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22-嵐の前の静けさ

「やっほー、エルドお兄ちゃん!」

「何だ、ここ最近見ねぇと思ったら……また来たのかマルタ」


今日も人型だったエルドは、銀髪の少女に挨拶されて気怠げな態度で言葉を返す。傍らに大量の果物を積み上げて、木に寄りかかっていている彼は、本当に面倒くさそうだ。


しかし、マルタの来訪が嬉しくない訳ではないらしい。

何せ、前回と同じように洞窟から離れて、少し開けた森の中にいるのに、わざわざ探して来てくれたのだから。


脱力して果物をかじり続けてはいるが、目が輝いていることは誤魔化せていなかった。

おそらく、数日間マルタが来なかったことで、かなり暇していたのだろう。


ブスッとした表情でつまらなそうに話しているが、ただ拗ねているだけ。自分の果物を投げてよこしている辺り、実際は相当喜んでいるようである。


「そりゃ来るでしょ、友達なんだから。ありがと」

「そうか」

「ただね、前回危なくなってる話をしたでしょ?

いつもより止められて、監視されちゃってて。

今日はやーっと抜け出してきたんだー」


エルドの本音をわかっているからか、マルタも遠ざけようとするような悪態を気にしない。隣に座って握りしめた果物を見つめながら、薄っすらと微笑んでいる。


逆にエルドは、不安になるような話を聞いて真剣な表情だ。

助けると明言していた通り、近づいてきている魔獣について考え込んでいるようだった。

 

「うむ、いい親だ。しかし、それなら貴様はしばらくここに来ない方がいいんじゃないか? 俺は行き帰りを見守れないし、今はもう何が起こるかわからん」

「もー、エルドさんまでそんなこと言わないでよ。

家族も妙に探りを入れてくる友達も、みーんな注意してくるんだから。……だいじょーぶだよ。わたしは」


妙に自信たっぷりで確信的な言葉に、エルドもそれ以上何も言えない。普段なら、神秘的な雰囲気を迸らせているのは彼の方なのだが……


今この瞬間は、マルタの方こそ異質な雰囲気を纏っていた。

握りしめた果物を……その小さな世界を見つめながら、明らかに別のものを見ている少女を、彼は厳しい表情で見つめ続ける。


「何が大丈夫なのか、答えてはくれなそうだな」

「そんなことないよ? わたしはエルドさんを信じてる。

だから、だいじょーぶなの」

「ふん……答えてないようなものだろうが、それは。

だがまぁ、それならそれでいい」


会話は途切れ、2人の間には沈黙が満ちる。

聞こえてくるのは、森をざわめかせる風の音色とエルドが果物をかじる音だけだ。


「さて、んじゃあ今日も翼のチェックでもするか?」


しばらく無言が続いた後、集めた果物を全部食べてしまったエルドは勢いよく立ち上がる。


直前には何度も表情を変えていたので、どうやら沈黙に耐えきれなくなったらしい。木に寄りかかるため、左右に閉じていた翼を広げ、確認せざるを得ない状況を作っていた。


だが、それで断れないのは意志が弱い者だけだ。

マルタは何気に強いため、落ち着いた様子で首を横に振られてしまう。


「しなくていいんじゃない? この前もしたんだし。今日はお話聞かせてよ。他の国のことあんまり知らないんだ〜」

「なんだ、まだ話を聞きたいのか。よく飽きないな」


エルドの作戦は失敗した。しかし、結果として息が詰まるような沈黙はなくなり、彼はホッと息をついている。


一方的に居心地の悪さを感じていたようだが、単に食べ終わるのを待っていただけなのかもしれない。呆れたような反応をされながらも、マルタはにっこり微笑んで催促していく。


「飽きる訳がないじゃない。今まではお家で御伽噺を読んでいたけれど、今ここにはその御伽噺の存在がいるんだもん。

そんなあなたから、自分の常識を超えたお話が聞ける。

わたし達では気付けない視点のお話を聞ける。

勉強にもなるのに、聞かない理由がないわ」

「他の国、他の国なぁ……」

「なに、いやなの?」


勢いよく立ち上がっていたエルドだったが、あまりよくない話題だったのか、翼を閉じてしおしおと座ってしまう。

心なしか、黄金の輝きも鈍っているようだ。


マルタは人並みの知識しか持たず、事情も知らないため、躊躇う意味がわからずに戸惑いを隠せずにいる。

彼女以上に困っているエルドは、歯切れが悪いままポツポツと呟くように白状していた。


「ううむ、別に嫌という訳でもないが……

我は鍛練ばかりしていたからな。そこまで知らん」

「え? でも、神秘についてはよく知っていたじゃない」

「あれは神秘に成った者はなんとなく理解するものだ。

己を知り、力を制御し、その方向を定めねばならんからな。

無知のままでは自滅する。だが、国は神秘に関係ない。

知りたければ、自分で学ばねばならんのだ」

「ははぁ、あなたは勉強しなかったんだ」

「もちろんだとも! 我の生き方は天竜族の誇りの体現!

