1-物語を探して
明るい陽の光を受けて、まだ小さな少女――マルタは目を覚ます。ガバっと起き上がり舞った銀髪は、窓から差し込む光を受けてキラキラと輝いていた。
その髪が落ち着くのを待つことはない。
次の瞬間、彼女はベッドから勢いよく滑り降りる。
さらに髪を暴れさせながらパタパタと向かうのは、明るい外の様子を映す窓だ。
わずか数秒で駆け寄ると、数年前の嵐の夜と同じように窓を開く。だが、目の前に広がるのはあの日とは真逆の光景。
綺麗な青空と、すっかりあの災害の被害を直して、元の姿を取り戻している長閑な村だ。
「ん〜、いい天気。ぜっこうの探検日和だわ」
開けた窓から吹く風を受けて、髪はさらに舞い上がる。
手入れという面から見れば、かなり煩わしそうではあるが……
伸ばしている割にそこまでの拘りはないのか、マルタは雑に押さえて嬉しそうに笑っていた。
「うん、やっとあの日の金色を……竜を探しに行ける」
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「本当に行くの?」
朝食を食べ、動きやすい服に着替え、その他水筒など諸々の準備を整えたマルタに、心配そうな声がかけられる。
玄関のドアノブを握ったままで振り返ると、そこにいたのはエプロン姿の母親だ。
彼女はこれまで、年齢や天候、魔獣など様々な理由をつけて散々反対していたのだから、無理もない。
しかし、それでも粘り続けた結果、今ようやく出発できるというのだから、マルタだって譲らなかった。
ドアノブからは一度手を離したものの、探検の意思は手放さないとばかりにリュックのショルダーを握りしめている。
「うん。だって、もう問題はないんでしょ?」
「えぇ、まぁ……」
「もう12才で、少し森に入るくらいならだいじょうぶだし、天気もいい。魔獣も、この前騎士のお兄さんたちがやっつけてくれたって言うしね」
「そうなんだけど……森は、危ないじゃない?」
「今が1番安全だから! ちょっと探検に行くだけ!
ぜーったい、危ないことはしないから! ね?」
今まで反対されてきた理由を尽く潰しても、なお母親は彼女が森に行くことを渋る。だが、危険がまったくない場所などどこにもない。
村にずっといたとしても、あの夜の嵐みたいな災害が起これば危険だし、それでなくても高所から落ちる、物とぶつかるなどの危険はあるのだ。
最終的には母親も、自分でも注意するのなら……といった様子で嫌そうながら頷いていた。
「……はぁ。気を付けて行ってきなさいね。騎士のお兄さん達にも話してあるから、言うことを聞くように」
「はーい!」
「絶対に奥まで行っちゃ駄目よーっ!!」
しつこく念を押してくる母親の言葉が終わる前に、マルタは満面の笑みで駆け出す。背中にはその後もしばらく声がかけられていたが、何年も待ったのだから興奮は止められない。
まったく気に留めずに、村の目立たない場所を走っていく。
保護者がいたら、探検になるものかとでも言うように。
少女は村の友達や大人たち、騎士のお兄さん達にも気付かれないよう人目を気にしながら、森へと向かっていった。
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彼女が暮らしている村は、霊峰を囲むように円形に広がっている都市国家――エリュシオンから少し離れた位置にある。
一応は彼の国の領域内にあるので、比較的どこでも安全ではあるものの、都市そのものではない以上危険がまったくないということはない。
特に森は、見晴らしが悪いことで多くの獣が騎士の目を逃れて生きている、小さな子どもが1人で入るには危ない場所だ。
そのため、もし友達に見つかれば報告されるだろうし、大人や騎士に見つかれば確実に止められるか同行されるだろう。
同行ならば、自由に探検できなくなるというだけで済むが、止まられたら目も当てられない。
