表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/29

19-森の喧騒

結局、エルドと一緒に水浴びをする羽目になった翌日。


体調を崩すことはなく、態度を変えもしなかったマルタは、相変わらず森に向かおうとしていた。

しかし、昨日に引き続き、またしても呼び止める声が聞こえてきたことで、渋々ながら立ち止まっている。


「なぁに、またあんたなの? バカラザロ」

「またってなんだよ。同じ村で暮らしてるんだから、何日も話さない方がおかしいと思うぞ」


マルタ視点だと、彼はやたらと会うし、その度に憧れや夢をバカにしてくる相手だ。しかも、特に最近は密かに森へ行く必要があるので、鬱陶しいことこの上ない。

流石にうんざりしてしまうのも、当たり前だった。


だが、当のラザロは普通に関わっているだけであり、関係もないことなので、あからさまな態度に不服そうだ。


ムッと顔を歪めて反論している。いつもの悪口が返ってこなかったことで、マルタは戸惑いを隠せていなかった。


「別に、話さない人なんていくらでもいるけど……まぁいいや。それで? 喧嘩ばっかりで、大して仲良くもないわたしに何か用でもあるの?」

「昨日の話を忘れたのか? 探ってやるって言っただろ」

「え、昨日の今日でもう? あんた暇なの?」

「ほっとけ!」


しばらく森に入り浸っている間に、一体どんな心境の変化があったというのか。ラザロは彼女を馬鹿にしないどころか、挑発にもまったく乗らず妙に協力的だ。


ぶっきらぼうに用事を告げられたマルタは、慣れない態度に早すぎる仕事も相まって、ドン引いている。


とはいえ、彼も普段と違うことなどは自覚しているらしい。

その反応を受けて、やや頬を赤く染めながら怒鳴っていた。

自分から距離を近づけた覚えのないマルタとしては、とんだとばっちりだ。


「はぁ……まぁ、調べてくれたなら聞くけど」

「おい、それが人にものを教えてもらう態度か?」

「誰かさんともしたなー、こういうやり取り……」

「誰かさんって誰だよ。なぁ」


ラザロが声をかけてきた理由は、大人達から探ってきた内容を教えるためだったはずなのだが……つれない対応に加えて、他の人物と仲良くしてそうな話まで出てきたことで、まるで話が進まない。


マルタはずっと鬱陶しそうにしているが、彼はそれからしばらくの間、中々本題に入らず彼女の体を揺らしていた。




~~~~~~~~~~




「はー、やっと解放された」


村でラザロに捕まってから、数十分後。

やっと報告を聞き出し、解散できたマルタは、すっかり疲れた表情で森を進んでいた。


時刻はまだ朝であり、これから森の長い道のりを駆けていくというのに、既にみっちり勉強した後のような有り様だ。


「でも、教えてくれた話は結構大事そうだったな……」


言い争いばかりのラザロが相手なので、精神的に疲弊したのは事実だろう。しかし、そこで得た情報というのも、かなり重要なものだったらしい。


言葉とは裏腹に声は力強く、森を突っ切っていくスピードもいつもより幾分速いようだった。


もちろん、単に足繁く通って慣れたということもあるだろうが……ともかくとして、彼女は大人の狩人顔負けの速度で森を突き進みながら、思考を巡らせている。


「最近、急に村周辺の獣が大移動しちゃったことで、付近の村にひ害が出てる。そのせいで、ならず者達が安全なこの村に寄ってきている上に、一部の魔獣は殺気立ち、またこっちに向かってきそうな気配がある、か」


ラザロが探ってきたのは、結局のところ昨日盗み聞きした話を発展させたものだ。なぜか生態系が激変したせいで、獣も人も問わずに村の情勢が変わってきている。


彼はもちろんのこと、村の大人達だってどうこうできることではない。それはきっと、マルタであってもそう大きく変わりはしないのだが……


「どれくらいの規模か、いつからいつまでの話なのかとかはわからないけど、原因は多分、エルドさんだよね。

ずっと眠ってたのに、わたしが起こしちゃったから。

何かできること、ないかな」


彼女の場合は、地域によっては神のように崇められる神獣――天竜族のエルドと森で出会い、友達になっていた。

十中八九彼が元凶であり、つまりは彼女も間接的にこの事件の犯人になるのだが、同時に何とかできる可能性も高い。


なにせ、あくまでも考察に過ぎないものの、エルドが目覚めただけで生態系が変わってしまったのだから。


その考察が正しいのならば、間違いなくほとんどの獣達よりも格上だ。ならず者……人間など気にするまでもない。


シンプルに寝床の場所を変えるか、しばらくの間また眠っていてもらうか、はたまた実力行使に出るか。

取れる手段は選り取り見取りである。


助けてくれるのか、という点に不安がない訳でもないが……

彼は傲岸不遜のようでいて、普通に優しい。

食事をもらったことや翼を治す協力をしていることからも、断ることはまずないだろう。


「飛べなくても、エルドさんはエルドさんだしね」


なにはともあれ、まずは彼に会わなければ。

薄っすらと微笑んだマルタは、目の前に見えてきた洞窟へと一気に駆け込んだ。駆け込んだのだが……


「エルドさー、んえぇぇぇ……!?

またいないじゃない、あんのお気楽ドラゴンがーっ!!」


またしても洞窟は空っぽ。村の行く末を握っている黄金の竜は、呑気に遊びに行っているようだった。