1に鍛練2に鍛練、3・4に鍛練5に鍛練だからな!!」

「脳筋」

「貴様も大概だろうが、たわけぃ」


無知ゆえに縮こまっていたエルドは、一族の誇りを口にしたことで復活する。翼は閉じたままだが、鱗のない手足からも不思議と金色の輝きが迸っているようだった。


マルタが肩を落としながらツッコむと、謎にドヤ顔をしながら言い返している。すっかり本調子に戻ったらしい。


真剣、焦燥、安堵、困惑ときてからの堂々。

今日は特に目まぐるしく変化しており、実に忙しいことだ。

それを見たマルタも、ケラケラと笑いながら揺れ動く黄金の尻尾に抱きついている。


「わたしの場合、他に方法がなかったんだもん。

羽を治すのも、ここに来るのも、ね。仕方ないじゃん?」

「後者は言い訳できる話ではないわ。ハハハ、まぁいい。

これから村に来るならず者について理解を深めるためにも、知っている限りの話をするとしよう」

「そうそう。子どもができるのなんて、勉強だけだよ。

よろしくね、エルドお兄ちゃんっ」

「ふん。ではまず、東にある……」


すっかりいつもの空気に戻った2人は、この世界に乱立している国についての話を始める。


この地域に向かってきているモノの中で、最も脅威になるのはもちろん魔獣になるだろうが……

ただの人間からしたら、ならず者も十分に危険なのだから。


それにここは田舎なので、村の大人達が知っているとも限らない。生命体として上位である竜からの、他国の授業の開始だ。




「つまり、1番可能性があるのは……」

「うむ。疫病に苦しめられているクターか、暴力の絶えない不和の国タイレン。そのどちらかだろう。

もしもエリュシオンの領域内に暮らす民ならば、素直に首都へ向かえばいいのだからな」

「なるほどー、ごもっともだね」


エルドの授業が始まってから、数時間後。

様々な国の基本情報や名物、特色、環境に思想などを教えてもらったマルタは、最終的に1つの結論に辿り着く。


最初に授業をする理由となった、ならず者の出自がどこなのかについての推察に。授業の多くは、遠い異国の冒険に想いを馳せるような、心躍る内容だったのだが……


命に関わることなので、ちゃんとするべきところはちゃんとしている。夢のような冒険に目をくらませることなく、現実と向き合っていた。


「じゃあ、わたしが思ってたより危ないんだね、この村」

「俺はそう思ってるぞ。ただでさえ疫病に苦しんでいる者達に、日々殺し合っている平和を知らない者達。

これがさらに外国からの侵略行為を受けたのなら、当然死物狂いで報復しようとするだろう。土地も奪われるかもな」

「……」

「そろそろ帰るか。それから、やはり貴様はしばらくここへは来るな。貴様がよくても、村の大人が集中できんだろ」


再び考え込んだマルタを横目に、エルドは立ち上がる。

普段ならキラキラと輝いている瞳は暗く、覚悟を決めたように真剣な表情だ。


遅れて立ち上がった彼女も、至極真っ当な注意を受けては流石に拒否できず、寂しそうにしながらも受け入れていた。


「そうだね。わかった」

「……!!」

「えへへ」


この件が片付かない限り、2人が会うことはないだろう。

場合によっては、長い別れになるかもしれないから。

もしかしたら、もう会えないかもしれないから。


素直に頷いたマルタは、エルドの手を握る。

驚いて目を丸くするエルドも、すぐに柔らかい表情になってその小さな手を握り返していた。


「色々教えてくれて、ありがとう。エルドお兄ちゃん。

いつか、わたしもあなたみたいな御伽噺になれるかな」

「神秘にか? 貴様なら成れるだろう」

「成れなくても、仲良くしてね。一緒に旅をしよう。

さっき話してくれた、翼を治せる可能性を探しに」

「あぁ、約束だ。この嵐が過ぎ去ったら、きっと」


段々と暗くなっていく森の中を、不揃いな2人は進む。

彼女達の背後……村の西側の森の上には、不自然な程に大きな嵐が渦巻いていた。




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