もちろん、止められることなく同行で済む可能性もあるが……
必死で母親を説得してきたマルタとしては、そんなリスクを犯すわけにはいかなかった。
コソコソと隠れながら森に近付くと、見つかる前にさっさと入り込んでしまう。幸か不幸か、侵入は成功。
母親に頼まれていた騎士たちを含め、村の人達は全員彼女の居場所を見失ってしまった。
もう少し経てば、きっと大人たちは彼女の行方がわからないことに気が付いて、慌て出すだろうが……
そんな心配などつゆ知らず、少女は1人、森の奥へと進んでいく。
「にひひっ、だれにもバレずにもぐりこめたわ。
冒険の始まりよ! たしか、あの日落ちたのは……」
いたずらっ子のように笑うマルタは、あの嵐の夜に竜が落下した方向を思い出しながら進む。
今よりももっと幼い頃に見たものなので、既に記憶は曖昧になっているはずなのだが、迷いはまるでなかった。
また、こうして自信を持って冒険できている理由には、この森の環境の影響もあるだろう。
たしかにここは、人目につかない森の中。
とはいえ、まったく人が通らない未開の地などではない。
騎士の人達や狩りをする大人が危険過ぎる獣は排除するし、彼女より大きな子ども達も遊びのついでに道を作っているのだから。
結局のところ、危険な存在とはそう簡単に出会わず、進む道も過酷なものはなく、普通の森と変わりないのである。
油断はできないが、必要以上に怯える必要もない。
それを肌で感じ取っているのか、彼女はほとんどピクニック気分で森を突き進んでいた。
「お部屋から見て、左から右に落ちてたから……
こっち? それとも、あっち? うーん、とりあえず歩いてみればいいかな? 足あととか、声とか……
こんせきを探しながら。うるさいとこがあればいいのに」
彼女の願望とは裏腹に、森は静かで何も異変を示さない。
逆に言えば、こんな小さな少女でも安全に歩けるくらいに、森は平和であるとも言えるが……
ともかく、マルタは一方的に森を歩き回り変化を与え続けていた。大きな木の裏を周り、草むらに顔を突っ込み、邪魔な石や植物をかき分け動かして。同行する大人がいないのをいいことに、ずんずん森の奥へ入っていく。
「……?」
やがて、彼女の耳にはようやく望み通りの情報が飛び込んでくる。やけに静かな森に響き渡る、木々や地面の揺れる音や獣の鳴き声らしきものが。
これがもし、凶暴な魔獣の類が発している音であったなら、たった1人では大人ですら一度逃げるべき状況だ。
さらには、今この場には小鳥の一羽すらもおらず、明らかに異質な場所となっていた。
それなのに、今はまだ小さな子ども一人しかいないのだから、普通なら迷いなく逃げる場面だろう。
だが、そもそも彼女は竜を探して森に入ってきたのだから、逃げる必要などない。むしろ、そういう異変に直面してこそお目当てのものが見つかるというものだ。
何かがいると察したマルタは、その音を頼りに折れた木などを見つけて、着実に目的のものへと近づいていった。
「森に入って、もう何十分も経ったよね……?
みんな、竜なんて見てないって言ってたけど。
そんなものいるはずないってバカにしてきたけど。
ここまでおくまで来て、音がして、いないはずが……!!」
木々をかき分け、少女は開けた場所に出る。
風がそよぐその先には、木々の代わりに生えているような穴――洞窟があった。
洞窟は周りの地面より少し盛り上がっており、入口のない方から見れば丘と言って差し支えない。
だが、それは自然にできたものではないようだ。
丘はやけに綺麗な弧を描いており、上に草が生えていなければきっと人工物としか思えなかっただろう。
普通に考えれば、土や岩石を元に生まれているであろうそれの一部にも、明らかに宝石のようなものが混じっている。
おまけに、肝心の洞窟の奥には……
「黄金の、竜……」
ひしゃげた翼を持ちながら、その不格好さを補って余りあるほどキラキラと輝く黄金の竜が眠っていた。