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16-夢見心地でファンタジー

真っ黒なキャンバスに、黄金の花火が煌めく。

それは、これまでにも光を放っていた物語とは比べ物にならないくらい輝かしい、生命の奔流。


何も起こらない、平和ながらも退屈な日々は終わりを告げ、今こそ人々は伝説の住人になるのだ。

期待に胸を膨らませ、まだ小さな少女は夢を駆ける。


成長するにつれて、これからどんどん広がっていく世界は。

幻想との出会いによって、さらに加速していく。


花火の光は、いつまで経っても弱まらない。

中枢に鎮座している虹彩は、拡散していくすべての光を湛えて一筋の道を作っていた。


まるで、少女の手を引いているかのように。

光は集まり、弾け、集まり、弾け……この世界を、黄金の夢で照らしているのだ。


至光を抜けたその先で。

少女の眼下には、普段暮らす村があった。


村には、たくさんの人がいる。

多くの人が集まって、恐ろしい獣や魔人から身を守りながら、協力して生活の基盤を維持しているのだ。


しかし、それはまだ外界を知らない幼子の立場であってこその話でしかない。少女は光に惹かれ、さらに高く。


少し離れたところにある、神の国までを一望する。

円形に発展した、白く美しい洋風の大都市。

中央近くに立っている教会と、その先にそびえ立つ神山。


すべてを見下ろすように建てられた神殿では、星々が浮かぶ夜空のような瞳を……虹色の煌めきを湛えた瞳を輝かせる神が、少女を射抜いていた。


そして、その背後に隠された窪みには……

神に守られる竜の里があり、黄金竜と同じような竜が互いを高め合っている。


『――』


だが、その光景をじっくり見る時間はなかった。

いつの間にか少女の体はさらに高く飛び、彼女の村も含んだ神の国――エリュシオンの近辺にある無数の国々、この大陸の隣にある島国までもを見下ろすことになる。


しかも、大陸を越えてもまだ飛翔は止まらない。

陸地は青い海に塗り潰され、右上や右下にはまた別の大陸が神秘的な姿を現す。


それすらも越え、視界の端には段々と曲線が。

ついには、少女は宇宙から星の全貌を眺めていた。


「……わたしの、世界は。これからもっと――」


広がっていく。




「……はっ!!」


美しく心躍るものながら、自分を上書きされるような感覚を受ける夢を見て、マルタは勢いよく目覚める。


周囲を見回してみても、異変はない。

いつもと違うのは、タオルケットが弾け飛んでいることと、やや汗ばんでいることくらいだ。


夢から覚め、現実に戻ってきた彼女は、異常に脈打ち暴れていた心臓を落ち着かせるように、荒い息を繰り返す。


「はぁ、はぁ……」


脈打っているとはいえ、それは恐怖などによる嫌なものではない。あまりにもワクワクと昂っている、というだけの鼓動だ。


それを自分でも理解しているからこそ、彼女は頬を上気させながら、ただ胸を押さえている。

朝日はいつも通り部屋に差し込み、いくつもある本棚や物語を輝かせていた。


「すっっっごい夢を見たな」


外から聞こえてくる、村が奏でている賑やかな音に耳を傾けながら、ようやく落ち着いたマルタはほう……っと息を吐く。


夢の中では現実離れした大冒険をしていたが、現実で無数の生活音を聞いたことで、すっかり戻ってこられたようだ。

いつも通り銀髪を朝日で輝かせながら、速やかにベッドから降りて着替え始める。


エルドの翼を治療し始めて、もう数日。

流石に1日で治ることはなかったが、そろそろ次の治療にも入れるタイミングだった。


それでなくとも、神秘――御伽噺の存在に会うということは、彼女にとって何よりの冒険である。

今日夢に見たことをすることになるのかは、まだわからないが……何にせよ、マルタの胸はあの日から常に高鳴っている。




~~~~~~~~~~




「マルタ。あなた最近、毎日毎日どこへ行っているの?」


テーブルに着いて朝食を待っていると、その準備をしている母親が背中越しに問い質してくる。

わからないのだからまだ怒ることはできないが、絶対に何かしているので怪しんでいる、といった様子だ。


しかし、もちろん彼女が正直に白状することはない。

エルドは危険な魔獣ではなく、神獣というものらしいのだが、大人からすればどちらも獣なのだから。


元々、1人で森に入ることすら否定的だったので、バレたらきっともう自由に出入りすることはできないだろう。

場合によっては、騎士のお兄さん達や神の国へ依頼を出し、討伐するというところまで行く可能性もあった。


そのためマルタは、怪しまれないように適当な返事をしながら、ぼんやりとその姿を眺めている。


(魔法みたいな力……それは元々、この時代ならどこにでもあるけど。たしかに、昔はなかったって聞いたような……)


目の前で行われているのは、母親による朝食の準備だ。

そこには包丁やフライパンなどの調理器具があり、煌々と炎が燃えるかまどがあり、水道がある。


家によっては、ガスコンロのようなものを使っているところもあるが……とにかく、これは一般的な光景だった。


だが、その使い方などは少し変わっているかもしれない。

炎は人が生み出した種火が元になっているし、水は別に水道にいかずとも少量なら指先から出せる。


あくまでも、小さな種火やコップ1杯分にも満たないものを出せるだけで、劇的に何かが変わるようなものではないが……

人は確かに、魔法のような力を使っていた。


それが神秘であり、エルドのように強大な竜が存在しているのなら、神秘――大自然そのものに成ったモノは間違いなく世界各地にいるのだろう。


まさに生命としての神秘である彼だったら、大木を焼き尽くす炎のブレスも吹けるかもしれない。


「ちょっと、ちゃんと聞いてるの?」

「聞いてるよー。危ないことはしてないってー」


このまま家にいたら、いつまでも母親に問い質されることは避けられない。元々森に行くつもりのマルタだったが、朝食を終えるとそのまますぐに家を飛び出していった。




