこに立っているのは、雷に照らされ強風にたてがみを逆立てながら、自らの強さを誇示するように嘶く巨大な馬。

この嵐を引き連れてきた、嵐の王とも呼ぶべき嵐馬だった。


「アピールせんでも聞こえておるわ、忌々しい木端め。

随分と空腹なようだが、この我に何か用でもあるのか?」


敵と対峙してもなお、エルドは立ち上がりはしない。

悠然と横たわったまま、恐ろしい威圧感を発しながら凄み、全身の黄金や洞窟の鉱石が輝く中で世界を震わせている。


立ち居振る舞いは厳かながら静かで、いっそ穏やかだとすら思えるほどだ。しかし、溢れ出る神秘的なオーラは、まともに呼吸ができなくなるほどに重々しく、存在感があった。


「……!!」

「ほれ、喋れよ木端。

神秘の伝達で、言葉は伝わっているのだろう?」


あまりの重圧感に、嵐馬はわずかに後退る。

それも、殺意どころか敵意すら放っていないエルドを相手にだ。


初めての友と接する時の顔など、仮の姿。

戦えなくなったとはいえ、己のすべてを懸けて高め続ける、正真正銘の戦闘民族の一員が彼なのだから。


マルタと接していた時は、少し尊大なだけの優しいお兄さんだったというのに。不機嫌だった最初でも、話しかけにくい程度の重さだったというのに。


今の彼は、二つ名に負けることのない、正に偉大なる黄金竜そのものだった。




~~~~~~~~~~




「っ……!! なんて、嵐ッ……!!」


母親の言いつけを無視し、部屋の窓から顔を出したマルタは、そのあまりの風の強さに声を途切れさせる。


玄関から出ようとすると、普通にバレてしまう可能性を考慮しまずは上から試していたのだが、流石に無理そうだ。

まだ小さな彼女の体は、いとも容易く吹き飛んで壁際に押し付けられていた。


おまけに、雨も屋根をドカドカ鳴らす程の量なので、部屋の中はびしょ濡れである。後で知られた時、厳しく怒られるのは間違いない。


とはいえ、今の彼女にとって重要なのは、部屋が無事であることよりも森に行けることだ。

大事な本はあらかじめ壁側に移動してあるため、特に慌てずに窓を閉めに向かう。


「うぅ、風ぇぇ……」


まだ室内にいるが、吹き込んでくる風は強烈だ。

ただ窓を閉めたいだけなのに、マルタは中々前に進めず閉められない。


数分間格闘し、のたうち回るように前進し、彼女はようやく窓にたどり着いてそれを施錠した。


「はぁ……!! これは外に出た後も先が思いやられるね」


無事、窓を閉めることに成功したマルタは、早くも疲労困憊だ。大きく息をつくと、水浸しになった床にへたり込む。


勝負は外に出るまでの間で、本番は外に出てからだというのに、既にかなり雲行きが怪しい。

少し休んでから、彼女はレインコートを着て家の外を目指して駆け出していく。




~~~~~~~~~~




「っ……!! 進め、ない……!!」


なんとか母親の目を掻い潜り、家から脱出したマルタだったが、外に出たら出たで、今度は前に進めない。


こんな天気なので、いつもとは違って隠れながら進んでいる訳ではないのだが……その分、単純に風が強くてまともに歩けないようである。


もう数十分は経つのに、彼女は家からギリギリ見えない辺り以上は進めず、踏ん張り続けていた。


「ぐぅぅ……神獣の、力……強すぎ、るっ……!!

ぜんっぜん、前に、進めない……!!」


室内で体感した時点で、風が凄まじいのはわかっていた。

そのため、彼女は風圧を受けやすい傘を持たずレインコートだけで外に出ていたのだが、効果はなかったらしい。


たまに、騎士達が走っている音や雷が轟く音などがかすかに聞こえてくる中、マルタだけが何もできずにいる。


「ッ……!! おい、バカ!!」

「バっ!? 誰がバカよ、スカしラザロ!!」


さらに数分無駄にしていると、突然至近距離から聞き慣れた少年の怒鳴り声が聞こえてくる。


声を聞いても信じられなかった様子の彼女だが、実際に振り向いてみれば、そこにいたのは本当にラザロだ。

彼は驚いて固まっているマルタの手を取ると、風をしのげる場所まで引っ張っていく。


「って、えぇ!? なんであんたがいるの!?」

「……和装の旅人ってやつ、探してきた。あいつ何なんだ?

騎士達が手も足も出なかったならず者たちを、たった1人で打ち負かしてたぞ。しかも、殺さないように手加減してた。

おまけに嵐もまるで効いてなかったし……本当に人間か?」

「まぁ、あの人ならそれくらいするでしょ。

理屈で考えちゃだめ。心の目で感じるの」

「オカルトじゃねぇか」

「かつては誰もが夢見た御伽噺よ」


嫌そうに顔をしかめるラザロに対して、水滴を飛ばしながら胸を張るマルタはドヤ顔だ。まだ夢を忘れていない子どもとして、実際にその幻想へ手を伸ばしている者として。

今度は自分から彼の手を取る。


「とにかく、行くんだな」

「今さらね。手伝ってくれるんでしょ?」

「……まぁな。止まらねぇなら、見張るしかねぇ。

そのついでに、風除けでも身代わりで何でもなってやる。

ただし、おかしなことはさせねぇぞ」

「もうしてるじゃん」


マルタに手を握られ、挑発的な言葉をかけられたラザロは、覚悟を決めた表情でその手を握り返す。


これまでずっと否定的ではあったが、彼も男の子だ。

すっかり冒険心を芽生えさせ、ワクワクとした表情になっている。


立ち塞がるのは、人智を超えた恐ろしい程に神秘的な嵐。

2人はまだ子どもで、その中を進むだけでも一苦労だろう。


彼女だけは、この嵐を見切れているかもしれないが……

体が小さく対抗する手段もないため、意味はない。

家屋がきしみ、木々が揺らぎ、外にあった物が飛ばされている地獄のようなこの夜に。


それでも、憧れを追い続けるのだと。

彼女たちは、手を取り合って苦難に立ち向かっていく。


「あの日の黄金を、あなたにも見せてあげる」

「こんな暗い夜にか?」

「夢そのものが、人々を照らす太陽なのよ」


夢を諦めない限り、日輪は堕ちないのだと。


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