~~~~~~~~~~




マルタの声が、空っぽの洞窟に響いていた頃。

そこから少し離れた位置にある湖では、心地の良い音が響き渡っていた。


「ん、ん〜♪」


ちゃぷちゃぷという水音の合間に奏でられているのは、低く落ち着く響きを持つ声だ。


声の主は深く浸かっているのか、その全容は見通せないが、岩陰にはひょこひょこ尖ったものが見えている。

周囲は不思議な空気で満たされており、水浴びをしている人物が誰かなど、疑う余地もない。


こんな森の奥深くにいて、神秘的なオーラを迸らせている、黄金と見間違うような美しい肉体を持ったモノ。

そう、エルドである。


彼は現在の森の……マルタの村が直面している状況を知らないのか、昨日に引き続き水浴びに来ているのだった。

それも、鼻歌まで歌っていつになくご機嫌である。


「フハハハハ!! やはりしっかり洗えるというのは‥」

「エールドさーんっ!!」

「ぬっ!?」


だが、その癒しの一時もいつもの通りに壊される。

現れたのはもちろん、神秘的な雰囲気を辿ってきたマルタだ。


全力ダッシュで駆けてくる彼女は、エルドの笑い声で正確な位置を把握して湖に飛び込んできた。


昨日のことがあったからか、深くない場所はばっちり。

おまけに、今回は前回の反省を活かして、ちゃんと着替えも持ってきているらしい。


背負っていたリュックを早めに投げ捨てると、びしょ濡れになるのも気にせず水飛沫を上げる。


「昨日も来てたのに、なんでまた今日、も……」


花開くような水の膜の中心で、少女は可憐な笑顔を浮かべていた。輝いている雫や反射して彼女を照らす光により、その姿はいつもより幻想的で美しい。


しかし、湖にいた人物を見ると、その笑顔は瞬時に硬直し、頬を赤く染めながら段々と表情を引きつらせてしまう。

弾むようだった言葉も、尻すぼみになって最後には途切れている。なぜなら……


「え、あ、ふぇ……」


昨日と同じようにエルドと相対しているはずが、竜の姿などどこにもなかったから。目の前にいたのは、無言で口をパクパクさせている、裸の見知らぬ男性だったからだ。


彼は金色の髪を持っていて、顔も肉体も人とは思えないほど美しい。だが、どのような相手であれ、異性の裸を見た女の子の反応など、一つしかない。すなわち――


「キャーッ!?」


人気のない森の奥には甲高い悲鳴が響き渡り、澄んだ湖の水はどこまでも波紋を広げていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