~~~~~~~~~~




家を飛び出したマルタは、普段とは違ってひとまず堂々と森の方へ歩いていく。昨日までは隠れながら進んでいたのに、なぜ今日に限って表を歩いているのか。


その理由は単純だ。道中で聞こえてくる話が、何やら気になる内容だったからである。


「ここ最近、急に生態系が……」

「魔獣の影響で、荒れた町から……」

「獣の数こそ減ったが、警備はむしろ強化しないと……」


今日は、朝起きた時からなぜか少し外が騒がしかった。

ここ数日間、なんとなくそんな雰囲気はあったのだが……


どうやら、何か問題が起こっているからだったらしい。

森に向かう足を止めないながらも、マルタは耳をそばだてて首を傾げていた。


「……? なんのお話かしら?」


断片的にしか聞こえないため、マルタにははっきりとその内容がわからない。だが、生態系、荒れた町、警備の強化などの単語から、ある程度は想像できる。


むしろ、ここしばらく彼女の世界は彼と共にあるのだから、考えつかない方がおかしいくらいだ。

その可能性に思い至った彼女は、無自覚に速度を上げながらポツリとつぶやく。


「もしかして、エルドが見つかっていたり……?

はっきりと確認されてなくても、少なからず存在を感じ取れるような、影とか鱗とか、あの人に関する何かが」

「よー、バカマルタ」

「っ……!?」


段々と駆け足になっていたマルタだったが、突然横から声をかけられると、ビクリと肩を震わせピタリと足を止める。

反射的にバッと振り向いてみれば、そこにいたのは小馬鹿にしたような表情をしている、同い年の少年がいた。


前回はたくさんの友人を引き連れていたが、今回は1人しかいない。遅れて理解した彼女は、ホッと緊張を解いてめんどくさそうに言葉を返す。


「なんだ、スカしラザロか。なんの用?」

「なんだじゃねぇよ。……お前、なんかかくしてんだろ?」


小馬鹿にしたような表情をしているラザロ少年だが、マルタがバレたくないと思っているのは理解しているようだ。

予想外に気を遣っている様子で、顔を寄せながら小さめの声で問いかけてくる。


実際、大人に限らず人にバレたくない彼女としては、とてもありがたい。しかし、それはそれとして、近付かれたことでかすかに顔をしかめながら距離を取っていた。


「別に? 最近外遊びにハマってるだけよ」

「うそつけ。お前は物語以外に興味ないだろ。

まぁ、言いたくないならいいけどさ……

大人達の話、気になるのか?」

「さっきから何? 用はないの?」

「気になるなら、探っといてやる。そんだけだ」


あからさまに嫌がっているマルタを見ると、ラザロは不機嫌そうに鼻を鳴らして、しかめっ面で吐き捨てる。


普段口喧嘩ばかりしている相手なので、彼女からすると意味がわからない。目を見開いて黙ると、言葉短く問いかけた。


「……なんで?」

「お前がずっと、コソコソしてんのが気に入らねぇ。

聞き出したいから、交しょう材料だ」

「……ふーん。お勉強したんだねぇバカラザロ」

「バカはお前だろ、夢ばっか見てるアホマルタ。

お前以外、誰も嵐の夜に金色の竜なんて見てないのにさ」

「夢を見ない人生なんて、つまんないじゃん」

「前も言われたけど、俺だって別に夢がない訳じゃない。

お前の見てる夢が、夢でしかないのがバカなんだ」

「じゃあ、あなたは現実の先に、わたしは空想の先にそれを見たってだけだよ。別に夢でしか見れなくてもいいじゃん。

好きなことをして生きられるのなら、それたけで人は幸せになれるものだと、わたしは思うよ」

「……ふん」

「じゃ、探るのよろしくね〜」


マルタの答えに、ラザロは変わらず不機嫌そうに鼻を鳴らす。そんな彼を尻目に、彼女は今度こそ物陰に隠れながら森へと向かっていった。



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